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がつ子、隘路を逆走する
28.
「う……」
ブラジャーにショーツ、キャミソールにガーターベルト。緑を帯びた淡いブルーから濃いブルーへとグラデーションを描きながらレースと花々が配されている。海底の花園のような、青の下着だ。
〈邪魔をして、悪かった。プライベートではもう、会わない〉
そんなメッセージを送ってきたくせに、捨てるに捨てられなかったのだろう。
見てしまったからには連れて帰ろうか。しかし買ったのは広居主任で、しかも他の男の前で着るな云々と世迷い言を並べていた。勝手に持ち帰ってぐだぐだとトラブルになるのも面倒だ。見なかったことにするか。使用済みの下着だから他の女性に着せるということはないだろうが、可能性がゼロでない以上置いていくのは厭だ。もしかしたら広居主任自身が身につける可能性もないとは言い切れない。もっと厭だ。
躊躇は一瞬だった。
ピンチから外した下着をざっと小さくたたみ、自分の鞄につっこむ。
広居主任の部屋を出て、玄関に鍵をかけマンション前で待っていてくれたタクシーに戻った。
飛行機の出発時刻の三十分前になんとか、空港のカウンターに着いた。スーツケースを預ける。手荷物検査をすませて飛行機に乗り込み、樹子はほっと安堵の溜め息をついた。
「ま、間に合った……」
席に落ち着き、スマートフォンを取り出し機内のwi-fiにつなげる。連絡はメールより手軽なチャットツールを使うことになった。数日の空白を経て主任とのやりとりが再開したアプリを開く。
〈邪魔をして、悪かった。プライベートではもう、会わない〉
会わなくなる前、最後に送られてきたメッセージがどうしても目に入る。乗り継ぎの空港で次の便を待っているらしい広居主任から、ぽつぽつとチャットツールに連絡がくる。やりとりが再開したからといって、以前のように現在地を知らせてくれるメリーさん的頻度でメッセージが届くわけではない。それでも送受信を続けるうちに〈邪魔をして悪かった〉のメッセージは見えなくなっていった。
〈カードケースがスーツのポケットに入っていて、クレジットカードとか免許証は手もとにあります〉
〈では、レンタカーも予定どおり借りられますね〉
やりとりを重ねてW空港出発ロビー前で待ち合わせること、財布と荷物を手渡したら樹子はすぐに羽田行き午後六時発の最終便に乗ることを確認した。W空港は小さくて待ち合わせで場所を間違えるおそれがないらしい。
待ち合わせの約束が決まると、やりとりが途絶えた。
――手もとにあります、か。
数日前まで、メッセージの文章は主任の普段の口調を思わせるもので、他人行儀なですます調ではなかった。
――何してるんだ、私。
苦い気持ちのまま樹子は窓の外へ目を向けた。飛行機が滑走路へと機首をめぐらせる。
大失態につながりかねないピンチに陥った広居主任を助けに行くといえば聞こえはいいが空回りだ。
以前とは違う。ただの上司と部下なのだから。
こんなことをしたからといって、広居主任との日々が戻ってくるわけではない。合鍵を返しそびれていたことについて、主任がどう思っていたのかはメッセージからうかがい知ることはできなかった。たまたま役に立ちはしたが、余計なことをしてくれるなと思われているに違いない。
そろそろ梅雨明けのはずだが空模様がはっきりしない。離陸した飛行機は樹子を乗せ雲の中を進んだ。
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