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がつ子、道草を食う
1.
東京に本社を置く精密部品メーカーT社が、離島向け産業振興助成制度を利用してW島に新工場を作るにあたり必要となる製造設備を三宅精機に発注した。関東近郊の工場の製造設備導入に携わり引き続きメンテナンスも担当している縁で広居主任が獲得した案件だ。農業と漁業が産業の中心で観光事業が伸び悩み人口減少に拍車がかかるW島としては願ってもない話で協力的だという。
広居主任の出張は一度ですまないらしい。しばらくの間、高い頻度で東京の本社と南の離島とを行き来することになった。
「広居主任、ずーるーいー。いいなー、南の島のお・し・ご・と。ねー、大路ちゃん」
和田が事務方の島へやってきて樹子の隣、育児休業中の先輩社員の席にどっかと腰掛けた。
「順調な案件だったらさー、後輩に担当譲って新規開拓すべきだと思わなーい?」
「T社に関しては思いません」
「大路ちゃん、イケズうううう。オレだったらさー、出張に事務の子を連れてくぐらい、ちょちょいってできちゃうけどー? どう? 南の島でバカンスとか」
「バカンスじゃありません。仕事です。T社は事務の同伴が必要な案件だとは聞いておりませんが」
「イ・フ! もしもオレがT社の担当ならって話!」
「忙しいんで勘弁してください」
「あのさー大路ちゃん、オレって先輩なんだからさもっと――」
敬えちやほやしろといいたいらしい。
事務方として主な接点となる諸届書類作成方面で多大な迷惑をかけられている上にゆる細で筋肉は中途半端、かまってもらいたい欲求丸出しでチャラ男としても低スキル、かわいくもなければ美少年でもないとくれば敬うポイントもちやほやするに値する美点も見つからない。
「ちゃんと心臓が動いていそうでその点、偉いかもしれません」
「オレのこと殺しにかかってんの、ウケるー」
ウケない。自分でいっておきながら何だがまったくおもしろくない。
「仕事に戻りたいんですがよろしいで――」
「大路ちゃんさー、この前国内営業部内偵の話したじゃん?」
ぐい、と和田が身を乗り出してくるので樹子は反射的に仰け反った。
「やっぱ、ターゲットうちの課かも。ほら、出張多いじゃん」
「はあ」
「広居主任も目ぇつけられちゃったりしてんじゃないかなー、空出張とか――」
「へえええ、そんな話あるんだ」
背後から地を這うような声が聞こえてきた。
「しげに……、じゃなくて三宅さん」
「やだねえ、何だいこの子は。三宅さんだなんて他人行儀な」
みしし、と軋む音が聞こえてきそうなほど深く眉間に皺を寄せた不機嫌顔の男が立っている。
経営企画部の三宅滋之だ。社長の弟の次男、つまり甥で数年前に他企業から転職してきた。子どものいない社長の甥姪の中でも特に優秀で次期社長候補だといわれているらしい。剃刀だの鉈だの、刃物に喩えられているが赤ん坊のころからかわいがってもらっている樹子からすれば顔つきが生まれつきやや険しいだけで、人のよい親戚のおにいちゃんである。
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