世界最強の俺は正体を明かさない ~眠れる獅子のもがれた牙が生えるまで~

ケムケム

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初仕事

53 ボロボロのクッキー

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 「それは、アイリーン様だ」


 ここは避暑地。休日を優雅に過ごす一行。

 「ほら捕まえた!」

 「やーい、離せ!」

 アリサに捕まったリークは暴れている。

 「全くこの子は。にしても、まさかこんな依頼だとは思わなかったわ」

 「そうだね。冒険者の仕事がこんな依頼ばかりだったら楽なのにね」

 オルバはアリサの言葉に同調する。

 そう、指名依頼のないようは、

 『依頼主はアイリーン様だ。そして内容な、妹と弟の面倒を見て欲しいんだと。まぁ~この間の件のお礼のつもりなんだろうけどな』

 オルバは冒険者クラブで説明を受けた時のことを思い出す。普通ならこんな楽な依頼で、こちらの物価で言うと10万に相当する依頼はありえない。それだけ、アイリーンがアリサたちに感謝しているということだ。

 「それにしても、あの時のエリック君は面白かったね」

 「そうね。手のひらを返すようにコロッと意見変えたわね」

 「それにめちゃくちゃ動揺してたし。もしかしてエリック君って、アイリ様に気があるんじゃ………」

 最初は指名依頼を反対していたエリックだが、アイリーンの名前が出ると、急に借りてきた猫のように大人しくなっていた。以前もアリサ誘拐の件で話し合いの最中も、エリックは少しアイリーンに見とれていた、らしい。アリサ本人は自分自身の命に関わることで、そんな風に観察できる余裕はなかった。では誰に聞いたのか、それはファーゼンだ。本人もたまたま気づいたそうだと言っていた。

 「そうかもしれないね。でも、本人はそれが恋と気づいているとは思えないけどね」

 「そうだね。自分の気持ちに正直になれないのかな」

 何を言っているのか分からないリークは、自分と遊べ、とアリサの腕の中で暴れている。

 「はいはい、そんなに暴れないの。ねぇリーク。この先には何があるの?」

 アリサは森の奥を指さして聞いてみた。少し気になっていたのだ。普通に考えたら、森の中に入るのは危ない。それも子供の面倒を見ながらでは尚更だ。一般的な常識を身につけた者ならば、子供を森に連れていくことはまずしないだろう、この世界では。それでも、アイリーンは念を押してちゅういしてきたのだ。それにはそれ相応の理由があるはずだと、アリサは睨んだ。

 「僕もよく分かんないんだけど、『瞑眩の丘』って言うのがあるんだって」

 「それでそこってどんな所なの?」

 「うーん…… 確か、あんそく?の地だって。僕にはよく分かんない」
 
 「へぇ~ 安息の地か」

 「あ、アリサ。そこに行こうとしてるでしょ」

 バレた? オルバに見抜かれたアリサはアハハハと笑って誤魔化していた。

 長い付き合いのオルバにとって、アリサの気持ちを見抜くことくらいわけない。

 ちなみにリークの言ったことは半分正しく、半分外れている。
 確かにその森の先には瞑眩の丘が存在するが、その間には3つほど山脈を越えなければならない。それはとてつもなく長くて険しい道のりだ。

 「あれ? リンネル、妹のミリーナはどこに。さっきまでここにいたのに」

 午後のティータイムをくつろいでいたアイリーンは、妹の存在を見失っていた。焦って探すもその姿は見当たらない。

 「ミリーナ様でしたら先程、エリックにお礼を言いに行くんだって、屋敷を飛び出して行きましたよ」

 「そう言えばミリーナとエリックは、まだちゃんと会えてはいなかったわね」

 そういうことかと、アイリーンは納得したのか、引き続き紅茶とお菓子を楽しむのだった。

 もそもそ………もそもそ。

 (あれ、クッキーが無いわ)
 
 ミリーナは屋敷を出ると、真っ直ぐエリックが寝ているハンモックを探していた。

 「いた! エリックおにーちゃーん」

 エリックは声のした方に目を向けると、自分に向かって走って来る女の子が見えた。よく見るとその手にはクッキーのようなお菓子の袋が握られていた。

 (俺にあんな女の子知り合いなんていたか? それにクッキー……… あぁ、あんなに握っちゃって…… もうボロボロだ)

 とりあえずエリックは、ハンモックからおりる。思い出してみれば、今回の依頼はアイリーンの妹と弟の面倒を見ること。弟の方はアリサたちが面倒を見ているので、この女の子はアイリーンの妹ということになる。

 (でも何で俺の顔を知っているんだ? 初対面のはずなのに)

 「おにーちゃーん!」

 ドンッ!

 走って来たミリーナは、エリックに飛び込んで、エリックに受け止められた。 

 「うおっと! 危ないだろ、全く」

 「ごめんなしゃい」

 テヘッ、と笑うミリーナを責める気にはなれない。

 (なるほど、妹というのは確かに強敵だな。何をしても咎められそうにないな)

 エリックは初めての妹という存在に、勝てないと力? の差を悟った。

 「はいこれ! お兄ちゃんにあげる。これはね、お姉様のお気に入りのクッキーなの」

 「ありがとな」

 エリックに撫でられて、ミリーナは気持ちよさそうに目を細めていた。


 「それとアイリ様、今日のお茶菓子もうはありませんので。悪しからず」

 「え? でも、ここにあったクッキーは!」

 「先程ミリーナ様が持って行きましたよ」

 「ミリーナーーーーー!」

 屋敷からは叫び声が聞こえたが、誰も気にはしなかった。アイリーンの叫びが虚しく響く。

 
 「ところでミリーナちゃん。何で俺がエリックって分かったの?」

 「あのね、家に帰ってから一度会いに行ったの。でもお兄ちゃん疲れてて寝ていたから、お菓子だけ置いてきたの」

 「え、お菓子?」

 「お兄ちゃんは食べなかったの? せっかく美味しいの買ったのに!」

 「あぁ……… あれね…… 美味しかったよ」

 「ホント? 良かった。また買ってきてあげる」

 ミリーナはエリックに肩車してもらい、楽しそうである。

 (多分レベッカ先生だな、俺たちのお菓子食べたの。まぁ~かなり心配かけたから今回は目を瞑ろ…… あぁ、食べたかった。ここにあるのはボロボロのクッキーだけだし)
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