甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

uca

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がつ子、隘路を逆走する

25.


 三宅精機に修羅場休暇などない。ぐじぐじ悩むうちに朝を迎えた樹子は重い気分のまま出社した。
 始業の準備をしていると営業の島のほうから

「和田って今日、休みか?」
「休みじゃないらしいよ。管理部かどっかに顔出すって」
「叱られるのか。どんだけ書類サボったらそうなるんだよ」

 呆れ声が聞こえてきた。
 スケジューラを確かめてみる。和田の予定は空白になっていた。
 いよいよだ。
 調査を終えた監査部が和田本人から聞き取りを行うフェーズに入ったのだろう。
 広居主任の予定も見てみた。
 今日も忙しい。
 他部署での打ち合わせのために朝早く出社、終了後すぐW島へ出張の予定になっている。
 始業後すぐ、電話応対で忙しくしている樹子の横を大きい人がゆったりと通り過ぎる。
 広居主任だ。
 見慣れた明るいグレーのスーツ姿だった。なんとなく、違和感がある。それが何なのか、確かめたい気持ちはあったが樹子は目をらした。

――じろじろ見ちゃ、駄目だ。

 強い視線は思いのほか人目につくといっていたりりちゃん先輩の言葉が脳裏をよぎる。人前でプライベートの話をするなど、もってのほかだ。主任への気持ちがどれだけ強く残っていても、迷惑をかけるのは本意でない。
 始業してすぐ、朝いちばんの打ち合わせをすませた広居主任は

「では、行ってまいります」
「ほーい、気をつけてなァ」
「いってらっしゃい」

 慌ただしくオフィスを後にした。


 電話のコール。出入りする人々。いつもどおりの忙しなさだ。あっという間に時間が過ぎていく。

「広居主任、様子がおかしくなかったか」

 営業のデスクが集まった島を通りかかったとき、戸惑った声が聞こえてきた。

「おかしいって、どこがだよ。体調悪かったら心配だけど、そんな感じでもなかっただろ」
「上の空っていうか、抜け殻っていうか――様子がおかしかったのはちょっと置いといて、みょうに身軽じゃなかったか? このまま出張なのにスーツケースも鞄も持ってないって、だいじょうぶなのかな?」
「荷物は駅のコインロッカーに預けてるのかもしれない」
「そっか。じゃあ、平気かな」
「待って。待てまてまて、これって主任の財布じゃないか?」

 わらわらと営業のマッチョどもが広居主任の席に集まってくる。気になって、樹子も暑苦しいスーツ集団の隙間からのぞき込んだ。
 見覚えのある革の長財布がぺよん、と机の上に放置されている。

「まさか、財布も何もかも忘れて身ひとつってことはないよ、な……?」

 青ざめたマッチョどものひとりが言い出した。

「戻ってくるよね?」
「さすがに、飛行機乗れないだろ……」
「スマホあれば乗れちゃう、よ?」
「そうだ、チケットレスサービスあるもんな」
「いやいやいや、さすがに財布忘れはヤバいって」
「大路さんよォ」

 三角課長もやってきた。

「広居くん、どんな予定になってたっけェ?」
「金曜日まで二泊三日の予定です」
「今日、何時の飛行機だか、知ってるゥ?」

 マッチョのひとりがずばばば、と手もとのデバイスを操作する。

「乗り継ぎとかの関係でそんなに選択肢多くないから十時過ぎの便、これじゃないですか」

 全員がオフィスの時計へ目をやった。
 十時半。
 財布を取りに戻ってこないということは、気づかず飛行機に乗ってしまっている可能性がある。あくまで可能性の問題であり得ない、あってはならないのだが。

「戻ってきている途中だったらいいんだが、ねェ」

 三角課長が眉根を寄せ腕組みをした。
 樹子は目を合わせることなく、オフィスから去った広居主任の背中を思い出した。いつもどおりさっぱりと整った姿だったけれど、精彩を欠いていた。

「メールで確認してみます」

 急ぎ足で自席に戻り、メールを打ち始める。

「はいはいィ、広居くんの件はこっちで確認するからみんなは仕事に戻ってなァ」

 三角課長の声が聞こえてくる。
 樹子は青ざめた。
 自分のせいだ。昨夜、どうしようどうしていいか分からないなどと逡巡しゅんじゅんせず広居主任に会いに行っていればこうはならなかった。気持ちを受け容れてもらえるかどうか、気にしている場合ではなかった。エンジェル兄妹の件は落着だということだけでも告げにいくべきだった。自分のせいで、広居主任が抜け殻のようになってしまっている。

――なんとかしなきゃ。

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