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間章 春雷
1.
広居利章にとって中学のころから現在に至るまで、恋愛は気がつけば咲いている花のようなものだった。
周囲からの祝福という名のお節介に後押しされて交際が始まる。恋人となる女はいつの間にかにこにこと隣にいた。好みから外れる相手であっても友人たちが熱心に勧めるだけあって歴代の恋人はみな愛らしく、広居は彼女たち全員に親切に優しく礼儀正しく接することを心がけた。もちろん、不埒な欲望を露わにしたり押しつけたりなどしない。大事に大事にしたつもりでも別れは始まりと同じく常に相手からもたらされる。
――好きな人が、できたの。
事実を口にする女からもそうしない女からも、恋の終わりが近づけば花が朽ちるように破局がにおう。
千春は違った。
破局のにおいを嗅ぎ取れず終わりを認められなかったのは、初めて体を重ねた相手だったからか。二度目の行為の最中に萎えて失敗したからむきになってしまっているのか。千春が会社の同期である河合の妹だったからか。
――ぼくらもそろそろ、そういう年齢だろ? うちの妹、どうかな。きみたちお似合いだと思うんだ。
これまでと同じように背中を押されて始まったというのに、舞い上がって結婚を意識して引っ込みがつかなくなってしまったからか。
苦しかった冬が過ぎ、諦めとともに迎えた春を見送っている。そんなころだった。
フロアの入り口で立ち止まり、三角課長の言葉に耳を傾ける長身の女がいるのは廊下のだいぶ手前から目に入っていた。きっちりプレスされたスーツ。おろしたてのブラウスに靴。ショートボブのぴしりと揃った毛先の陰から細いうなじがのぞく。
凜としている。
新品の服を着ているからだけではない。
伸びた背筋がきりりと印象を引き締める。一歩一歩近づくにつれ、緊張で肩の線が強張っているのが見て取れた。
――今日からうちの課に来る、社長の親戚とかいう例の新人か。
そう気づいたのはじろじろ見過ぎてしまったかもしれないと思い至ったのと同時だった。狼狽を隠し目を伏せ、課長と新人の横を急ぎ通り過ぎようとしたとき
かつ、ん。
ファイルといっしょに携えていたボールペンが落ちた。広居が拾うより早く、
す。
涼やかな何かが腰を落とす。目の前にボールペンを差し出すすんなりした手が伸びてきた。
「こちら、落とされましたよ」
「っあ、ど、も…………」
しどろもどろで受け取った広居に微笑みかけ、新人は課長に向き直った。
「じゃあ課の連中に紹介するかねェ」
「お願いいたします」
連れ立ってオフィスへ向かう課長と新人の後ろ姿を広居は呆然と見送った。雷に撃たれた心地がする。
美しかった。
顔の造作でいえば新人より、先ごろ自分のもとを去ったのだとようやっと納得のいった元恋人のほうが女らしく美しい。この日配属された新人の美しさは貴石の原石のようだった。濁りなく硬く、磨きかたによってきらびやかな宝玉にも鋭い刃にもなるであろう潜在的な美質が見て取れる。
――彼女が俺の部下になるのか。
社長の親戚をどう扱えばいいものか、億劫に感じていた心の曇りが吹き飛んだ。
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