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がつ子、はしゃぎ過ぎの代償を払う
3.
――まぶし……!
アラサー合法美ショタ天使の笑みは、爛れた週末明けの樹子の視界を灼いた。清らかだ。
「お仕事はどう? もう、慣れた?」
「まだ慣れたとまでは申せませんけど、なんとかなりそうな気はしてきました」
「それは重畳。こないだの月締め、ちゃんとできてたものね。すごいよ」
並んで地下鉄の改札へ向かう。
そういえば、と樹子は首を傾げた。
「河合さん、お住まいは確か***って以前うかがったような――」
「うん、前はそうだったんだけど、****に最近引っ越したの」
転居先の街は三宅精機本社への通勤には少々不便だ。乗り換えが三回もある。なぜわざわざ不便な場所に、という疑問が顔に出ていたらしい。エンジェル河合が説明してくれた。
「いっしょに住み始めた妹の通勤に便利なものだから」
「妹さんがいらっしゃるんですか。――かわいいんだろうなあ」
「うちの妹ね、かわいいよ」
エンジェルがにこにこと笑う。
兄の顔――なのかもしれないがかわいい。エンジェル河合のここまでエンジェルな笑みを樹子は見たことがない。この開けっぴろげぴっかぴかの笑みの持ち主にかわいいといわせるとは妹君、どれだけかわいいのか。エンジェルな兄妹だ。
「実はうち、両親が離婚したから妹とはずっと別々に暮らしてたんだ」
「そうでしたか……」
「互いに大人になってやっとね、自由に行き来できるようになって――子どものころを取り返せたりとかはないけどせめていっしょに暮らそうか、ってことになったんだ」
「仲よしなんですね」
「うん、仲よしなの」
地下鉄に乗って話に興じるうちに会社最寄り駅に着いた。改札を抜け階段を上り出口へ向かうと小暗がりの先で
さ、ささ。
雨が煙っている。
後ろに続く人々に道を譲り、鞄をごそごそと漁る。樹子はぐぬぬ、と歯噛みして重く垂れ込める雲を見上げた。
「しまった、傘忘れちゃった……」
「予備の傘あるよ」
エンジェルが鞄に手を突っ込んだ。んーん、と小さく声を上げ唇をへの字にしてあらぬ方向を見ながらごそごそしているのが愛らしい。
「妹が持たせてくれたんだけど、つい癖で長い傘も持ってきたから貸したげる。――お、これだな?」
ずぼ、と鞄から引き抜かれた手にはなぜかフィルムに包まれたままのズッキーニが握られていた。濃い緑がつやつやしていておいしそうだ。
エンジェルと樹子の間に沈黙が降りた。
なぜにズッキーニ。どうしてこうなった。エンジェル宅では今、ズッキーニの代わりに折りたたみの傘が冷蔵庫の野菜室で冷え冷えになっているのだろうか。傘とズッキーニを取り違えるシチュエーションがまるで想像できない。
天使な妹君の小悪魔のごとき悪戯なのだろうか。それとも兄がどじっ子なら妹もまたどじっ子の家系なのだろうか。かわいい。かわいいがしかしかわい過ぎて実害が生じるレベルだ。
「あのあの、私、すぐそこのドラッグストアに用があってその、そこで傘も買えると思うのでここで失礼を――」
「大路、これを使え」
ぬ。
紺色の折りたたみ傘が差し出された。
「でも、主任は」
「河合の傘に入れてもらう」
「えええ? 広居くん、おっきいからやだ」
「そういうな。新人に管理部はケチだと誤解されるぞ。いいのか」
「やだ。それは困る。――仕方ないな。広居くんどうぞ、入れたげる」
仲よく相合い傘をする三十路男ふたりに見送られ、樹子は急ぎ足でドラッグストアへ向かった。
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