どんなあなたでも愛してる。

piyo

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その1

今日は、これまでずっと待ち望んでいた日――半年以上に及ぶ遠征から、夫が帰って来る日である。

私、シエラ・イートンと、夫であり騎士であるディーノ・イートンは、親が持ってきたお見合いによって結婚したばかりの新婚夫婦だ。

騎士団に所属する彼は、自分に代わって領地を任せられる妻を望んでいた。
一方の私は、跡継ぎとして領地経営を叩き込まれてきたにもかかわらず、遅くに生まれた弟に継承権を譲られ、途方に暮れていた。

こうして互いの利害が一致した結果、成り立った結婚である。

二人の間に激しい恋情が生まれたわけではないが、夫婦仲は決して悪くなかった――と思う。
なるべく時間を合わせて食事をともにし、夫に休みができたときには一緒に外出もした。夜会などの社交も、もちろん夫婦で適度にこなし、夜の方も、頻繁というわけではないが、やることはしっかりとやっている。子どもについては、まあ、おいおい授かれればいいだろう。

まだ結婚して数カ月。
お互いに手探りだった初めの頃に比べ、徐々に絆が生まれてきていた――少なくとも、私はそう思っていた矢先のことだった。
彼に、突如として遠征の話が持ち上がったのだ。しかも、その任期は結婚期間と変わらない、半年間だという。

新婚なのだから、長期不在の任務は遠慮してほしい――そう思わなかったわけではない。
私たち、今からでしょ!? そうでしょう!?
そう言ってしまいたい気持ちをぐっと堪えつつ、
「……断ることはできないんですか?」と、静かに詰め寄った。

だが彼は、少し困ったような表情を浮かべたあと、「すまない」と謝罪を口にした。
もともと感情表現も口数も少ない人だ。
「もっとちゃんと説明せんかい!」と叱ったところで、
部隊長という責任ある立場ゆえ、断ることはできないのだと、申し訳なさを滲ませて言われてしまった。

ぐぬぬ。

「――留守は頼んだ」
その言葉を残し、夫は私を置いて、あっさりと遠地へと旅立ってしまった。

結婚前から、こうした遠征は度々あると、第三騎士団の部隊長を務める夫からは聞かされていた。
そして、自分でも心積もりをしていたつもりだった。

――しかし実際、長らく夫が家を空けると、寂しさは積もるものだ。
夫に対し、自分はさしたる愛情は持っていないと思っていたが、どうやら、自分が想像していたよりも、夫のことがそれなりに好きであるらしかった。

というのも。

(あー、今頃旦那様は何をしていらっしゃるのだろう……)

家のことで気を紛らわせていても、気づけば夫のことをぼんやりと考えている。
怪我はしていないか、きちんとご飯は食べられているか、睡眠はとれているか――
まるで、彼は小さな子供で、自分は彼の保護者のようになったかのようだった。
(実際、彼は大きな大人で、自分のほうが余程子供なのだが、そこは敢えて触れない)

遠征先に頻繁に手紙を送り、こちらの近況を伝える。
侍女や家令に、「奥様、いくら何でも、一日二通は多すぎます」と止められてしまう始末である。
夫からも、頻繁ではないが、こちらが五通送ったら一通返って来るくらいの頻度で返事をしてくれていた。
少ない、とぼやいたら、侍女に「奥様が送りすぎなのです!」とまたもや窘められた。

夫から最後に受け取った手紙には、もうすぐ帰って来られそうだという旨が記されていた。
私はその知らせに歓喜し、使用人たちを集めて前祝をしたくらいである。
それくらいに浮かれていた。

しかし――その後、何の音沙汰もなく、時が過ぎた。

(――もしや、夫の身に何か起きたのでは?)

そう心配すると同時に、一目散に騎士団へ連絡を取った。
すると、予期せぬトラブルに遭遇したため、帰宅が遅れていることが伝えられた。
いや、早く一報入れろよ、と思ったが、私は大人なのでぐっと堪えた。

そんな夫が今日帰ってくるという知らせが届いたのは、つい先日のことだった。
気づけば、当初の予定よりも任期が一か月も伸びていた。

無事に帰ってきてくれた安堵と、なんで一ヶ月も連絡がなかったのかという憤り――
さまざまな感情が、私の中で渦巻いていた。



夫の帰宅日となるこの日、私は使用人たちとソワソワしながら、朝から玄関前に待機して、彼の帰りを今か今かと待っていた。
時間は聞かされていなかったため、一日中待って、一番に出迎えようと思っていたのだ。

(帰ってきたら、まずはねぎらいの言葉ね。それから、なんで遅くなったのかをきちんと説明してもらわなきゃ!)

――けれど。
張り切った私をあざ笑うかのように、午前が過ぎ、昼を過ぎても一向に彼は姿を現さなかった。
さすがに待ちくたびれ、玄関前で本を読んだり、側にあるカウチでいつの間にかグースカと昼寝をする始末。
ハッと目が覚め、飛び起きたときには、外はすっかり夕方になっていた。
側に控えていた侍女に、彼の帰宅の有無を確認するも、残念そうに首を横に振られた。

――彼は部隊長だから、きっと後処理があるのよ。それで遅くなってるんだわ。

仕方が無い……そう割り切って、先に夕食を取りに戻ろうとしたところ――
玄関の扉が開く音と、後ろから大きな影がゆっくりと中に入ってくるのが見えた。

(旦那様――!?)

私は堪らず後ろを振り返り、手を広げ、抱擁の準備をして玄関に向かって全力で駆け出した。
今日に限っては、侍女の「はしたない」と窘める声も聞こえない。

扉を目掛け、声を振り上げる。

「旦那様――ッ!!!
おかえりなさ……」

私の大きな声は、そこで一旦途切れた。
ついでに、走っていた足もその場でピタッと止まる。

……ぶしつけかもしれないが、目の前の人物を睨みつけるようにキッと見据え、鋭い口調で言った。

「え……どちらさまでしょうか?」

訝しげに問いかける私の言葉に、側にいた侍女二人もうんうんと頷きを示す。

しかし、その人物はというと――

「……俺だ」
「お、れ……?」
「ディーノだ」

(なにを言ってるの、この人――)

目の前の男性は、夫の二倍はありそうな横幅の体格をしていた。
頬についた肉のせいか、ややくぐもった声は夫に似ている気もするが、聞き慣れた声とはずいぶん違う。
そして何より、見た目が夫とはまるで別人だった。

(私の夫はガチムチ筋肉の美丈夫なんだから!⋯⋯美丈夫っていうのは妻の贔屓目だけど。
でも、成りすまそうとするなら、もうちょっと寄せてから来なさいよ!)

目の前の男性の、脂肪を蓄えたでっぷりとしたお腹の存在感。ボタンが弾き飛びそうなそれは、筋肉なぞまったくないことが見てとれる。
そんな彼に夫と名乗られても、「はっ」と鼻で笑うしかできなかった。

盛り上がった気持ちを台無しにされた怒りがこみ上げ、わなわなと握り締めた手が震え始める。

「これが……ひと昔前に流行ったとされる、オレオレ詐欺ですか……!」

地を這うような声が自分の口から漏れる。
そしてまっすぐ前を見て、高らかに叫ぶ。

「即、お引き取り下さいませ!」
詐欺師を睨みつけ、隣に駆けつけた執事に目配せする。

――ああ、なんてひどい仕打ちだろう。
待ちに待った夫が帰ってきたと思ったのに、こんな日に限って詐欺師が現れるなんて。

憤ったことで頭に血が上ったのか、額に手をあて、侍女の肩に捕まる。

しかし、目の前の男性は微動だにせず、執事もおろおろと私と男を見比べるばかりだった。

「どうしたの? 早くこの方にお引き取り願える?」

動こうとしない執事に再度指示を出すと、彼は信じられない言葉を口にした。

「お、奥様……。この方は、正真正銘、貴方様の夫君であるディーノ様でございます……」
「ん……?」
「奥様が仮眠をとってらっしゃたときに伝令が来まして……その……」

耳で音は拾ったはずなのに、言われた言葉の意味が理解できず、思考が停止する。
思わず再度、目の前の男性の姿を上下に視線で追う。

髪はアッシュブラウン。出立前の夫は短髪だったが、この人は遠征中に髪を切らなかったらしく、計算通り、ちょうどそのくらいの長さに伸びていた。

目は、記憶の中の夫より小さいが、その色は深い青。虹彩に緑が混ざる不思議な色合いは、間違いなく夫のものだった。

――が、体格が違いすぎる。

どんな食生活をすればここまでお腹に脂肪がつくのかと思う、まん丸なお腹に、首の下にも十分なお肉。
鋭く硬かった顔もまん丸になり、愛嬌さえ感じられる。
袖から覗く指もぷにぷにで赤子のようだ。

体格も顔つきも違うが――
シエラを見るその表情は、いつも夫が私に向けるものと変わらなかった。
少し近づき、顔を見上げながら確認の言葉を口にする。

「え……うそ。本気で、……旦那様なんですか?」
「そうだ」

彼は丸い顔をゆっくりと下に向け、深く頷いた。そしてその太い腕で私を抱き寄せる。

触れた感触は、これまでに感じたことのないずっしりとした脂肪の感触で、思考が再び停止する。
新生・旦那様は「遅くなってすまなかった、実は――」と説明を始めるが、私の耳には届かない。
気付けば膝から力が抜け、目の前が真っ暗になっていた――

その日から、私は、丸一日寝込むことになった。

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