甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

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がつ子、社会の荒波にもまれる

4.

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「平気、へいき。――ほら」

 反木がモニターの陰に隠れ、マスカラの載った睫毛でくっきり縁取られた目をくるりとさせた。

「――えええ? あんなに反木さんが手伝ったのにい、進捗こんだけですかあ? ほんとにい?」

 隣の島からとぼけた声が聞こえてくる。「手伝うなんてえ、わたしひと言もいってませんけどお?」「このくらい、軽いかるーい」「がんばってえ」という横道の明るい棒読み口調に苦笑いが抑えられない。

「煽ってる、煽ってる」

 にひひ、といたずらっぽく笑った反木が

「やるだけやっちゃお。うちらは極力残業しないようにいわれてるから、定時までだけど」

 と姿勢を改めた。
 気怠く、しかしびしびしと仕事を進める反木のおかげでなんとか締日のもろもろをすませることができた。作業を終えて樹子はへろへろとくたびれマッチョ三角課長のもとへ承認を求めに向かう。

「たいへんそうだったけどォ、何とかなったわけェ?」

 分かってるんだったら営業マッチョどもに声がけくらいしろよ、と喉もとまでり上がってきたが堪える。

「はい、反木さんと横道さんに手伝っていただいてなんとか……」
「ぎりぎりのぎり、だったねェ」
「はい……」
「どう? 問題あるゥ?」

 訊かれて樹子は背筋を伸ばした。
 なんと答えたものか。
 しばらくの間、仕事をしながら考えていた。増員を頼むべきか、異動願いを出すか、辞表を出すか。締日を迎えてみれば配属されて二度目の月締めも何とかこなすことができた。危ういことは危うい。でも前月と違って

――仕事に慣れればいくらかは、スムーズになりそう。

 手応えが掴めた気がする。
 眉を上げ様子をうかがう三角課長の目を正面からしっかりと見返し、樹子は

「今のところ、問題ありません」

 答えた。

「広居も丸尾夫人もついてるし、だいじょうぶだなァ? んじゃ問題ないってことでェ」

 解放されて自席へ戻った。



 翌金曜日、樹子は屍だった。
 締日だった前日、たいして残業になったわけでもないのに疲れが残っている。

――今日一日、一日乗り切れば休み。土日は思いっきり寝る。寝るったら、寝る!

 よろよろへろへろと、休日を心の支えに出社した。


 広居主任はというと、週末のあれやこれや以前と何ら変わらない。はるか外宇宙からやってきた異星人で普段は気弱な新聞記者、ひとたびピンチに陥れば立ち上がるスーパーなヒーローを演じたマッチョ俳優を昆布のお出汁であっさり味に仕上げた感のある美ゴリラだし、ごく普通に頼りになる上司だ。意味深な視線を寄越すわけでなく、べたべたボディタッチをしてくるわけでもない。未遂に終わったとはいえ体の関係があるとは誰も思わないだろう。
 大人だ。

「昨日はたいへんだったんだって?」
「だいじょうぶです。何とかなりました」
「ほんとのところは?」
「二度と月締めやりたくありません」

 冗談めかしていうと、広居主任は雄くさい美顔面に申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「手伝えなくて、すまない」
「いえ、とんでもないです」

 短く言葉を交わした後、スケジュールを確認する。広居主任直属のかたちであるが、樹子は専任のアシスタントではない。事務仕事メインで課員みんなのパシりだ。締日前から残っているほうぼうからの頼まれごとのタスクをデッドラインごとに整理してToDoリストをつくり、広居主任に見てもらう。
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