甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

uca

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がつ子、隘路を逆走する

20.


「食べようか」
「はい」
「いただきます」

 改めて手を合わせ、カレーうどんをいただく。
 とろみのある香り高い金茶色のつゆ。豚肉に葱、油揚げ。中太のうどんにつゆが絡んでおいしい。が、飛び跳ね注意だ。しばらくの間、慎重にうどんをすすった。

「さっきの話、なんだけど」
「はい」
「どうかな?」
「どう、とは?」
「ぼく、あなたのこと好きだけど、――あなたは、どうかな」

 どんぶりにうどんはもう残っていない。樹子は箸を置いた。向かいの席でエンジェルが首を傾げている。

「河合さん、嘘はいけません」
「嘘、じゃないよ」
「いくら私がぺーぺーの社会人一年生でも、相手が自分を好きかどうかくらいは分かります」
「確かに今はまだ違う――かもしれない。でも、ぼくはあなたを幸せにする」

 廊下で見せた慌てぶりは影を潜め、細い金縁眼鏡の奥のぱっちりとした目に切実な色が浮かぶ。

「ぜったい幸せに、する」
「幸せって、何ですか」

 刹那、きょとんとしたエンジェルは少しの間考え、そして口を開いた。

「あなたを大事にする。お金の苦労はさせない。家を建てる。あなたの好みにしつえてもらうために。家事もちゃんとする。毎日話も聞く。誕生日と記念日にはお花とお菓子を買って帰る。結婚記念日だけじゃない。来年の今日、再来年の今日、ずっとずっと今日を記念日にしていっしょに食事に出かけて――」
「カレーうどん、ですか」

 ぷっ。
 気が抜けたみたいに、顔を見合わせて笑った。

「それも悪くないね。いい記念になりそうだ」

 後光が射している。清らかな笑みがまぶしい。まるで少年のような姿は樹子の好みそのままだ。

「ぼくはぜったいに、心変わりしない。あなたを一生大事にする」

 入社してすぐのころだったらきっと、一も二もなく飛びついた。「おっしゃいましたね? 言質げんちとりましたからね? 一生放しませんが?」と前のめりにその手をとっていただろう。
 今は、違う。あのころとは、違う。

「楽しそうですね」
「じゃあ――」
「でも、それは私の幸せではありません」
「何か、足りないものがあった?」

 どんぶりの載った盆を横にずらし、エンジェルは身を乗り出した。

「あなたの必要だと思うもの、何でも用意する。だから――」
「千春さんのために?」
「妹は、関係な――」

 太陽がかげる。

「いや、違うな。――妹には、幸せになってもらいたいんだ」

 エンジェルはテーブルに視線を落とした。

「ぼくらの両親が離婚して、妹とはずっと別々に暮らしてたって話、したっけ」
「以前に少しだけ、うかがいました」
「離ればなれになったのはぼくが十歳、妹が五歳のころだった」

 ご両親の離婚によってエンジェルは父に、ゲートウェイ先輩は母に引き取られた。母親は再婚と離婚を何度か繰り返し、父親の違う弟妹の面倒を見たり継父に迫られたりとゲートウェイ先輩は苦労が多かったという。

「トラブルのたびに離婚だったけど今はもう母も落ち着いてね。でも妹にはこれ以上苦労をさせたくない。広居くんは仕事ができるし、いいやつだし誠実だし、ぼくと違って男らしいし、きっと一生、妹を幸せにしてくれる」

 十分な金。妻のための家。記念日の花と菓子。貞節を尽くす約束。
 母親が結婚相手に求めたものなのだろう。

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