性転換の魔法薬を飲みました。うちの店主が一番可愛いと思います。

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性転換の魔法薬を飲みました。うちの店主が一番可愛いと思います。

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「やあ、クロエ。見てよ、どう?中々かわいいでしょ?」


 クロエはいつも通りの時間に出勤し、いつも通りにお店に入ったはずだ。しかし、そこに待ち構えていたのは自分が知っている店主ではなく、目の前の女性だった。

 彼女は小さな身体に対し、大きめのシャツに、ブカブカのズボンを折り曲げてはいており、天使のような顔の可愛いさに対し、服装の不格好さが見事にミスマッチしている。
 柔らかそうな薄い金の髪は肩より短い長さで軽くカールしており、猫のような瞳は薄氷のような薄い水色で、自分の知っている人の色彩と同じである。

 その自分の知っている人、サミュエルは20代の背の高い男性であり、この店の店主である。彼から妹がいるという話は聞いたことがないのだが…

「んんと、失礼ですが、あなたは?サミュエルさんのご親戚の方でしょうか?」

「やだなぁ、一年も一緒に働いてそれは無いよ。君の雇い主のサミュエルだ。」

「わお」

 まさかの本人だった。にわかに信じられないが、実はとんでもなく能力の高い魔法使いの彼ならやりかねない。うちの店主は本当に自分の考えが及ばないことを仕出かすのが得意だ。
 ちなみに、正確には彼はクロエの雇い主ではない。

「で、どう?女版の私、悪くないと思うんだけど。」
「すんごい美少女なので、悪くないどころか極上です。天使か。」

 こちらに向かってウインクしてくる姿は鼻血ものである。ご丁寧に、いつもは「俺」といってるところを「私」に変えている。
 普段の彼もかなり容姿はいいのだが、目の前の彼女も飛び抜けて可愛い。可愛いのだが、一体なにをやってるんだこの人は。

「えーっと、どこからツッコめばいいのかわからないんですが、これは変装か何かですか?骨格レベルで違う気がするのですが…」

 いつもより頭一つ分は低い身長に、華奢な肩幅に細い手足。自分で言ってて何だが、これで本当にただの変装だとすると、身体に物理的な手術まで施したハイレベルな変装ということになる。

「残念、不正解!魔法薬だよ。とある筋から依頼を受けてね。1日だけ男女の性別を作り変えるという薬を作ったんだ。」

「ええ、そんなことできるんだ…あなたは本当になんでも作りますね…。そして依頼を受けたという話を私は聞いてないのですが。」

 そう言ってじとりとサミュエルを見つめる。
 クロエは計画性の無いこの魔法使いの秘書のようなことをしている。本来の流れとして、依頼の受け口はクロエで、彼はクロエの計画に沿って依頼をこなす。しかし、たまにこうやって彼に直接依頼が来ては割り込みの仕事をして、クロエに怒られている。
 
「今回は特別だよ。王家の隠密からの依頼だからね。」
「うわ~…これだから権力持ってるやつらは!」
「そんな嫌そうな顔をしないで。今回はちゃんと他スケジュールを確認してから期限を設定したんだから。」
「あら、珍しいですね。あなたが対応できるのであれば、私は別に構いません。」

 クロエがするのはあくまで管理であり業務のサポート、実際に仕事をするのはサミュエルだ。そのサミュエルが大丈夫というなら、こちらが文句言う筋合いはない。

「で、何故あなた自ら飲んで試してるんですか?」
「単なる好奇心だね。普通に生きてたら、自分が女になることなんてこの先一生ないだろう?これは試すしかないって。徹夜して作った最高傑作だよ!身体の全ての器官を作り替えることに成功してるんだから。自分で言うのもなんだけど、やはり私は天才だな。」
「はいはい。」

 毎度突拍子もない依頼が舞い込んで来ては、それを叶えてしまう彼は本当に天才ではある。しかし興味があることには猛突進で、それ以外のことは彼の思考回路から消え失せてしまうのが、彼が単なる天才魔法使いではなく変人魔法使いと呼ばれる所以だと思う。

「というわけで、はい。」

 サミュエルがクロエに向かって、謎の液体の入った小瓶を手渡す。

「なんですか、これ。」
「今さっき私が飲んだ魔法薬。男が女に変わる効果は私で確認済だけど、女が男に変わるかどうかはまだ確認出来てないんだ。治験に協力してよ、クロエ。」
「え~…」

 自分は普通に出勤して来ただけなのに、何故朝っぱらからよくわからない実験体にならなければいけないのだろうか。

 クロエは渡された小瓶を見つめ、これは自分の雇用契約に含まれているのか?と、記憶を掘り返した。





 クロエ・ハディスは田舎の小さな領地を持つ男爵家の長女である。

 特に裕福でも貧乏でもないハディス家ではあるが、子沢山な家庭であり、クロエの下には四人の弟と妹がいる。子供がいればそれだけ生活費がかかり、四人全員を学校にやる財力はあるっちゃあるが、余裕は無かった。そのためクロエは学校を卒業後、お給金が良い王宮の文官の仕事について、弟や妹たちの学費を支援することに決めていた。
 この国では身分制度はそれ程厳しくなく、そして男女の雇用の機会は等しく与えられており、クロエは学校も優秀な成績で卒業したため、文官への就職は容易だった。
 
 クロエは持ち前の真面目さと家庭環境で鍛えられた世話焼きの性質から、人をサポートする仕事内容に関して、めきめきと頭角を現していった。
 配属された部署の業務効率化を行い残業率を減らしたり、属人化されている作業を平準化して生産性を上げたり、いい具合に整えては異動していくを繰り返していたところ、上司からクロエにお声がかかった。
 なんでも、我が国きっての若き天才魔法使いの補佐役を探しており、今すぐにでも派遣させたいとか。これまで何人か人を送ったが、どうにも上手くいかず、みんな補佐役を降りてしまうのだという。

 その若き天才魔法使いの名はサミュエル・ノーラン。一部では変人魔法使いとも揶揄されている。

 彼は侯爵家の次男であり、一応宮廷魔法使いなのだが、王都の隣町に居を構え、そこで魔法に関する何でも屋を営んでいた。むしろこちらが本業で、宮廷魔法使いはほとんど名誉職のようなものだった。

 何でも屋の仕事の例を挙げると、子供が熱を出したと言われたら熱冷ましの薬を、骨折したと言われたら治癒を、人生の悩みを相談されたら星占術で未来視を、飼い猫が迷子になったと言われたら探索魔法を使うといった、お客さんの依頼とあれば本当になんでもかんでも全て引き受けてしまう。そして引き受けた仕事は暗殺や魅了など人の人生を狂わせること以外なら全て完遂させてきた。

 彼が何故そういった仕事をわざわざ好んでしているかというと、人の役に立ちたいとかそういった崇高な理由などではなく、単純に人の願望というものに興味があるから。
 そして困ったことに、宮廷魔法使いとして呼び出しがあっても、依頼遂行中であれば、一切無視。
 普通だと解雇になる案件だが、それを以てしても彼は魔法使いとして非常に優秀であり、国としても首輪を繋いでおきたい人物であった。そして、苦肉の策として彼のサポート要員を送りこんで、なんとしても気まぐれな彼のスケジュール管理をさせようとした。

 結果、送り込まれた面々はいずれも上手くいかず、最後の頼みの綱として、最近炎上部署の整え屋として話題になっていたクロエが彼の補佐役として抜擢されてしまったのだった。

 初めてサミュエルのなんでも屋に足を踏み入れたとき、クロエはサミュエルから盛大なお出迎えをくらった。
 彼はこれまでの補佐役と色々あったのだろう、「王宮から補佐役として派遣されて来た」とクロエが言うと、店の扉を閉められた挙句、閉め出されたクロエの周りだけ嵐となり、風が吹き荒れ全身はずぶ濡れ、何故か足元に穴が空いて下に落ちた。落ちた穴には「カエレ」と書かれた文字が。
 前任者たちとどれ程揉めたのか分からないが、彼は徹底的に補佐役を拒絶していた。

 しかし、真面目で世話焼きで、加えてへこたれない図太さを持ち合わせていたクロエは、三日三晩にかけて彼を説得することに成功。
 餌付けをして、それから彼のこれまでの補佐役への不満を聞いて、これからの妥協点を擦り合わせて、コツコツ最初の信頼関係を築く第一歩を踏んでいった。
 信頼関係がある程度構築された後、気まぐれな営業時間を定め、依頼内容の管理、宮廷への出仕など彼が嫌がらない範囲で諸々を整えていった。

 サミュエル自身のことについて少し述べると、彼は侯爵家の次男でれっきとしたお貴族様である。しかし彼のような魔法の才能を持っているのは家族の中で彼ただ一人だけだったらしく、全寮制の学校に入学以降、実家とは疎遠になっていた。良く言えば、貴族の坊っちゃんでありながらも自由にさせて貰っており、今ではすっかり庶民の生活に馴染んでいた。

 彼はその侯爵家の血筋のためか、容姿が非常に整っており、淡い色味のフワフワした金髪と薄い氷を張ったような水色の瞳、そして長身の体躯は、宮廷に出仕する際だけちゃんとした貴公子に見えた。
 しかし、普段のなんでも屋の彼はボサボサの髪に着古したローブと怪しい魔法使いそのものであり、とても同一人物には見えない。さらに言うと、彼は興味がないことにはとことん面倒くさがるタイプで、その面倒なものの一つが普段の身なりや部屋の片付けであった。

 クロエは実家にいるときの弟たちを世話する要領で、補佐役として業務外である部屋の掃除や彼の身支度、勤務中の食事の用意までをこなした。
 最初は野良猫が敵を威嚇するかのように警戒されていたクロエだったが、いつしか「いつもありがとう、クロエ」と感謝されるようになっていた。
 
 そうして彼と過ごしている内に、どんな些細なことでも依頼を引き受けて、例えそれが本人の意思と関係なくとも、人の役に立とうとするサミュエルに、クロエは自然と惹かれていった。
 だが、この想いを打ち明けてしまったら、きっと補佐役ではいられなくなる。そのため、サミュエルへの淡い想いは今も秘密にしたままである。





「治験の協力はやってもいいんですが、効果は1日なんですよね?明日の業務に差し支えそうなんですが…」
「大丈夫、明日は予定を明けておいたから、休暇にしてくれて構わないよ。店も閉めるつもり。それにクロエも明日は城に出仕しない日でしょ?」
 いつもはクロエ任せなのに、こういう時だけ用意周到である。
 自分は週に一度、業務報告で城に出仕する必要があるのだが、彼の言う通り、明日はその日ではない。

「わかりました。ええと、これは今この場で飲めばよいのでしょうか?」
「いや、向こうの部屋を使って。あと、服も用意してあるから、それを着てから飲んでね。」
 着替えも準備済みとは、なんとも準備がいい。どうやら最初から拒否権はなかったようだ。

「わかりました。でも1日の治験に付き合うんですから、何かお礼を期待してもいいんですよね?」
「もちろん!たくさん期待してていいよ。」

 笑顔で頷くサミュエルだが、正直彼のお礼は毎度あまり期待できない。
 これまでのお礼と言えば、いつも頑張ってくれてるから、と逆に呪われそうな見た目の呪いよけの首飾りを頂いたり、息抜きに、と毒草植物園や猛獣博物館など、息抜きにはならない独特のチョイスのお出かけにいったり…彼は容姿も地位も権力にも恵まれているのに、徹底的にモテないのはそういうところだと思う。

「じゃあ、お隣のお部屋お借りしますね。終わったら出てきます。」



 クロエが入った隣の部屋には、着替え一式が簡易ベッドの上に用意されており、ご丁寧にクロエが今身に着けている服を入れる籠まで用意されていた。
 
 服を着替え、手の中の小瓶を見つめる。
 一時的にとはいえ、20年も女性として生きてきたのに、それが根本から作り替えかられるとなると、少し怖い。
「たった一日の我慢よ…補佐役なんだから、治験くらい協力してあげないと…」

 自分にそう言い聞かせるように呟いて、それから一気に中身をあおった。

 途端、凄まじい痛みが全身を駆け巡る。
 
 毒薬でも飲んだのだろうかと錯覚するくらいの鋭い痛みを感じ、ベッドの上で悶絶する。全ての骨と皮膚の感覚が麻痺してきた後、ゆっくりと痛みで閉じた目を開く。

 自分の身体を見渡すと、骨ばったいつもより長い手足、平らな胸、下半身と、薬の効果がすぐに現れたことがわかった。

 全身を姿見で確認すると、いつもの自分の姿はそこには無く、弟たちが大きくなったらこんな感じなんだろうな、と思うような男性が映っていた。

 黒い髪も青い目も白い肌も変わらないのに、視界はいつもより数段高く、用意してくれた服は少し小さい。喉を触れば小さい突起があったので、試しに声を出すと、自分が喋ったとは思えないくらい低い声が出た。

 痛みが凄まじいことを除けば、効果は今のところ問題ない。
 問題はないのだが、正直自分の身体に違和感しかない。
 いつもと違う目線の高さを不思議に感じながら、クロエは部屋を後にした。



「お待たせしました。」

「わー!男版クロエだ!」

 ぱあっと顔を綻ばせてぱたぱたと駆け寄ってくるサミュエル。その美少女っぷりにクロエは鼻血が出そうになる。

(本当に女版のサミュエルさんは可愛らしい!)

 鼻を押さえて耐えるクロエに対し、サミュエルは薬の効果の確認として、クロエを遠慮なく触りまくる。

「ちょっと効果のほどを確認させてね…うんうん、骨格よし、背も私の場合小さくなったのに対し、大きくなるんだね。声質もクロエのまま低くなった感じだし、おお、髭も薄っすらある。面白い!」

 彼にというか、他人にこんなにベタベタと身体を触られたことがこれまでなかったので、恥ずかしさで顔が赤くなる。
 いや、これは、セクハラと言ってもよいのでは…

「サミュエルさん、ちょっと、触り過ぎです。」
「おっとごめんね。でも、もうちょっとだけ我慢して。」

 そう言うと、徐ろにクロエの下半身にサミュエルの手が伸びたが、すんでのところで回避する。

「!!!!!」
「うん、大丈夫そうだね。肝心のこれが無いと、失敗だよね~」

 うんうんと納得するサミュエルに対し、あそこを押さえて疼くまる。なんてことをしようとしたんだこの変人は!

「サミュエルさん、今のは完全にセクハラ未遂です!訴えますよ!」
「ええっごめん、そんなつもりじゃ無かったんだけど、嫌だった?」
 サミュエルはあざとくも首をこてんと横に傾げる。その様子からは反省の色が微塵もないことがわかる。

「嫌です!サミュエルさんもいきなり私から色々触られたら嫌でしょう!?自分が嫌がることは人にしない!」

 思わず弟たちに言い聞かせるときのように、叱りつける。

 が、

「私は嫌じゃないんだけど。」
「へ」

 心底不思議そうな顔でサミュエルが尋ねる。

「私はクロエにだったらいくら触られてもいいよ。クロエは私に触られるのがそんなに嫌だった?」

 悲しそうな顔をしてこちらを見てくる。あれ、なぜ自分が意地悪をしてしまったかのような気持ちになるのだろう。

「え、いや、そういうわけじゃ、」
「良かった~、嫌じゃないんだね!」

 んんん?どういう思考回路をしたらそういう結論になるんだろうか。良かった良かったと自分より頭一つ小さなサミュエルに抱き締められる。今までもスキンシップは他と比べて多いほうだったが、今日は特に遠慮がない。

「じゃあ大体は効果も確認できたことだし、せっかくだからお出掛けしよう?」
 クロエの胸元にうずめていた顔をばっと上げて、おねだりをするように提案をしてくるサミュエル。

「え、この姿で外に出るんですか!?」
「そうだよ、一生に一度あるかないかの機会だよ?いつもと違う姿でお出かけなんて、絶対に面白いに決まってるよ。ああ、悪いんだけど、クロエの服を貸して貰える?さすがに今のこの格好は不格好過ぎるからさ。」
「構わないですが…ええ?本当に外に行くの?」
「そうそう、効果が切れる前に、急ごうねー。」
「ええー…」

 いつにもまして押しが強いサミュエルに流されてしまい、結局クロエたちは城下町まで出掛けることとなった。





 城下町までは乗り合いの馬車に乗って移動する。移動の間、サミュエルは何故かクロエの手を繋いだまま離さない。

「手を離しても逃げませんよ?」と問うも、「いいのいいの、気にしないで。」と握ったままニコニコとしている。
 今の自分の大きな手がサミュエルの小さくなった手をすっぽり包み込むような形になっている。元の彼と出かけたときは手など繋いだことがなかったので、なんともむず痒い気持ちになる。
 
 城下町の中央通りに到着すると、クロエは先に降りてサミュエルが降りるのをエスコートする。
「なんだか慣れてるね。」
「弟たちのお世話のたまものです。」
 
 クロエの実家である男爵家は専用馬車など持っておらず、貸馬車や今日みたいな公共の馬車を使っていた。もちろん従者なども雇っていなかったので、小さな弟妹を下ろしてやるのはクロエの役目だった。

「ふふ、弟君たちに感謝だね。さて、私はあちらのお店がみたいな。」
 向こう側の店を指さしながら、自分の腕にサミュエルの腕を絡めてくる。

 今日の彼は本当に一体何なんだろうか。女になったことで無意識にあざとい行動をしてきているのか…ただ、自分もこの天使のような女性を連れて歩くことに変な優越感が生まれていた。

(この町の中で、うちの店主が一番かわいい)

 そう思いながら、通りの店を一通り物色し、穏やかな時間を過ごす。
 これはまさしくデートだった。





「今思うと、こうやって一緒に町に来て過ごすのは初めてだね。」
「確かにそうですね。買い出しで来ることがあっても、私一人で来たり、サミュエルさんが一人で来たりで、こうして外でご飯を一緒に頂いたのも今回が初めてですね。」

 二人は露店で買ったサンドイッチを広場のベンチで仲良く食べていた。田舎貴族のクロエと違い、サミュエルは一応侯爵家の人間なのだが、彼はこういった庶民の生活に慣れていた。

「たまにはこういうのもいいね~はい、果実水。」
「…」
 そう言って瓶のボトルを手渡してくる。露店でサンドイッチを買う時に飲み物も一緒に買おうとしたら、量が多くて飲みきれないと思うから二人で分けようとサミュエルから提案されたのだ。

 買った時は深く考えていなかったが、飲みまわすことで間接的に口を付けることになる。彼はそういったことは気にしないのだろうか?いや、気にしないから普通に自分で飲んでこちらに回してきたのか。
 クロエは一応マナーとして、口を付ける前後で瓶の口元を布でぬぐった。

「それで、午後はどうしましょうか。」
「ん~町外れの薔薇苑が満開らしいから、ちょっと見に行ってみない?」
「もうそんな時期なんですね。昨年は見逃したから、ぜひ見に行きたいです。」
 
 昨年はちょうどサミュエルの元に派遣が決まった時期であり、業務の引継ぎや彼の抱えている仕事内容の洗い出しを行っていて、とてもじゃないが見に行く余裕が無かった。広大な敷地に植えられた色とりどりの薔薇は、満開になると壮観である。今年ことは見に行きたいと思ってたので、サミュエルの提案は嬉しかった。

「ただ、もうちょっとだけ休憩してからいかない?昨日徹夜したから少し眠くて…」
 サミュエルは口に手をあててふあっと欠伸をする。その様子から本当に今にも寝てしまいそうに見えた。

「いいですよ、時間はありますし、ひと眠りしてください。」

 自分が言ったその言葉と同時に、肩にコトンとサミュエルの頭が寄りかかってきた。

「ありがとう、少ししたら起きるから。」

 それだけ言って、目を閉じたと思うと、すぐに彼の口から寝息が聞こえてくる。

 …これはどういう状況なのだろうか。
 うちの店主が自分の肩に寄りかかって睡眠を取ってらっしゃる。触れた部分がじんわりと温かいし、薄い金色の髪からはいい匂いがする。あまり動くと起こしてしまうので、顔を除くことはできないが、ちらりと見える横顔はめちゃくちゃ可愛い。可愛いのだが、急激に距離感を詰められてどうしたらいいのかわからない。

 本当に今日のサミュエルはおかしい。クロエは心を無にして目を閉じた。



 「?」

 サミュエルは自分の膝に重さを感じて目を覚ました。先ほどまで自分が寄りかかっていたはずのクロエが、なぜかいつの間にか自分の膝を枕にして寝ている。

(この子は本当にどこでも寝れるな。)

 クロエは騒がしい兄弟たちに揉まれて育ったためか、どんな状況でも寝れる特技を持っていた。仕事の休憩中に立ったまま微動だにしないと思ったら寝ていたこともある。今回も目を閉じて一瞬で寝てしまったのだろう。

 二度寝しようにも目が覚めてしまったので、クロエが起きるまでサミュエルは彼女を色々観察することにする。黒い光沢のある髪は男になってもそのままで、肌のきめ細やかさも元のままである。きれいな鼻筋に長いまつ毛、悔しいがどこをとっても男前である。
 髪を一房取って手で梳く。頭を撫でてみるも、起きない。

 …これは面白い。

 そう思ったサミュエルは屈んで、クロエの額に触れるだけのキスをする。セクハラと訴えられてもいい。この姿であれば許してくれるだろう。それに女版のサミュエルがクロエに積極的に触れても、文句を言ってこない。正確にはアソコを触ろうとしたときは真剣に怒られたが。

「好きだよ、クロエ。」

 小声でささやく。しかし寝ている彼女には届かない。
 これまでも自分なりに積極的にアプローチをしてきたつもりだった。魔除けのアクセサリーを贈ったり、息抜きと称して何度もデートに誘ったり。友人からはその内容は全然女心がわかってないとダメだしを食らってしまったが。

 補佐役なんて要らないと思っていた。けれどもちゃんと自分の意見を聞いてくれて、自分の仕事が円滑にできるようにサポートをしてくれる。そして世話焼きの彼女は、こんな面倒くさがりで突拍子もない自分を見限ることなく、これまでずっと自分に寄り添ってくれていた。今まで一方的な意見を押し付けられることに嫌気がさし、宮廷魔法使いとしての仕事も最低限にしていたが、彼女が来てから、まずは自分も耳を傾けることが大事だと知った。

 彼女が好きだ。
 この気持ちを本人に打ち明けたいが、もしそれで振られた挙句に補佐役を降りられてしまったらと思うと今まで怖くて動けないでいた。

 しかし、もうすぐ出会って一年が経つ。このままずるずると今の関係が続いていくのだろうか。いや、もっと深く彼女を知りたいし近づきたい。
 もしも、いつもと違う自分になったら、自分がどれだけ彼女のことが好きか今よりもっと躊躇うことなくアピールすることができるのではないか、そう考えた。
 性別逆転の薬が王家の隠密の依頼なんて嘘である。自分の私利私欲のために、数日前からこっそり作成を行ってきたのだ。

 やり方が間違っていると言われようが、どうでもいい。これが俺のやり方だ。



「ん」

 目を開けると、そこにはこちらを見降ろした天使がいた。そして頭の下の柔らかなこの感触は…

「おはよう。」

「げー!すいません、私、いつの間にかサミュエルさんを枕にしちゃってました!!!!」
「ふふ、よく寝たね。私よりもぐっすり寝てたよ。膝枕が心地よかったかい?」
「すすすすいません、ああ、本当に何やってんだか…」

 肩にもたれかかったサミュエルの温もりと穏やかな日差しを感じ、気づけばウトウトしてきたところまでは覚えている。まさか勝手に彼の膝を枕にしていたとは。無意識とはいえ、なんてことをしたんだ。

「大丈夫、今度元に戻ったときに沢山やって貰うから。」
「えええ…それはそれでなんというか」

 サミュエルにしては珍しい冗談である。

「さて、二人ともひと眠りしたところだし、薔薇苑に移動しようか。」
「…はい、じゃあ片付けますね。」

 そう言ってサンドイッチの入っていた箱と瓶を片付ける。瓶には少し果実水が残っていたので、残りを頂くことにする。

「少しちょうだい。」
 サミュエルはそう言うと、クロエが飲んだあとの瓶にそのまま口をつけ、中身を飲み干した。
 布で拭ってないんだけどな。そう思いつつ、空になった瓶を受け取り、ゴミ箱へ捨てに行った。





 薔薇苑の入り口まで来ると、真っ赤な薔薇のアーチが二人を出迎えてくれた。アーチを抜けると、二人の目の前には、満開の薔薇が広がっていた。

 すでに昼過ぎになっていたため、香りは漂ってこなかったが、先行く道には白い薔薇が、奥の噴水の周りには真っ赤な薔薇が囲んでおり、道の両側は花壇となっていて、色とりどりの種類の薔薇が辺り一面を彩っていた。

「これは・・・見事だね。私はこれまで花には興味は無かったんだけど、純粋に綺麗だ。」
「私はこの景色が見れて幸せです。連れてきてくださってありがとうございます。もっと近くまで行きましょう。きっと花に近付けば香りも楽しめるはずです。」

 二人して薔薇を眺め、ゆっくり道を歩いていく。平日の昼過ぎともあり、園内の人はまばらだった。ちなみに今は腕を組んで歩いている。

「大丈夫ですか?慣れない靴で疲れていませんか?」
 サミュエルはクロエが履いてきた低めのヒールを履いている。靴のサイズはぴったりだったらしい。

「ありがとう、大丈夫だよ。クロエのほうこそ大丈夫かい?無理はしてない?」
「私は全然。こちらのほうが体力があるのか、疲れは感じていません。」

 今のクロエはサミュエルから借りた革靴に、歩きやすいズボン、荷物は何も持っておらず、午後になっても疲労は全く感じていなかった。最初は違和感しか無かった男性の身体にも大分慣れてきたようだ。

「私、奥の女神像があるところまで行きたい。」

 サミュエルがそう提案してきたので、女神像まで歩くことにする。
 噴水のそばまでいくと、ちょっとした小路が続いており、その先をさらに進んでいくと女神像が見えた。そこで、隣にいたサミュエルがくいっと腕を引く。

「どうかしました?」
 こちらを見上げてくる彼にたずねる。しかし、「え、と、」と何か言いづらそうな感じで口ごもる。

「…私たちって出会って一年になるって知ってた?」
 サミュエルは少し恥じらいながらクロエに出会って一周年になることを確認する。

「ああ、そうですね。早いですよね。もう一年か~…一緒に仕事できるのもあと少しですね。」


「え?」


「え?サミュエルさんの補佐役は一年間の契約で、契約が切れたら私はまた城の仕事に戻ります。最初にそう言ってましたよね?」

 見下ろした先のサミュエルの顔面が蒼白になる。え、もしかして知らなかったの?

「嘘だ…」
「いやいや、最初に契約書をお見せしましたよ。てっきり知っているものだと…」

 思わず言葉が詰まった。僅かではあるが、サミュエルの目に涙が滲んでいることに気付いてしまったからだ。

「いやだ」
「ええ…」

 すでに補佐役を降りた後の配属先は決まっている。"あのサミュエル"をまともに仕事させたとあって、私の職場での評価は上がっていた。きっとまた飛んでもない部署に配属となるのであろう。

 これ以上サミュエルに何か言うと、彼は本格的に泣いてしまう気がしたので、弟たちを慰める要領で、軽く抱きしめ優しい声で語りかける。

「大丈夫ですよ、私がいなくてもあなたがやっていけるように、色々整備しましたから。補佐役をやめたからと言って、縁が切れたわけじゃないですし、たまには顔を出させて下さいね。あ、次の補佐役の方とも仲良くしないとダメですよ。私が最初にお店に来たときの、あの落とし穴はびっくりしたな~…」

「っ」

 彼の頬に涙が伝う。ダメだ、色々言ってみたが、逆効果だった。今は女の子だが、自分よりも年上の男性を泣かせてしまった。

「契約更新は?」
「残念ながら、私の一存ではどうにも…」
「私はクロエがいないと、もはや生きていけない…」
「そんな大げさな。」

 彼の言動に呆れつつも、自分がいないと生きていけないとまで言われ、そこまで必要とされていたことに喜びを感じる。

 と、じめっとした湿気が辺りを覆った。

 サミュエルに場所を移そうと言おうとした瞬間、ポツっと水滴が降ってきた。水滴はすぐに大粒のものに変わり、このままここに居たらずぶ濡れになることが予想できた。

「サミュエルさん、場所を移動しましょう、アーチの下ならまだ濡れないはずです!」
「…」

 急いで場を離れようとするクロエに対し、サミュエルは小さく言葉を呟いて動こうとしない。

「サミュエルさん、急いで、」

 言い終わらないうちに、辺りが白く光ったかと思うと、目の前の景色が変わった。



 気付けば、自分たち二人は土砂降りの薔薇苑ではなく、見慣れた店の店内にいた。


「うそ、これって…転移魔法…?」

 どうやらサミュエルが魔法を使って、二人を店まで転移してくれたようだった。
 この国でも数人しか使えないと言われている高度な魔法をしれっとやってのけるとは、改めてこの人はすごい魔法使いなんだと感じる。

「ごめんね、取り乱してしまって。転移は初めてだよね?気分は悪くない?」

 先ほどまで泣いてたと思えない位、あっさりした表情でクロエの様子を確認してくる。

「大丈夫です、むしろありがとうございます。初めて経験しましたが、とても便利ですね。」
「まあね。でも陣を描いている場所にしか行けないから、そんなに使い勝手はよくないよ。」

 いや、十分である。もし私が転移魔法を使えたら、帰りは必ず転移魔法を使うに違いない。

「それより、拭くものを持ってくるよ。ちょっと待ってて。」

 そう言い残して二階へと上がっていく。
 少しの間だけとはいえ、二人とも水が滴るくらいに濡れてしまっていた。
 この店は一階がお店、二階が住居になっており、サミュエルは普段二階で生活をしている。朝にクロエが着替えた店の横の部屋は仮眠室である。おそらくサミュエルは二階の洗面までタオルを取りにいってくれたのであろう。

 そうこうしているうちに、彼が一階まで戻ってきた。

「おまたせ~」
「!?」

 タオルを取りに行くついでに、彼は着替えも済ませてきていたようだった。しかし、手渡されたタオルは、思わず掴みそこなって下に落ちた。

 クロエの目の前には、男性物のシャツ一枚だけを身に着けている状態のサミュエルがいた。
 下はズボンは履いておらず、お尻は隠れているが、スラッとした脚と太腿がバッチリ見えている。

 なんというあざとさが爆発した格好!

 この国の女性はどんなに短くても膝下丈のスカートを着用するので、太腿が見える状態というのは同性同士であっても滅多にお目にかかれない。

 見てはいけない、でも見たい。今は身体が男性になっているせいか、クロエの中の理性が迷子になっている。下半身が熱を持ってきているのが自分でもわかる。

「さ、サミュエルさん!ズボン履いてない!忘れてます!」

 顔を逸らしながら、クロエが指摘するが、当の本人は呑気なものだった。

「忘れたんじゃないよ。サイズが合うやつがなかったんだよ。ベルトも面倒だし。でもお尻も隠れてるからいいでしょ。」
「えええ・・・」
 あまりにも無頓着な物言いに、クロエは噛みつく。

「サミュエルさんと私が元の姿のときに、私が今のあなたのような恰好をしてたらどう思います!?」
「襲うね。」
「そうでしょ!?って、お、おそうって、、、!」
 クロエは今、自分が耳まで赤くなっている自信があった。

 サミュエルさんからそんな言葉が出てくるなんて!
 
 なんとなくであるが、彼はそういうことに興味が無いのだと思っていた。今日はやけに積極的にスキンシップを取ってきていたけど、ただ男の自分が面白くて、じゃれついてきただけだと思っていたのだが。

(もしかして、彼は私のことをそういう対象として見てくれている?)

「ほら、風邪を引いてしまうよ?早くタオルで身体を拭いて。向こうに着替えも用意してあるよ。髪が濡れて気持ち悪かったら、私が拭いてあげるから。」

 まだ言いたいことはあったが、濡れたままも気持ち悪いので、言われた通り急いで着替えに向かう。
 着替えてから店内に戻ると、サミュエルが温かいミルクを用意してくれていた。

 彼は面倒くさがりだが、こうやって私にミルクを用意してくれたように、やろうと思ったらなんでもできる。後任もいるわけだし、私がいなくなっても大丈夫なはず。
 …私だって契約が終わってここで働けなくなるのは寂しいし、毎日サミュエルさんに会えなくなるのはもっと寂しい。でも、雇用されている身の上ではどうしようもない。

「まだ髪が濡れてるね。拭いてあげるからそこに座って。」
 サミュエルはクロエの分のホットミルクを移動させ、椅子に座るように促す。

「ありがとうございます、お言葉に甘えます。」

 髪を拭くぐらい自分でできるのだが、大人しく彼の言葉に従って座ることにする。
 サミュエルは椅子の後ろから、クロエの髪をタオルで挟んで、優しく少しずつ水分を吸わせていく。

「さっきはごめんね。」
「何がですか。」
「泣いてしまった。20も過ぎた大人が、寂しくて泣くなんて思ってもみなかったよ。」
「身体が性別に引っ張られて、感情的になってるのかもしれませんね。私のことを寂しく思ってくれるならそれはとても光栄なことです。一年間頑張った甲斐がありました。」
「クロエは寂しいと思ってくれる?」
「それはもちろん。私は就職してから色々な部署を経験してきたのですが、ここが一番楽しかったです。」
「…」

 サミュエルの手が止まった。

「サミュエルさん?」
「…私は?」
「え?」
「仕事ではなく、私のことを寂しいとは思ってはくれないの?」

 椅子に座ったまま振り向くと、また涙目になっているサミュエルがいた。美少女がとんでもない恰好で声を震わせてる状況に、とてつもない罪悪感が湧いてくる。
 …また泣かせてしまった。

 彼と過ごす期間はあと少しだけ残っているのだが、もういい、当たって砕けてしまえの精神で、クロエは自分の気持ちをぶつけることにした。

「言い方を間違えました。私はあなたと一緒にここで過ごした一年が、とても楽しかったのです。私は、あなたのことが好きだから。」
 手を伸ばし、彼の短いふわふわの髪を撫でる。

「私を好き?」
「ええ。」
「それは、人として?男として?」
「今のあなたは女性ですけどね。全てひっくるめて、あなたが好きです。」
 
 私がそう言ったのが意外だったのか、目を丸くしてこちらを凝視する。

「う、うそだ~…」

 なんで否定するんだ。せっかく人が一大決心して告白をしたというのに。

「私もクロエが好きだから、気持ちが通じ合ったなんて…嘘か、夢みたいだ…」

 顔を真っ赤にして、両手で一生懸命口元を抑えてつぶやく。
「大好きだよ、クロエ。」
サミュエルのそのいじらしい表情と言葉を聞いた瞬間、クロエの中の理性が決壊した。

「わ」

 クロエは椅子を倒したことにも構わず、サミュエルの頭を抱き込み、そして、強引にその口を塞いだ。
 突然のことに驚き目を見張るサミュエル。

 クロエはサミュエルの様子を気にすることなく、何度も角度を変えながら、その唇をついばんでいく。最初は驚きで固まっていたサミュエルも、おそるおそる今の自分より大きな彼女の身体に手をまわす。それを合図に、クロエの口づけが深いものに変わった。



 この時、クロエはただただサミュエルが愛しかった。自分がサミュエルを好きなように、サミュエルが自分のことを思ってくれていたことが、こんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。

 クロエの口づけは止まず、その手は自然とサミュエルの衣服の中に入り、その柔らかな肌と膨らみを堪能しようとした。さすがにこれはまずいと思い、サミュエルは抵抗しようと何度も身体を捩る。

「嫌がらないで。私が触るのは嫌ではないんですよね?」

 唇を開放し、サミュエルにそう囁く。

「いや、えと、と、突然すぎて、頭がついていかないというか…それに、クロエは今自分が男の身体になっているのはわかってる?そして私は女性の身体なんだよ。ね?君はたぶん、今、理性がぶっ飛んでいる。それも遥か彼方に。ちょっと、ちょっとだけ落ち着こうか。」

 クロエを刺激しないように、落ち着いたトーンで話しかけるも、サミュエルは逃げられないようにがっちりホールドされており、その目は据わっている。

 女版サミュエルがやや感情的なのに対し、男版クロエは性にとてつもなく素直になっていた。

「私は落ち着いています。落ち着いた上で、あなたが欲しい。」
「いやいやいや、全然落ち着いてないよ!」
「心配しないで。知識はあります。任せて。」
「任せるとかそういう問題じゃないってば!」
「もういいです、黙って。」

 そう言って再度サミュエルの口を自分の口で塞ぐ。そしてそのまま手を移動し、ひょいっとサミュエルを持ち上げて横抱きにする。女版サミュエルはとんでもなく軽い。「え、ちょっと、おろして」
 あわあわするサミュエルを無視して、隣の仮眠室のベッドに転がした。

「お店に・・・男の家にそんな恰好で誘惑してくるなんて、どうなるかわかってます?」
「いや、なんかそのセリフおかしくないか!?ここ私の家!しかもお店!あってるけど、いまの私は女で・・・んん、こんなはずじゃなかったのに!」
「どっちでもいいですよ。私はあなたという人そのものが好きなので。」

 着替えたばかりの服をベッドの下に脱ぎ捨て、サミュエルが逃げてしまわないように上に乗っかる。

「怖がらないでください。全くもって根拠はないですが、優しくできる自信があります。」
「色々と男前すぎるよ!!!!!」
「あなたと気持ちが通じ合えたことがわかって嬉しいんです。」
「えと、それは私も同じだけど…」

 その言葉で、再度私の中の何かが爆発した。
 そうしてその日、薬の効果が切れるまで、私は彼を何度も抱いた。





「ちょっと疑問なんですが・・・」
「・・・・・なに?」


 今、クロエは超絶不機嫌なサミュエルの固い腕に腕枕をされている。
 あれから随分時間が経ち、薬の効果もすっかり切れた後だったが、クロエはまだ家には帰らず、サミュエルの自室にいた。

 あの後、暴走したクロエはサミュエルを気が済むまで堪能し、ゆえに、何度も果てた。
 薬の効果が切れるまでの数時間、クロエは彼をしつこいくらいに求めまくって、しまいにサミュエルは失神してしまった。はっきり言おう、やり過ぎた。

 けれども、薬の効果が切れた後に目を覚ました彼に、先程の仕返しとばかりに私は美味しく頂かれてしまった。なので、ここは両成敗ということで・・・サミュエルは何故かへそを曲げたままだが。

「なんで今日は最初から積極的だったんですか?いつもよりスキンシップが多いなと感じていたんですが。」
「…女性の姿で触ったなら、ギリギリセーフなのかなって思って、たくさん触れさせてもらってたんだよ。」
「そう思うなら、なんで私にも薬を飲ませたんですか?同性同士ならともかく、異性なら場合によっては犯罪になりかねないですよ。」
「俺だけ性別が逆転してもつまらないだろ?」
「相変わらず、基準が独特ですね…」

 結果的に、クロエも性別が逆転したことで、異性同士の交流ができたのでそれはそれでよかったのだが。

「これは言うべきか迷ったんですが…色々無理させてすいませんでした。薬のせいってことで許してください。」
「いや、俺も煽った自覚があるからいいよ。」
「?どういう意味ですか?」
「薔薇苑の女神像で本当は自分の気持ちを伝えるはずだったんだ。だけど、クロエが、補佐役の契約が終了するって言い出しただろう?それで、自分の感情が訳が分からないことになって…そうだ、既成事実を作ってしまえ!と自棄になってたんだよ。」
「もしかして、お店に転移後のあざとい行為の数々は…」
「ちゃっかり意図してやってたさ。まさかこちらから襲うつもりが反対に襲われることになるとは思ってもみなかったけど…」

 生脚から始まり、ホットミルクを淹れてくれたり、髪を乾かしてくれたり、泣き顔を見せてみたり…

 自分はまんまと彼の策略に嵌っていたらしい。
 クロエが遠い目をしていると、サミュエルが腕枕をほどいてクロエを抱き締める。

「は~それにしても、俺はずっとアプローチしていたのに、クロエは気付いた様子が無かったし、今こうして触れ合ってるのが夢みたいだ。」
「私のほうこそ、夢みたいです。きっと思いを伝えることもないまま、サミュエルさんの元を去っていくんだろうなと思っていたので。」
「じゃあ夢じゃないかもう一回確認する?」
「もう十分です!」

 今回のことでクロエはサミュエルについてわかったことがある。サミュエルは決してそういうことに興味がなかったのではない。彼の明後日な思考に気を取られ、彼がゴリゴリの肉食系であることを、ただ自分が気付いていなかっただけだった。
 結局自分は、興味があることに猛突進であるサミュエルにまんまと絡めとられてしまった。そしてそれは自分としても願ったり叶ったりだったりする。





 その後、クロエは文官の職を辞し、サミュエルの専属秘書となる。サミュエルの方も、名ばかり宮廷魔法使いの仕事の比率を少しあげつつ、クロエの采配により、なんでも屋の仕事も器用にこなしていった。
 二人は家族となった後もお店を続け、ときにサミュエルが周りを振り回しつつも、クロエがしっかり手綱を握り、依頼人たちを幸せにしていったという。


(おわり)
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