邪神温泉へようこそ!

帰ってきたぐう鱈

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22話

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「以上で特殊封印地の報告になります」
 分家の長が報告の読み上げを終える。この分家の長は齢70の恰幅のよい男だ。しかしこの男エリート意識が強く、本家を蔑ろにする派閥を若い頃より数十年の年月をかけてまとめ上げた有力者である。勇者正が本家を継いでからは何かにつけて下働きを勇者正にさせようと暗躍したり、常に本家の権威を失墜させるための策略を巡らせたりしている男だ。
 この報告すら「御役目の報告は栄誉なこと、本家当主が行っていただく必要があります」とか、両親をなくし本業(封印儀式)を継ぐことに四苦八苦していた頃の若干15歳の勇者正に重荷を押し付けようとしていたのだ。
「……」
 この報告フォーマットも勇者正は懐かしく思う。分家をまとめていた先代有力者が勇者正にどのようなことが重要で現場がどうなっていて、どのような権力者構造なのかを叩き込んでくれたことに使われた資料だ。そのおかげで先代有力者が生きていた5年で勇者正はこの場を乗り切るだけの能力を得た。先代有力者が亡くなったことで調子づいた分家の長を抑えたのはここまで勇者正を連れてきた畑中である。本日も当主席にさも当然とばかり座っていた分家の長に畑中が何かを囁き、下座を指差し笑顔で促していた。
(畑中さんは味方……と信じよう。味方でなければきつい……でも分家の長のように何十年もかけて組織に毒を撒いていたケースもあるし……大人の世界は難しいな……)
 勇者正はふっと息を抜くと同時に、遥か上位の存在である邪神様がノートPCを前にだらしない体制で駄菓子を咥えている姿を思い浮かべ笑みを湛える。
「勇者くん、何か面白いことがあったかな?」
 不機嫌そうに睨みつけてきたのは政府側の上座に近い席に座っていた財務担当官の中谷だった。
 内部の毒と外部の毒、この男が外部の毒である。
「いえ、何もありませんが? 中谷さん、何か気に入らないことでも?」
「真面目な会議で笑いとは最近の若いのはなっていないなと思ってな」
 勇者正の言葉は聞いてはいるが届いていないようだ。
「何もないと言いましたが?」
 流石にこう言った言いがかりに慣れている勇者正は引かない。
「はぁ、自分のしたこともわかっていないとは……やはり勇者などと言って国から金を無心する不届ものは違うな」
 しんと打ったように静まる会議室。息遣いも小さくなり、筆記音すらなくなる。それだけ中谷が権力を持っている証左であった。
「……中谷次官。勇者様の封印業務は1000年以上続く、陛下も重要視されている業務であり、国としても無碍に扱えん業務だということを理解しているのかね? 財務省として君がなぜここにいるのか、それも理解しているのかね? 私の前でその無駄口を、重要人物へ向けて向けて吐いたという事実を理解しているのかね? 君の職責は何かを理解しているのかね?」
 堪らず大臣が口を挟む、かなりストレスを溜めていたようで淡々と詰問し続けた。
「……失礼いたしました……」
 舌打ちでもしそうな表情の中谷は大臣へ向けて頭を下げる。
「財務省としての方針は理解した。陛下のご意向に反する省庁であると内閣で課題にあげよう。党内ではすでにあり方について再検討が必要だと課題に上がっていたところだ。ちょうどよい。さ、勇者様がた政府の人間が大変失礼なことを申しました。この場は私から謝罪申し上げます」
 抗議の声をあげようとした中谷を視線だけで抑え、大臣は勇者正へ頭を下げた。
 政府側から息を呑む音が聞こえる。勇者分家陣からはヒソヒソ話をしている音が静まり返った会議室に響く。
「大臣、頭をお上げください。なぜこのような怪しい奴らに頭を下げているのですか! こいつらは長い歴史を持つ国に寄生するものどもですよ?」
 政府側の人間は勇者の封印業務をそのように理解していたようで、大半の官僚は大きく頷いていた。
 しかし彼らは理解していない。
 近年情報戦が活発になったこの時代で、魔術や呪術が国境を超え攻撃可能な兵器として機能していることを。
 情報産業への出資すら渋った彼らがそれを理解することはない。
 さらに近年異能の存在が少しずつ社会に認識されてきている。
 異能者とはいえ正面から武装した兵士には敵わない。いや、序盤は圧倒できても弾(魔力)が切れれば終わる。近代になって中世は貴族として扱われてきた異能者達は平民に堕ちた。対抗手段を持った平民に抗する術を失ったのだ。
 しかし、情報ネットワークが構築されて状況が一変した。ネットワークが繋がってさえいれば世界中どこにでも最小の力で最大の成果を残せるようになったからだ。
 今の時代、情報を完璧に隠すことは至難の業。そのため世界各国、重要な情報は出さず、念動などの価値の少ない情報を放出し、情報の海の中に重要な情報を隠した。だから上位異能者は各国最大限の機密情報として扱われているのである。日本以外では。
「黙れ、会議出席者全員の総意と理解するぞ?」
 省庁再編で利権喪失は中谷のところだけではないぞ、と暗に脅す大臣。一瞬言葉を呑み込む一同だが「選挙で負ければいなくなる政治家がいうこと」「選挙に負けさせれば問題ない」と意識を切り替え、反論しようと口を開きかけたところで、大臣補佐官が空気を変えた。
「正義の神さまより、今回の視察に関してメッセージを受信いたしました」
「そうか、映してくれ」
 大臣は内心ほっと息を飲みながら極めて冷静に応えた。そして会議室の大型モニターに有名映画俳優のアップが映し出された。裏で米国が認めた上位神の正義の神である。
『まず初めに、今回は世界最大の封印地への招待を感謝する』
 流石に大国が認めた神の存在はこの会議に出席する官僚であれば認識しており、その上位者からの感謝の言葉に動揺が走る。
『勇者正の見事な仕事に感服した。大変素晴らしい業務であった』
 酒を飲んで、駄菓子を食べて、野球して、温泉入って、枕投げしただけなのだが。
『しかして、勇者とその妹だけでは限界がある。日本政府は一体何を考えているのか? あの地に封じられし獣が一時でも解き放たれたならば世界的被害であろう。碌なサポートもしていないのは感心できぬ。しかし問題は貴国の問題ゆえ、この機会に改善されることを私は望む。正直私は神ではあるが人間の生活に慣れすぎてしまったからな、ある程度の融通は効かせる。しかし何時らが自滅するのであればそれもまた事象の一つとして観察するも神の定め。そのようにならぬよう心得て対応されよ……では私からは以上だ。勇者正よ。日々の業務大義である。また訪れることがあればよしなに頼むぞ』
 ビデオメッセージが終わると、会議室は水を打ったかのように静まり返る。
 その中で大臣と畑中だけが溜飲をおろしたような晴れやかな顔をしていた。そう、正義の神が来日して日本の重要封印地を視察するように関係各位に調整・説得をして駆け回っていた2人である。
「では我らはこれまで以上に『勇者本家』を支援していくことにしよう……まさか意義のあるものはおるまいな?」
 悔しげに下を向くものどものを見下ろすように言い放った大臣の一言で会議は終了となった。
 何もしていなかったはずの勇者正は思い切り息を吐き出すと、今更ながらに高級椅子に座っていたことを思い出し全体重を背もたれに預けた。これで改善されれば御の字なのだが、それで態度が変わるほど可愛い性格ならば国を救う働きをした先代勇者夫婦の犠牲を蔑ろにはしない。

 ーー会議室を足早に去った分家の長「雨野 大地」
「なぜ正義の神が日本にいる! そしてなぜその情報を掴めていない! 大恥だ! 神から職務怠慢を叱責されるなどあってはならん!!」
 憤る分家の長。
「まぁまぁ、神の行動を人間が察することなどできません。災害と思ってやり過ごしましょう。少し支援を増やしてまた何かにつけて減らせばよいのです」
 同乗していた男が分家の長をなだめるように言った。会議には参加していなかった男が会議の内容を知っていた。おかしな話である。
「……貴国の情報網でも掴めなかったと?」
「何事も万能ではありません」
「そうか……で、本国に報告は?」
「しました。増員・支援に講じて計画を前倒しにせよとのことです」
「……了解した。ご支援感謝する」
 分家の長こと雨野を載せた車は進む。雨野野望とともに。

 ーー会議室を足早に去った官僚たち
「……スキャンダルの準備は?」
「ありません。面白くないほど身綺麗です」
「ハラスメントや秘書に仕込んだ問題は?」
「それならいけますが、罷免までは持っていけません。行けて謝罪までです」
「メディアを使おう。ある程度までであれば指導をした体を取らせることもできる」
「了解です。我々のような誠実で職務と国民に忠誠を誓う公僕を脅すということはどういう結果を招くか、彼の方には思い知ってもらうとしましょう」
「できれば、あの民間人も成敗したいところだが……」
「あれは難しいですね。民間に根を張りすぎです。何人か天下りした先輩方も取り込まれていますので、下手なちょっかいは下策かと」
 中谷たちを中心に別会議室で暗躍の相談をしている。彼らの策動はあくまで国の為、一国民でもある自身の為、翻っては省益の為、正義の為であった。


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