甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

uca

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がつ子、道草を食う

3.


「内偵、ねえ。おじさん、知ってる?」
「いや。ただ――わたしが知らないからないとはいいきれない」

 二十一世紀初頭のアメリカにおける大企業の粉飾決算事件をうけて日本版SOX法ができた。株式を上場している会社では不正を防止するために透明性を保たなければならない。
 三宅精機には社外取締役がいることはいるが、まだ内部統制委員会を設置するところまでには至っていない。ただ、社長など上層部をはじめとする社全体を監督するための内部統制を担う部署として監査部にある程度権限が与えられている。もちろん問題が起きればすぐに社長の和彦のもとへ報告が届くことになっているが、調査などのプロセスを逐次連絡する義務はない。
 ぱくぱくと海苔やごま、薬味をかせた鮨飯をのどぐろやら鱸の刺身とともに口へ運んでいた和彦が箸を止めた。

「浮かない顔だな、たっちゃん」
「うーん。内部統制が大事なのは分かるんですがその、細々というか、隅々までというか、そこまで監視の必要があるのかなって」
「あるよ」
「あるでしょ、そりゃ」

 不正があってはならない。透明性を確保するために上層部をはじめ全社を監視対象とする。
 透明性確保のための監視が不満というわけではない。金が絡む以上、何らかチェックが入るのが当たり前だ。しかし何となく、もんにゃりと腑に落ちない感触がある。
 地獄からの使者といった趣の迫力ある外見のわりに子ども舌の滋之が魚卵づくしの海鮮丼をぱくつく手を止めた。

「営業三課のその内偵云々の話をしてたやつ、感じ悪いんだよ。たっちゃんにねちゃねちゃ絡んじゃってさあ」
「言葉遣いに気をつけなさい、滋之。やつとはなんだ、やつとは。しかし気がかりだな。やはり配属先はもっと身近なところがよかったか」
「そりゃそうだ。たっちゃんがどうこう以前にあんなののさばらせておくようなとこは部署全体で研修送りにすりゃいいんだよ。そもそも親戚の特別扱いはよくないとか営業で鍛えさせるとかいわず初めからうちの部にしときゃよかったのに。ぼくの手もとでごりごりに鍛えるのにさ」
「そういうわけには……」

 滋之のいる経営企画部は精鋭揃いだと聞いた。営業三課の月締めを課内外のサポートを受けてなおいっぱいいっぱいの樹子がその中に入れるとは思えない。

「三角くんがボディーガードにもなる優秀な教育担当をつけてくれるといっていたんだが。何だったら異動――」
「やめて。かずおじちゃん、お願いだからやめてください。十分、よくしていただいています。――それより弥生ちゃんですよ。しげにい、写真だけじゃなくて動画もあるんでしょ? 見せてくださいよ」
「あるよ! たっくさん、あるよ!」

 自分もこうしてかわいがってもらって大きくなった。子どもの誕生は喜ばしい。滋之の娘弥生にも親類の皆といっしょにたくさんの愛を注ぎたい。
 同時に、話題が自分から離れてほっとした。

――ボディーガード、か。

 くたびれマッチョ三角課長に優秀さだけでなく筋肉量を見込まれたその人は東京から遠く離れた地にいる。向こうの天気はどうだろう。雨に降られてはいないか。

――早く会いたい。

 気の置けない親戚と昼餐ちゅうさんを楽しみながら、樹子の心は遠くへ飛んでいた。

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