下っ端宮女のひたむき後宮恋譚 ~前世の夢を追いかけていたらいつのまにか寵愛されていました~

紀本明

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いじめ

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 料理人という夢に向かって、順風満帆な一歩を踏み出したと思われた尚食局への異動だったが、そう簡単には問屋は下ろしてくれないらしい。

「頼んだのは山椒じゃない、胡椒よ! そんなことも覚えられないの?」

 珠蘭さんは、私が倉庫から持ってきた箱に入っている山椒を見て目を吊り上げた。

「え」

 珠蘭さんは私に間違いなく山椒を取ってくるように言ったのに……。いくら私でも山椒と胡椒は聞き間違えないし、数分前に聞いたことを忘れたりはしない。
 朝から態度がとげとげしいな、と思っていたのだけどちょっとこれは酷くないか。

 胸の中に溢れてくるもやもやは吐き出されることなく飲み込んで、「すみません、今すぐ持ってきます」と私は重たい箱を抱えて倉庫へと逆戻りした。

 その後も、ことあるごとにあからさまな嫌がらせが続いて、一日が終わる頃には心身ともにぐったりと疲弊しきっていた。
 終わった後の片付けも一番下っ端の私が担当。
 本当なら私と同じ下っ端の珠蘭さんも私と一緒にやらなくてはならないはずなのに、彼女はなにも言わずにさっさと帰ってしまった。

「鈴風お疲れ!」

 日が傾きかけ、静かになったころ、雹華が厨房に顔を出した。

「雹華ぁ~」

 床を掃いていた私は、手に持っていた箒を放り投げて雹華に抱き着く。慣れない仕事場で張り詰めて疲れていた心が彼女の顔を見て一気に弾けたようだった。

「聞いてよ雹華~」

 雹華だって疲れてるはずなのに、私の片付けを手伝ってくれてさらに私の愚痴も嫌な顔一つせず聞いてくれた。

「それは疲れたねぇ……、珠蘭さんか……あぁっ!」
「ちょっと急に大声出すのやめて」
「ごめんって、違うのよ、昨日仕事終わりにね、昭儀さまの侍女が誰かと話してるのを見かけて……、その時は別に気に留めてなかったんだけど、あの後ろ姿は珠蘭さんだったかも……」
「え、それって……」

 私たちは見合って、同時にため息を吐く。それはもう、深い深いため息だ。

「手回しに抜かりなしってわけね」

 あきれるくらい、仕事が早い。
 せっかく、厨房にこもり切りになったことで侍女たちからの嫌がらせが減ると思っていたのに。これでは避けようにも避けられないから、前より悪化したと言ってもいいかもしれない。

「じゃぁ片付けも終わったし、帰ろっか」
「あ……、私、ちょっと用事があるから先に帰ってて」
「用事ってなに? 私手伝うわよ」
「あ……そういうんじゃなくて……えっと……、ある人に、ご飯を作る約束をしてて……」

 雲嵐とのことを話し終えると、雹華は両手を口元に当てて「きゃー!」と叫んだ。

「えっ、宦官さまと密会⁉」
「密会なんて、やめてよ。そんないかがわしい関係じゃない」

 ただご飯を食べさせてあげているだけ。
 って、なんだか餌付けしてるみたい。

「それじゃぁ、お邪魔するのは気が引けるから、私は帰るわね」
「だから~! そういうんじゃないってば!」
「はいはい」

 雹華を見送って、私は雲嵐のための夕餉に取り掛かった。
 今日はなにを作ろうかと、雲嵐のことを思い浮かべながら一日中考えた結果、オムライスを作ることに決定。
 それも、ご飯の上に乗せたふわとろオムレツに切り込みを入れてトロ~っと卵が広がるアレだ。
 きっと雲嵐も驚くに違いない!

 食材を切り終えたので後はケチャップライスを炒めて卵を焼くだけ。もちろん、ケチャップなんてないからトマトをつぶして砂糖や塩で煮詰めて手作りして準備は万端。

 私は雲嵐が来るのを食堂で座って待った。



「――おい、鈴風、起きろ」
「んん……、もう食べられない……雲嵐が食べて……」

 私は味見でお腹いっぱいよ……。

「どんな夢を見てるんだ、こいつは」
「――っ⁉ やだ、私寝てた?」

 耳に入ってきた自分の間抜けな声と雲嵐の呆れた声で、目が覚めて起き上がる。

「よだれ垂らしてるぞ」
「ちょっと、やだもう!」

 口元に手をやるも、濡れてる気配はない。

「騙したわね……」

 と、隣に座るぼさぼさ頭の宦官を睨んでやるも、雲嵐は口の端を持ち上げて「夢に見るほど俺に会いたかったのか?」と笑った。

 雲嵐は、無駄に良い声をしている。適度に低く艶があって耳にすんなりと届く声は、いつまでも聞いていたいと思わせるくらいに良いのが癪だ。

「ば、ばか言ってんじゃないわよ」

 と言ったものの、夢に見ていたのは事実なので、恥ずかしくて顔が火照る。
 あぁ、私の顔、絶対真っ赤だ。

 そんな顔を見られたくなくて立ち上がった私の手を、雲嵐が掴んだ。厨房へと向かおうとしていた私はバランスを崩し、同じく立ち上がった雲嵐の胸にポスっと顔をうずめる格好になってしまう。
 上質な香にふわりと包まれ、拍動がスピードを増した。

「わ、ご、ごめん」

 慌てて体勢を戻せば、背の高い雲嵐が私をまっすぐに見下ろしていた。前髪の隙間から覗く瞳は、いつだってキラキラとロウソクの灯りを映していて綺麗で、隠しているのがもったいないと思う。

「冗談だ。……遅れてしまってすまなかった。待っていてくれてありがとう」

 この人の、こうしてちゃんと謝れるところも良いなと思う。人の気持ちを大事にしている証拠だから。

「いいわよ別に、そんなに待ってないし。じゃぁ、ご飯作ってくるからお、茶でも飲んで待ってて!」

 私は早く雲嵐にオムライスを食べさせたい一心で厨房へと駆け込んだ。


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