甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

uca

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がつ子、天使と出会う

6.


「いってらっしゃい」
「ん」

 疲れを隠し微笑み返す美ゴリラがのしのし大股で去る。
 見習わなければ。
 樹子は忙しそうな上司を見送り、姿勢を改めた。不慣れなのに仕事が多すぎるの何のと弱音を吐いている場合ではない。「よっし、やるか」と仕事に取りかかるべくマウスに手を置きパソコンの画面へ向き直ろうとした樹子の隣に

「大路ちゃんさあ」

 和田がどっす、と腰掛けた。

「主任狙いだったら、やめといたほうがいいよお」
「勘弁してくださいよ……」

 樹子は虚無を噛みしめ溜め息をついた。
 間違ったことを口にしてドヤ顔をする輩はアホだと判定していい。よって、和田はアホだ。
 樹子は広居主任を狙ってなどいない。
 チャラ男になりたくてもなりきれず仕事ができるとも言い難く筋肉の仕上がりも中途半端な細マッチョでコネ入社の件に反発を覚えてもいじってやってるんだからありがたく思えといわんばかりのくせにオノレに都合よく樹子の親戚である社長の覚えはめでたくありたい和田と、仕事のできるゴリマッチョたる主任、どちらがマシかといえばマッチョとしての仕上がりいかんにかかわらず仕事ができるほうがマシというだけである。仕事上の付き合いでしかないのだから。そもそもふたりともかわいくない。
 マッチョなんぞお断りだ。
 敵とまではいわないが、できるだけかかわりたくない。
 これまで樹子の身のまわり、近い場所にマッチョ男は存在しなかった。父親はビールを愛してやまないと体全体で表現する福々しい体型だし、大学に至るまでまわりにいたのは父親と同じむっちりぷよ体型でなければ華奢なひょろ男子ばかり、体育会系のサークルに棲息するとかいうマッチョ男子は遠景でしかなかったのに就職したとたんにマッチョだらけの部署に放り込まれた。筋トレが流行しているなんて、地獄か。そんなオラオラ野郎増産ブームなんぞ、早く去ってしまえ。社会はつくづく厳しい。

「主任ね、お嬢さまっぽい美人の彼女、いるんだよー。羨ましーーー」
「……」

 この日二番目にどうでもいい情報を入手した。

「でも、ここんとこ主任、元気ないよなー」
「そうなんですか」

 少なくとも樹子が配属されたときにはすでに広居主任は、物心つくまえに故郷も係累も失い成長後は表の顔は新聞記者、裏ではひとたび地球が危機に陥れば立ち上がるスーパーなヒーロー似の幸薄げな美ゴリラだった。

「美人の彼女とうまくいってなかったりして」

 いひひ、と和田が笑う。いらいらが募る。

「それって、おもしろいんですか」
「おもしろ、……いや、その」
「ですよね、おもしろくないです。仕事に戻りたいんですけど、よろしいでしょうか」
「お、おう」

 和田が求める気の置けない後輩との会話のシナリオから逸脱してしまったらしい。言葉を見つけられず、そしておもしろくないと断じられて思考停止しているらしい和田からふい、と樹子は視線を作業画面へ戻した。角が立とうがかまうものか。

 隣席に居座る先輩社員が怒りに囚われる前に課長の三角が

「おーい、和田ァ」

 呼びつけた。

「はーい」

 フットワーク軽く向かう和田の離れていく気配にほっとする。

「週明けの出張、ちゃんと書類揃えていけよォ」
「はーい」
「前も数字が間違ってたって先さまから苦情いただいちゃったからさァ。しっかりしてくれよォ」
「はーい」

 チャラ男のテンションがずんずん下がっていく。
 誰にでも誤りはあるが、和田の間違え癖は頻度が高いようにも思える。交通費精算にもミスがあった。

――間違え癖なんて決めつけちゃ駄目だ。私はまだ、入社したばっかりだから。

 たまたま重なっただけかもしれない。でも、次の締めのときにもミスがあったら。――角を立てた今日のやりとりを後悔することになるかもしれない。
 気が重い。
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