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本編
10.鋼のメンタルを持たない者は、生徒会館へ向かう
しおりを挟む「猫……ですか?」
「そう、猫です。」
「飼ってません。」
「嘘つけ」
この日の朝、シェリアーナは、図らずともドゥランと対面していた。
しかし、念願叶って彼に対面できたにも関わらず、話している内容は、何故か猫についてであった。
◇
人間の三大欲求で何が自分にとって一番大切かと問われたら、シェリアーナは間違いなく睡眠と答えるだろう。
昨日、シェリアーナは家に帰るとすぐ、ベッドに横になりながら、ドゥランにどう接触するかを考えていた。
本当はSクラスに会いに行くのが一番手っ取り早いのだが、あのクラスには知り合いもおらず、高位貴族がごろごろいる。そんな特殊な学級に、知り合いでもない自分が突然ドゥランを呼び出したら、間違いなく変な噂が立ちそうだ。
ティラントには直接行けと言われたが、どうにも踏み出せなかった。
他に彼に接触するための良い案はないかと色々考えているうちに、課外授業の疲れもあってか睡魔に負けてしまった。
シェリアーナが空腹感で目が覚めたとき、時計の針は夜を通り過ぎて明け方の時間を示していた。外を見ると、空は薄っすらと明るくなっている。
普段シェリアーナが昼寝をするとき、家族の誰も彼女を起こしに来ることはない。彼女が昼寝の邪魔をされるのを嫌うことを、皆よく分かっているからだ。
使用人はどうかというと、クインシー家では午前中に掃除と晩の食事の仕込みをしに来る者一人しか雇っていない。(なぜなら貧乏だから)
彼女もシェリアーナの昼寝を妨害するようなことはなかった。
そうして誰にも邪魔されずに寝まくった結果、シェリアーナは明け方になるまでぐっすりと眠ってしまった。うっすらと明るい景色を見た瞬間、さすがに寝過ぎたと思いはしたが、後悔はしていない。寧ろ『ラッキー半日デー』を謳歌した!と思ったくらいだ。
(明け方に起きれてよかった。人が来ないうちに、学校に行ける。)
当初、シェリアーナは、ドゥランたち生徒会メンバーが校門に立っている時間に声をかけようと考えていた。
毎朝、登校時間になると、生徒会メンバーが日替わりで二、三人、校門前に立ち、登校してくる生徒たちへ挨拶をしている。
ただし、始業時間が近づくと、彼らは授業準備のため校舎へ戻ってしまう。
そのため、いつも始業ギリギリに登校しているシェリアーナが、生徒会の挨拶に遭遇することはほとんどなかった。
だが裏を返せば、朝早く登校しさえすれば、生徒会メンバーの誰かには確実に会える、ということでもあった。
「やったーこれで自然にドゥランに声がかけられるぞー」なんて思っていたのだが、すぐに問題にぶちあたった。
朝の時間帯は、登校中の生徒たちでごった返している。しかも、ドゥランだけではなく他の生徒会メンバーもいるのだ。
そんな中、彼だけを狙って個人的な話を切り出すような鋼のメンタルは、シェリアーナにはなかった。
そこでシェリアーナが考え直した案は――
「さあ、誰もいないうちに、さっさと手紙を投函しに行くぞ。」
結局、生徒会の相談箱を使うことにしたのである。
彼女の考えはこうだ。
生徒会の連中も、さすがに朝から生徒会館に詰めているわけではないだろう。
誰もいないその隙を狙って、ドゥラン宛ての手紙を相談箱にこっそり投函しに行く――という作戦だった。
手紙の内容は、ティラントのアドバイス通り、ドゥランが自分を介抱してくれた人物か確認しつつ、もし違う場合は、人探しに協力して欲しいという旨を書き綴った。
内容としては完璧である。たぶん。
ティラントが聞いたら呆れられること間違いなしの作戦である。
正直、Sクラスまで行って彼を呼び出したほうが、手間としては百倍――いや、百万倍は楽だろう。
(けれども、私は気まずさよりも手間を優先する…!)
シェリアーナはひとまず腹ごしらえをしに、部屋を出て行った。
◇
生徒が授業を受ける教室棟、保健室などの専門教室がある管理棟、そして、その隣の旧校舎から少し離れた小高い丘の上に、生徒会館は建っていた。
なぜこんな立地なのかというと――
「生徒の代表である生徒会は、学校全体を見渡せる場所にあるべきだ」
……などという理由があったらしい。
(初めてきたけど……ここを毎日上り下りしてるなんて……生徒会は変態の集まりに違いない)
生徒会館に着くまでの間、体力のないシェリアーナは、見事にぜーぜーと息を切らしていた。
生徒会館までの行き方は、教室棟の裏庭から続く緩やかな坂道と、近道ながら急勾配の階段の二択だ。シェリアーナは近道だからといって、短絡的に階段を選んだのだが、これが大失敗だった。
勾配がきつすぎて、距離こそ短くても、労力は確実に階段のほうが大きい。
息を整えるために一度立ち止まり、階下を見下ろす。
すると、校舎全体と学園の森が視界いっぱいに広がり、なんとも心地よい景色が目に飛び込んできた。
(めっちゃきついけど、景色だけはいいな……)
一瞬、このままボーッと景色でも眺めていようかと現実逃避しかけたが、本来の目的を思い出し、再び階上へ足を進めた。
息も絶え絶えになりながら、シェリアーナはなんとか生徒会館の前まで辿り着く。
生徒会館の建物は噂に違わず立派で、まるでここだけが学園とは別の世界のように感じられた。
外観でこれだけ豪華なんだから、会館の中も素晴らしい調度品で溢れているに違いない。
中に入ってみたい気もするが、部外者である自分が足を踏み入れることはこの先もきっとないだろう。
入口前に目を向けると、小さな箱がポツンと置かれていることに気付がついた。よくよく見ると箱の表面には『相談箱』の文字がしっかりと記されている。
誰かの手作りと一目で分かるような質素な見た目をした木箱は、周りの豪華さからひどく浮いており、そのコントラストはとても面白く思えた。
(これが噂の相談箱か!昔の卒業生が手作りしたものなのかな?)
シェリアーナはカバンから封書を取り出すと、誰もやって来ないうちに、さっさと手紙を投函して本校舎まで帰ろうとした。
だがそのとき、生徒会館の窓から注がれる視線に気付き、思わずその手を止める。
窓越しに目が合ったのは、旧校舎の倉庫でよく見かける、青い目をしたはちみつ色の美猫だった。
「え……はっちゃん!?」
(なんで生徒会館の中に?……いや、旧校舎にいるよりは違和感ないけど)
豪華絢爛な生徒会館の雰囲気に、この美猫様は見事に溶け込んでいた。
レースカーテンを背景にしているのが、またなんともよく似合う。
シェリアーナが窓の方へ近づこうとした瞬間、はっちゃんは窓辺から軽やかに降り、部屋の奥へと姿を消した。
慌ててシェリアーナは外から窓の中を覗き込むが、薄いカーテンがかかっていて、奥の様子はよく見えなかった。
(――もしかして、はっちゃんは生徒会館で飼われている猫なの?)
予想していたとおり、やはりあの美猫は野良なんかでは無かったのだ。
はっちゃんは生徒会会館で飼われてる飼い猫で、生徒会のみんなに手入れされ、良い餌を貰っているから、あんなに綺麗な毛並みをしてたのだろう。
旧校舎には、たまに抜け出して遊びに来ていただけだったのかもしれない。その偶然に、自分は出くわしていただけなのかもしれない。
「……」
ただの憶測でしかないのに、シェリアーナはひどくガッカリした気持ちになっていた。
普段、はっちゃんは、あのやんごとなきキラキラした生徒会の面々に可愛がられていて、自分は、たまに会っておやつをくれる、ただそれだけの人間。
――いや、実際そのとおりなのだけど。
自分だけがはっちゃんにとって特別な存在なんだと思っていたけど、そうでは無かったらしい。
(ここの人たちには抱っこを許してあげてるのかな……?頭も撫でさせてあげたりなんかして、膝の上で、お昼寝をしてるのかも……猫吸いも毎日させてあげてたり……私のはっちゃんが……)
まだここで飼われているかどうか確定したわけではないのに、嫌な想像ばかり膨らみ、それと同時に急速に気分が沈んでいく。
(……こんなとこ、来なければ良かった)
ただ手紙を投函しに来ただけなのに、知りたくもないことを知ってしまった。
勝手な想像でどんよりした気持ちになったシェリアーナは、もはや本来の目的を忘れて、生徒会館に背を向け本校舎へと戻ろうとした。
そのとき、
「おはようございます。何か生徒会に御用ですか?」
背後から急に声をかけられ、シェリアーナの身体がびくっと跳ねた。
「あ……」
シェリアーナがゆっくり後ろを振り向く。
そこには、彼女が会いたいと思っていた人物が、入り口の扉を開けて立っていた。
生徒会会計、ドゥラン。
すらりとした体に、完璧なパーツと比率で構成された顔。彼の明るくさらさらとした髪は、朝日を浴びていっそう輝いて見えた。
彼はいつも感情を感じさせない表情で、それがかえって人ならざる者のような神秘さを漂わせている。
人の美醜に無頓着なシェリアーナでさえ、間近で見た彼の容姿を美しいと思わずにはいられなかった
「今の時間、他のみんなは出払っていて、ここには私しかいないんですが、私で良ければ話をお伺いしますよ。授業前なので、そんなに時間は取れませんが。」
(まさか、本人に一対一で会えるなんて)
なんという幸運なのだろうか。
彼と一対一で話すのが難しいと感じたから、こうしてここまで手紙を書いて投函しに来たというのに。
無表情でじっとこちらを見つめるドゥランから目を逸らし、シェリアーナは手に持っている封書を見る。
(本人に直接聞けるなら、これいらないじゃん)
そうと決まれば、さっさとドゥランと話をしよう。シェリアーナは手に魔力を込め、持っていた手紙を一瞬にして燃やした。
「はい、ぜひ、私の相談を聞いて欲しいです。」
先程沈んでいた表情から一転、少し緊張しつつも、口元にわずかに微笑みを浮かべながら、シェリアーナは静かに応じた。
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