ノルン〜暗殺者として育てられた身代わり王子、死んだ事にして好きに生きる

白緑

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レイ編

8 馴染みの旅館

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 日が沈み始めて茜色の空になる頃。待ち行く人に何度も振り返られながら、俺は記憶を頼りに昔宿泊した旅館に脚を向ける。
 そこは表通りから外れた路地を進み、坂を下り、7回路地を曲がって水道橋のトンネルを潜った先にある厳かな旅館だ。

「此処は俺が初めてこの街を訪れた時に見つけた宿だ」
「古風、と言えばいいのでしょうか。初めて見る造りの宿ですね。それに門構えもこの庭も、飛び石の敷石も、整然としていないのに雰囲気にマッチしていて圧倒されます」

 木に飲み込まれそうな門を抜けて敷石の上を歩いていると、ゆっくり両開きの戸が開いていき、中から地味だが独特な服装の女性が微笑んで出迎えた。

「いらっしゃい。あら?貴方はレイ…?」

 レイは顔を顰めて、頬に手を当てて首を傾げている老婦人を無言で睨む。
 ラウラは楽しそうに眺めていたが、話が進まないので苦笑して口を出した。

「口を挟んですみません。私はラウラと申します。彼とはお知り合いですか」
「まぁねぇ。ラウラさんと一緒なのね」

 老婦人は詳しくは答えずに一人納得すると宿の中を案内し始める。
 此処の女将は前も同じ様な反応で、俺の事を知っていた。
 二人は顔を見合わせると、ラウラは微笑んで、レイは仏頂面で後を着いて行った。

「レイ君は此方、ラウラさんは隣を使ってね」

 レイの案内された部屋は以前案内された部屋と同じ鴉の間で、隣は大瑠璃の間で奇しくも互いにイメージする色に相応しい部屋だった。
 ベッドとテーブルセット、庭の見える大きなガラス窓、壁には見た事のない様な幻想的な風景画と植物の小さな鉢植えが掛けられている。まさにゆったりと寛げ、何度泊まっても落ち着ける空間だ。
 食事は通路先の大広間で食べられる。
 鍵を貰って早速二人で行ってみると、部屋の中央に池と木々が生えている広間に、複数のテーブル席が置かれていた。

「こっちだ」

 慣れた様に窓際の席に座ると頬杖をついて遠目で池を眺める。

「いつもこの席を?」
「あぁ。此処から女将がよく見えるからな」

 それはこの宿の女将の老婦人が池の向こうの厨房から出て来て席に食事を運ぶ始終を見られるからだ。
 白髪の老婦人はセミロングのソバージュで、目が閉じてる様な笑みを絶やさない表情の女性だった。それが着物と言うとある島国の伝統的な衣装と知らずに、ただ良く似合っているといつも思っていた。

「あの方が好きなのですね」

 そんなんじゃ無い。ただの客と女将と言う関係。その関係が5年程度続いただけだ。
 ラウラの問に黙ったまま、池を泳ぐ魚が立てる水音と、料理の音を鋭敏な聴覚で楽しむ。女将が静々と盆に乗せた料理を運んで来ると、レイの前にそれを置いて優しく微笑む。そしてラウラにはハンバーグやサイコロステーキなど肉とサラダの洋食メニューを置いた。
 
「俺もそっちが良いんたが」

 レイのメニューはラウラにしてみれば見た事の無い組み合わせだった。白い粒粒した物と、茶色のスープ、萎びた野菜、シンプルに焼いただけの切り身魚。
 初めて見る料理にパチパチと瞬きを繰り返すラウラの顔からは微笑みが消えていた。

「それは何ですか?」
「あ?これか。白飯に味噌汁、お浸しに焼き魚だろ」

 焼き魚なら分かるが、白飯?味噌汁?お浸し?あちらでは食べた事の無い料理に興味が湧く。

「ラウラさんも和食にしましょうか」
「和食?これは和食と言う物なのですね」

 女将はそうなる事が分かっていたかの様にラウラの分の盆を持ってきて、洋食が多かったらレイに渡すように言うと厨房に戻って行った。
 そしてレイが二本の棒でご飯を食べているのを見て、見様見真似でやっているラウラが掴めないと諦めるまで20分掛かった。

「箸じゃなくてフォークで良いだろ」
「これは箸、と言うのですね。それに白飯はモチモチして美味しいですし、こちらの味噌汁はしょっぱいのに何だか懐かしく感じます」

 フォークで和食を食べるラウラは瞳を輝かせて食べている。レイは楽しそうで何よりだと真顔で眺めると、洋食に手を付け始め、ラウラが食べ終わるのと同じくらいで全て食べきった。

「おら、食べ終わったら皿重ねろ。そんであっちに持って行くぞ」
「なるほど、自分で返却するんですね」
「女将一人でやってるんだ。少しは手伝わねぇとな」

 当然の様に厨房の洗い場まで持って行くレイからは、此処に来るまでのキツい雰囲気や睨み付ける目の鋭さは鳴りを潜めていた。

「お風呂の前に髪切りましょうか?」
「女将に頼むわ」

 目を覆う前髪は邪魔にならない程度に整えられ、襟足の長い後ろも短く刈り揃えられた。
 顔を顰めなければモテるだろうイケメンに、ラウラは夜、ベッドで悶ていたのをレイは気付かなかった。
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