甘責めがつ子の惑溺愛へのナローパス

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がつ子、新しい季節の扉を開く

1.


 どうすりゃいいんだ。
 W空港のチケットロビー、チェックインカウンター前で、樹子は途方に暮れた。

〈これから空港に向かいます〉

 というメッセージを最後に、広居主任からの連絡が途絶えた。以前ならば現在地をこまめに教えてくれるメリーさんのごとくメッセージ弾幕を送りつけてきたというのに。メッセージのやりとりはW空港に向かう機内でのこと、もう一時間近く前だ。
 到着ロビーで広居主任にスーツケースと鞄と財布を渡し、即最終便に搭乗する計画だった。そのために乗り継ぎのK空港で最終便のチケットはあらかじめ購入しておいた。あとは搭乗するのみ。
 五時四十八分――。
 本来ならば保安検査場はすでに終了しているはずの時刻だ。搭乗口ももうすぐとざされる。

「そろそろ、――お待ちするのは難しいかと……」
「分かりました」

 乗り継ぎ地点K空港行き最終便のキャンセル手続きをする。Kから羽田へは比較的便数が多いからと購入を後回しにしておいたのが不幸中の幸いだった。
 最終便の搭乗が終了してロビーは閑散としている。小さなレストランや土産物屋も閉まっている。
 樹子は建物の外へ出た。ねっとり湿った空気がわだかまる。日没までまだ間があるはずだが、空はどんよりと曇り重苦しく暗い。

 六時――。
 K行き最終便だけでなく、W市街行きの最終バスも出発したところだった。白と緑に明るく塗装されたバスがゆったりと走って行く。がらんとした駐車場の向こうのレンタカー会社も店じまいをしていた。

――広居主任、どうしたんだろう。

 最終便を逃したからには宿や交通手段の手配が必要になるが今はそれどころではない。
 バス乗り場のベンチに主任と自分、ふたり分の鞄を置きスーツケースを寄せる。取り出したスマートフォンのロックを解除した。
 普段どおり東京にいれば退勤時刻が過ぎたころだ。りりちゃん先輩からメールが来ていた。事務方は今日のタスクを予定どおりにこなし派遣スタッフの反木と横道が先ほど退勤したこと、明日のタスクはあらかじめ用意してあるものから着手する予定であること、樹子が予定どおり最終便に搭乗できたかどうかを三角課長が気にしてそわそわしていることを知らせてくれた。

――すぐメールしなきゃ。

 りりちゃん先輩にまずリプライ、さらに三角課長へ現況の報告をした。荷物の受け渡しと宿の手配ができ次第報告することを伝え、やりとりを終える。
 六時十三分――。
 ぽつ、ぽつつ、つ。
 低く重く垂れ込めた雲から雨粒が落ちてきた。

「うっわ」

 沛雨はいうがバス乗り場の屋根を激しく叩く。瞬きふたつの間に空が割れたように降りはじめた。天が号泣しているかのようだ。

――泣きたいのはこっちだ。

 樹子は恨めしく雨を眺めた。目の前の道路とその向こうの駐車場が雨水に覆われていく。
 チャットツールの画面を開いた。

「……」

 通知はない。

――何か……あったんだ、よね。

 急用ができた、というだけであればメッセージのひとつやふたつやみっつ、届きそうなものなのに。セフレはやめたが仕事は仕事と割り切れる上司だ。体の関係を解消したからといって部下をわざと困らせるような人ではない。
 連絡をとりたくてもとれない状況に陥っているとしか思えない。

――急病とか。まさか――。

 交通事故の可能性に思い至り、樹子は青ざめた。
 どうすればいい? どうやって主任の安否を確かめればいい?
 ただ同じ部署で働いているというだけの上司と部下でしかない。家族であればせめて恋人であれば、今の立場より早く連絡が届くかもしれないのに。

――大路ちゃんなんてさ、教えてもらえたとしても順番は最後なわけ、さ・い・ご。

 ゆる細マッチョ和田のわらう声が脳裏をよぎる。
 むかっ腹が立って怯える気持ちが引っ込みはしてもそれは一時的なものだ。
 焦りが募る。
 スケジュール。優先順位。タスク。仕事と同じように情報を整理しようとしても、できない。いつまで待って、どの時点で動けばいいのか。どこに問い合わせればいいのか。

――主任に何かあったら……。

 飲み下せなかった恐怖は上顎あたりにへばりつき樹子の心を奪おうと待ち構えている。チャットツールをリロードしても新規のメッセージは入ってこない。スマーフォンを握る手が震える。
 このデバイスに次に連絡がくるとき、それは無事の知らせなのだろうか。恐ろしくなり、連絡を待ち続け手にしていたスマートフォンを樹子は自分の鞄につっこんだ。
 落ち着け。慌てても、いいことなど何もない。落ち着け。

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