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がつ子、隘路を逆走する
21.
「妹が先なんだ。先だったんだ。頼むよ。広居くんを妹に、――返してくれないか」
雲が切れ明るく窓から光が射し込む。切なげに顰められた眉、必死な目の色が照らし出された。
「頼む。あなたのことは、ぼくが責任を持って幸せにするから」
「私を好きになってくれない人と幸せになれ、と」
「努力する」
自分の幸せは、何か。
樹子は考えたことがなかった。問われればやはり生活のための金と家、毎年記念日を祝う安定した関係に貞節を尽くす約束だと答えたかもしれない。
今は、違う。恋を知ってしまった。
誰と暮らしてもきっと、幸せは得られない。思う人とともにいられなければ。
「お断りいたします」
「じゃあまだ妹と広居くんの仲を邪魔する――」
「そんなつもりはもともとありません。広居主任が幸せであればそれで、私はいいんです。あの人の代わりは必要ありません」
「大路さん……」
「妹さんと広居主任のことは、私でなくおふたりに聞いてください。――では、失礼いたします」
どんぶりを載せた盆を手に、樹子は腰を上げた。
軽い残業ののち帰宅して、樹子はローテーブルの上にキーケースを置いた。
「合鍵、返し忘れてる……」
どうしたものか。
今さら恋を自覚したからといって自分に何ができるだろうか。考えようとしても靄がかかったように頭が働かない。
スマートフォンに充電ケーブルを接続し、ロックを解除する。チャットツールアプリを立ちあげたとき、ちょうど広居主任のトークルームの通知がひとつ、増えた。
何の用だろう。
メッセージを読み込む。あれだけ頻繁にやりとりがあったというのにここしばらくの受信はない。最新のメッセージにたどり着く。
〈邪魔をして、悪かった。プライベートではもう、会わない〉
手にしたスマートフォンを胸に抱き、樹子は唇を噛んだ。
翌日も、晴れた。
いつもどおりに出社して課の皆ともう梅雨明けかもしれないね、などと楽観的な挨拶を交わす。雨の日々は遠ざかりつつあった。
広居主任は終日外出、明日は朝いちばんのミーティングに出席し、そのままW島へ二泊三日で出張の予定だ。
もともと入っていた予定だけれど、それにしても忙しい。
――がんばってるな、主任。
アポイントメントや会議をこなし日報をまめに更新し、精力的に動いている。あんなことがあっても平気なのだろう。大人だ。
樹子はこの日もいっぱいいっぱいだった。
そこはかとなくぎくしゃくしたまま何とか仕事を軽めの残業のみで終えた。退勤し、社屋から外へ出ようとして、足が止まる。
出口の外に人影がある。
「お疲れさま、がつ子さん」
紺色の丸いノーカラーのジャケットに揃いの膝下丈のスカート、白のブラウス姿のゲートウェイ先輩が立っていた。
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