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がつ子、ゲートウェイ先輩の教えを懐かしく思い出す
3.
しおりを挟む「女の狩りは、数を重ねれば技術と精度が上がっていくにもかかわらず、成功すればするほど己の価値を下げてしまうの。理不尽だわね。だからこそ戦略がものをいうのよ」
「はあ」
「ハンターにも種類があるわ」
罠猟を得意とするハンターは男から声がかかるのを待つ。ハンターとしての評判が落ちることが少なく低コストで済むのは魅力だ。問題は同じことを考えるハンターがそこら中に罠を仕掛けていて望む獲物を得られないケースがままあることだといえよう。
集団を構成しターゲットを含む集団を追い込む底引き網漁を好むハンターは、グループ交際という一見リスクが少なく見えるハンティングを得意とする。ハンターたちの結束と規律、権力と分配の均衡によっては獲物の取り合いが起こり集団が自壊しかねない。
数は多くないものの、一匹狼タイプのハンターも存在する。好みがはっきりしていて、且つハンティングに喜びを見出す女は罠猟でターゲットになり得ない獲物を狩ることを良しとしない。ターゲットを定めいかに陥れ手中におさめるか考え抜くが見た目はこのタイプが最もぎらついているため、罠猟タイプを標準的且つ理想的な女と見なす者たちからの評判はよくない。
「樹子さんは一匹狼ね」
「そうなんでしょうか」
「ええ。わたしと同じ」
評判が芳しくないタイプと断ぜられて、樹子は内心鼻白んだ。そこそこにおいしいと感じていたコーヒーの味も香りも遠のく気がする。
かちり。
静かにゲートウェイ先輩がカップをソーサーに置いた。
「あなたの次のターゲットは教育学部一年の***くん、――――でしょ?」
もぐもぐとパウンドケーキを咀嚼していた樹子はバナナキャラメル味のふかふかをごっくん、と飲み下した。慌ててコーヒーでケーキを食道へ押し込む。
「ど、――うして、それを」
「教育学概論のコマひとつのためにしては教育学部をうろうろしすぎよ。目立ってるわ。――と、厭みをいいたいところだけどほんとうは違うわね。実はわたしも」
んふ。
ゲートウェイ先輩は含み笑いをした。
「狙っているの、***くんを。だから気づいちゃった」
「ねらっ……、はあ」
「先日わたし、内定をいただいたの」
内定先は聞けば誰でも知っているほどの大企業だった。
「おめでとうございます」
「ありがとう。それでね、四月から社会人になるわけだし狩り場もより大人向けの荒野になるわけ」
「はあ」
「社会は大学に比べて童貞が少ないから、腕が鳴るわ。――そういうわけで大学では***くんが最後ということになるわね」
おっとりと品良く小首を傾げながら口から出るのは童貞がどうだのこうだの、――――頭が痛くなりそうだ。
「樹子さんたら、この間童貞じゃない男の子も狙ってたじゃない?」
「私はその、童貞じゃなきゃ駄目ってことはなくてかわいくて純情であればいいっていうか、童貞であれば性格の清純度が高まるというか――」
「狙うならちゃんと童貞を見極めなきゃ。あなた、そこがなってないわ」
「なっていませんか」
「ええ、まるで。――だからあなたに童貞についてレクチャーしようと思って」
「れく?」
樹子は目を丸くした。フォークからバナナキャラメル味のパウンドケーキの欠片がぽとん、と落ちる。
「まず鍛えなければならないのは、鼻よ。童貞には独特の香り、童貞香があるの」
何をいっているのか、この美人は。
「童貞、臭でなく」
「香りよ」
「お好きなんですね」
「当たり前よ。いたすなら童貞でなければ」
樹子はフォークから皿へ帰って行ったパウンドケーキの欠片を追う手を止め、ゲートウェイ先輩を見上げた。
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