我慢を止めた男の話

DAIMON

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第十三話『撃退スタンピード』

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「来やがれ!魔物ども!!」

 俺は迎撃態勢に移行し、通路の向こうから迫り来る大量の足音に身構える。

「――ヒィィィィィッ!!??」

 先に女探索者の方から現れた――茶色の短めの髪、軽鎧を着て軽装、結構膨らんだリュックを背負って泣き叫びながら走る小娘。

「ウワァァァンッ!!??なんでアタシがこんな目にぃぃ~~~!!??」

 本当にめちゃくちゃ号泣して鼻水まで垂らしてる……。
 いや、まあ、必死に逃げてきたんだろうから、仕方ないか……。

 でも俺の方に魔物の群れを引き連れてきたから、口には出さず内心で恨んでおく……。

「ビエェェェェンッッ!!ハッ!?ちょっとアンタ危ないわよッ!?早く逃げなさいッ!!」

 女が俺に気付いた。
 泣きながら俺に警告してくる。

「俺の事はいいから走り抜けろッ!」

「ちょっと何言って「うるせえ!口より脚動かせッ!!」――~~~恨まないでよねーー!!」

 女は止まることなく俺の脇を通り抜けていった。
 恨まないのは無理だが、その事は俺の胸の内に仕舞っておいてやるよ……。

 さて……邪魔がいなくなったところで――魔物だ。

 女の後に続いて現れた魔物の群れは、ゴブリンやらコボルトやら大鼠ビッグマウスやら灰色大蜥蜴グレーリザードやら、今日まで何度も倒した魔物どもが色々混じっているが、ぱっと見で多いのは『蜘蛛』だ。
 洞窟蜘蛛ケイブスパイダーと言う、洞窟を主とした閉鎖空間に多く住む蜘蛛の魔物――天井から飛び掛かってきたり、蜘蛛糸で罠を張ったりと厄介な魔物だが、その糸が色々な道具の素材になるとかで、糸そのものと蜘蛛の体の『分泌腺』が中々良い価格で引き取ってもらえる。

 いつもなら分泌腺が採れる様に気を遣って仕留めるところだが、今はそんな余裕はない――ので殲滅だ!

風刃ウインドカッター!!」

 基本四属性『風属性』のオーソドックスな魔法――風の刃を飛ばして相手を切り裂く魔法だ。

『ギッ!?』
『ギャッ!?』
『ガッ!??』

 俺の手から飛んだ風刃が止まることなく魔物どもを切り裂いていく。
 風にしたのは消去法だ――火魔法は閉鎖空間では酸欠の恐れがあるから除外、土魔法は地形に影響を与えて崩落を招く恐れがあるから除外、水魔法は水没とまでは行かなくても通路が水浸しになるから除外、という訳だ。

 しかし後続の魔物は止まらず、前の魔物の死体を乗り越えて迫ってくる。
 なら止まるまで撃ち続けてやる――どっちが先に打ち止めになるか勝負だ!

「うおおおおお!!!!」

 風刃ウインドカッター連射連射連射――!!
 通路から次々現れる魔物どもを細切れにしていく――かなりのスプラッタだ。
 しかし、通路は結構な広さがあるものの魔物の数が多いので段々と通路が埋まってくる。
 それさえ押し退け、乗り越えてくる暴走魔物ども……先に死んだ魔物の亡骸が遮蔽物になって俺の風刃ウインドカッターが奥まで届かなくなる。
 俺も少しずつ後退を余儀なくされた……これが数の暴力ってヤツか。

「くそ!早く終われー!!」

 ジリジリと後退しつつ、魔法を撃ちまくる。
 探知魔法では少しずつ魔物の数も減ってきている……!
 もう少し踏ん張れば、終わる……!!

 そうして踏ん張り魔法を連発すること暫く――

「ん?終わり、か……?」

 続いていた魔物の行進が途切れた……。
 探知魔法を使ってみると……暴走の群れはどうやら打ち止めの様だ。
 群れからはぐれ、別方向に散らばった魔物は幾つかいる様だが、脅威になるほどの数と勢いはない。

 どうやら集団暴走スタンピードは乗り切った様だ。
 しかし……気になる気配が1つ――俺が倒した群れに続く形で、ゆっくりと上がってくる大きめの魔物の反応がある。

「おいおい、まさか連戦の後にボス戦か……?」

 流石に魔法の撃ち過ぎか、疲れを感じるんだが……。
 逃げようかともチラっと考えたが、ふと頭の中を閃きが走る。

 ボスの素材を採れたら、良い金になるんじゃないか?
 集団暴走スタンピードを止めたら幾らか報奨金が出る可能性はあるが、そんな実例があるかも分からないし、何より言って信じてもらえるかどうか微妙だ。
 変に勘繰られて、俺が集団暴走スタンピードを引き起こした~なんて曲解でもされようものなら、俺はブチ切れる自信がある。
 これだけ苦労させられて、俺に得るものが何もないか、割に合わないものだなんて納得いかない。

 それに、近づいて来ているボスと思しき魔物の反応――これが集団暴走スタンピードの元凶だとしたら、俺の苦労の元凶でもある訳で……つまり俺は、こいつに怒りをぶつける権利があると思う訳だ。

「……よし、ぶっ潰すか」

 八つ当たりの自覚はある。
 しかし、相手は魔物だ――向こうだって俺を、そしてダンジョン内にいる人間を殺そうとしていた訳だから、やり返したって文句は言えない筈だよな。

 だから問題ないよな?

 自分の中で結論が出た――俺はその場で近づいてくる魔物の気配を待ち構える。

『シャアァァァァ!!!』

 やがて通路の奥から現れたのは、通路に詰まるほど巨大な洞窟蜘蛛ーーもしかして親蜘蛛か?
 集団暴走の中に洞窟蜘蛛が多かった理由は、こいつが産んだ卵が孵ったから?

『グジュ、グジュ、グジュ』

 って、おいおい、通路を埋めていた洞窟蜘蛛を初めとした魔物の死体を食ってやがる!
 自分の子供でも死んだらただの食料かよ……ゾワっとする。

『ギシャァアアァァァッ!!!』

 粗方食い散らかして、次は俺か?

「喰われてたまるか!!」

 風刃ウインドカッター!!

『ギィ!』

 弾きやがった!
 殻はかなり硬いな、だったら――!

風円刃ウインドソーサー!!」

 風の回転鋸ならどうよ!?

『ギィィィィィ!!??』

 風円刃ウインドソーサーは洞窟親蜘蛛の片側の目を切り裂き、その殻の上を滑る様に逸れた。
 これでもスパッとは斬れないか、本当に硬いな。
 だが、回転で威力・切れ味をました風円刃ウインドソーサーなら殻を斬れたんだ。

 回転は有効――だったら、今度は貫通力で勝負――!

風螺旋弾ウインドスパイラルバレット!!」

 風の徹甲弾――先の尖った螺旋回転する弾丸!

バシュ!

『ギエェエエェェエッッ!???』

 やったぞ!
 弾は殻を突き破って、穴から青黒い体液が噴出した。
 これなら通じる!

 ならば連射だ――!

風螺旋弾ウインドスパイラルバレットーー!!!」

ボボボボボボボ!!!

 絶え間なく連続で撃ち出される風の弾丸――その弾が当たる度に洞窟親蜘蛛の体に穴が開き、体液と殻と肉片が飛び散る。

『グエエェェェ……!』

 やがて、洞窟親蜘蛛が力なく横たわり動きを止めた。

「……死んだか?」

 探知魔法を使ってみる……うん、生命反応なし。
 念の為、もう一発風螺旋弾ウインドスパイラルバレットを撃ち込む……うん、ピクリともしない。

「よし!勝った!」

 思わずガッツポーズ――転生してからこちら、最大の戦いだった。
 流石に疲労を感じる、こんなに魔法を撃ちまくった事はなかったからな。

 さて、この洞窟親蜘蛛を倒した事で集団暴走スタンピードはもう収束したと見ていいだろう。
 探知魔法を使った限り、多少群れから散った魔物はいる様だが、この程度なら地上に出てもすぐ退治される筈だ。
 俺が倒した大量に湧いた魔物どもは、この親蜘蛛が殆ど食ってしまった様だ……あの量の魔物、魔石だけでも回収できればデカい収入になっていたかもしれないのに……残念だ。

 ならせめて、この親蜘蛛の素材だけでも頂かないと割に合わん!
 とはいえ……。

「通路にミッチリ詰まってて剥ぎ取れねえ……」

 手出しできるのが頭と胴体の先の部分だけって……これじゃあ尻にある分泌腺を取りに行けない……。
 こうなったら頭を討伐の証明として切り落として持ち帰り、魔石だけでも取り出そう。
 洞窟蜘蛛の魔石も頭にあったはずだから、親蜘蛛でも同じだろう。

 では早速解体用のナイフで頭を切り離そう――と思ったが。

ガッ

「うお!?硬っ!?」

 普通のナイフじゃあ殻は勿論、俺の魔法で傷つけ露出した肉にも歯が立たない。
 このまま力を入れると、ナイフの刃が折れそうだ。
 仕方がない、また魔法を使うか。

風円刃ウインドソーサー

 殻の隙間に刃を当てる様に魔法を使うと、ガリガリと音を立てて親蜘蛛の頸……というか頭と胴の接合部が切れた。

「うへぇ、巨大蜘蛛の生首か……」

 かなり不気味で気持ち悪いが、ここまでの労力を無償にしない為には仕方がない。
 突発事態で包むものも何もないので、已む無く手で掴んで引き摺る……。
 チートボディのおかげで重くはないが、早くギルドで換金に出してしまいたい……。

 その後、俺はダンジョン内を親蜘蛛の頭を引き摺りながら歩き回り、やっと覚えのある正規ルートの道を見つけて、地上へと帰還――。

「ジロウ殿!」
「ジロウさん!」
「旦那ぁ!」

 ダンジョンの出入り口で、ゴードン達に再会した。

「おう、お前ら無事だったか」

「「「それはこっちの台詞だ!!」」ですっ!!」

 息が合ってるな、お前ら……。

「むっ?!じ、ジロウ殿、それは!?」

「きゃあッ!?」

「うげッ!?旦那なんだよそりゃあ!?」

 3人が俺が引き摺って来た親蜘蛛の頭に気付いた。

「ああ、成り行きで集団暴走スタンピードの群れを倒したら、その後からこいつが現れてな。仕方なく倒した」

「「「倒したぁ!?」」」

 また3人揃って目を剥き出す。
 本当に息が合ってるな、お前ら……。

「あー、取り込み中悪いが、いいだろうか?」

 と、そこで声を掛けられる。
 振り向くと、全身鎧にマントを身に付けた騎士風の男が立っていた。
 よく見れば、その後ろに同系統の鎧兜を装備した兵士達と、様々な武装に身を固めた冒険者達もいる。

 ああ、集団暴走スタンピードに備えて召集された面々か。

「えーと、はい、何でしょう……?」

「私はこの都市の守備隊を任せられている王国騎士ユアン・デニソン。今さっきの貴様達の会話を聞いていたのだが……私の聞き違いであろうか?集団暴走スタンピードを起こした魔物の群れを、貴様が倒したと聞こえた気がしたが……」

 ああ、まあ、そりゃあ聞こえるよな……。

「どうなのだ?」

「……はい、仰る通りです。俺が、集団暴走スタンピードの魔物の群れを倒しました」

ざわっ……!

 周囲の兵士や冒険者達がざわめく。

「うぅむ、俄かに信じ難いが……その後ろの、一際巨大な洞窟蜘蛛ケイブスパイダーの頭部は見るに、大嘘とも言えぬ……」

 ユアンと名乗った騎士が、兜から見える眉を顰めて俺が引き摺って来た親蜘蛛の頭を見つめる。

「俺が思うに、こいつが今回の集団暴走スタンピードの元凶じゃないかと。魔物の群れは、大半が洞窟蜘蛛ケイブスパイダーでしたし……」

「ふぅむ、そうか……一先ず、話は分かった。これから我々守備隊と冒険者有志によるダンジョン内の調査を行う。貴様達には後ほど事情を聞かねばならん。その洞窟蜘蛛ケイブスパイダーの頭部は重要参考資料として、ギルドと守備隊の共同で預からせてもらう。無論、この私ユアン・デニソンの名に於いて、後に相応の報奨金を支払う事を確約する」

「はあ、分かりました」

「うむ。協力に感謝する」

 そうして、親蜘蛛の頭は守備隊の兵士達によってギルドへと運ばれ、俺はその査定の証書の様なものを預かり、その場は解放された。

 後日、ギルドにてギルド長や職員立会いの下、集団暴走スタンピードの状況などを詳しく聞き取り調査が行われるそうで、出頭するようにと言いつけられた。
 面倒だが、避けては通れそうにないので大人しく事情聴取を受けるとしよう。

 すんなりと終わって、報奨金を受け取って終わるといいんだが……。
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