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第三章
第28話『世話焼き』
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テントにつくと、白髪の女は大剣を折り畳み椅子の傍に置いて、ウエストポーチからランタンを取り出した。それを点けると、テントの周りがぱっと明るくなった。彼女の左腕の袖が余計に緋く映った。
相変わらず痛がる様子を見せないが、大剣を引き摺っていたのも、ランタンを取り出したのも右手だった。今もポーチから何かを取り出そうとしているが、右手で中を探って左手はだらんと垂れている。
目当てのものが無かったのか、舌打ちをしてポーチから包帯を取り出した。と、そのときに目が合った。
「いつまでここにいるんだ。早く自分のテントへ戻れよ」
彼女はキッと睨みつけて言った。狼のように鋭い紫色の瞳で私を威している。しかし、回復する素振りすら見せない彼女のことが、私は心配でならなかった。
「腕、診せて」
「断る」
私の言葉に、彼女は悩む間もなく答えた。今までの言動からしてそうなるだろうな、と予想はしていた。
「いいから、早く」
それで私が距離を詰めると、まさか近付いてくるとは思わなかったのか、彼女は狼狽えて一歩後ろに引いた。
「平気だって言ってんだろ」
彼女の言葉を無視して、私は彼女の左手首を無理やり掴んだ。抵抗されかかったが、腕に力が入らないのか、私を手を振りほどくことはできず、寧ろ痛みが走ったようで、ほんの少し苦い表情を見せた。
ずたずたな袖をゆっくりと捲ると、鉤爪に依って切り裂かれた腕があった。幸いにも血の勢いは強くないものの、下手に力を入れれば鮮血が溢れ出ることは間違いない。
<<エイド>>!!
私が治癒術を唱えると、傷口から流れていた血は止まった。しかし、思ったよりも深傷を負っていたようで、傷跡は完全に戻らず、未だに痛々しい腕がそこにあった。強い刺激を与えれば、傷口が開いてしまうだろう。
そこで彼女の持っている包帯が目に入った。
「それ、貸して」
私が手の平を出すと、彼女はその手をまじまじと見つめて、観念したように包帯を渡した。
彼女の前腕に包帯を丁寧に巻きつけていった。私と同じくらい細い腕だというのに、随分と筋肉質な腕だ。道理であんなに大きな剣を振り回せるんだと分かった。それによく見ると、薄い古傷のようなものもある。一体これまでどれほどの戦闘を経験してきたのだろうか。
「はい。これでどう?」
そう言って最後に包帯を結ぶと、彼女は左手を開いたり閉じたりしつつ、もう片方の手で包帯が巻かれた腕を擦っていた。
「…礼は言わないからな」
彼女にそう言われたものの、今日会ってから初めてちゃんと会話したような気がして、思わず笑みが零れてしまった。先程までの獣のような眼と排他的な態度は既に無くなり、こうして見ると大人しそうな普通の少女だった。
「いいよ。私が勝手にしただけだから」
「人の傷を気にするより、その汚れた服を気にしろよ」
彼女に言われて、初めて自分のローブが泥だらけになっていると気付いた。そういえばさっき、避けることに必死で横っ飛びをしていたな。しかも二回も。
「あは、あはは…」
泥塗れの自分に苦笑いをしつつ、すぐに汚れたローブを脱いだ。幸いにも表面だけしか汚れていなかったようで、長袖のトップスとハーフパンツは綺麗なままだった。
ただ、ローブの遮熱機能はよくできたもので、脱いだ瞬間に冷たい夜風に当たって鳥肌を立てた。思わず身体をぶるっと震わせた。
「…くしゅん!」
うぅ、昼間は結構暖かかったのに、夜中は思ったよりも寒いんだなぁ。多分、ここらへんが湿地帯っていうのも関係してるんだとは思うけど。
すると突然上から白い何かが覆い被さってきた。肌触りのいいマウンテンパーカーだった。彼女の声も聞こえた。
「次に野営するときはハンマーと上着を持ってくることだな」
見ると折り畳み椅子の上にあった上着がなくなっていた。まさか貸してくれるなんて。
「ありがとう、えぇっと…。名前は?」
私が訊くと、彼女は口に手を当てて考えた末に、名前を告げた。
「…リンネ」
「リンネ、ね。ありがとう、リンネ」
彼女を見て言うと、すぐに目を逸らされた。
パーカーに腕を通して前側のボタンを留めた。私には少し大きいようで、袖からは指先しか見えず、胴体周りもぶかぶかだった。けれど、内側は冷えた空気から遮断されて、段々温まっていく感じがした。
…ぐぅ~…
急に空腹の音が鳴った。静かなテントの周りではこの音もよく響いた。当然彼女にも聞こえていて、鳴った瞬間に私のお腹を見ていた。恥ずかしくって、苦笑いしながら二、三歩後ろに下がってしまった。
マジックバッグから食べ物を取り出そうとしたが、中に食べられるものは無かった。うっかりしていた。野宿するんだから夜食を用意するべきなのに。
「…お前、まさかなんも持ってきてないのか?」
「…うん」
私の返事に彼女は深い溜息をついた。当然だ。いくら初めての野宿だとは言え、ここまで準備不足だったら、当事者の私でも呆れてしまう。
すると彼女はポーチから直方体の箱を取り出して、私に差し出した。なんだろうと思って受け取り、蓋を開けて箱の中を見ると、五つばかりのサンドイッチが入っていた。
「…いいの?」
「全部食ったら許さないからな」
彼女はそれだけ言って剣の傍に行き、懐から布を取り出して血塗れの剣を磨き始めた。ここまで世話になってしまうと、申し訳が経たないという気持ちでいっぱいだった。
「…ごめん。ありがとう」
私は脱いだローブをシート代わりに敷いて、中のサンドイッチを一つだけ取り出した。ハムとレタスで簡単に作られていて、食べてみると味の薄いサンドイッチだった。ただ、空腹の身体では味の良し悪しなんて関係なくて、食べ終えるまで早かった。
まだまだ食べたいところではあったけれど、流石にこれ以上食べるのはよくないと思って、蓋を閉じた。
何かが擦れるような音が聞こえ始めた。リンネが砥石で刃を丁寧に研ぎ始めたようだ。視点は或る一点に定まっていて、完全に集中しきっている。
サンドイッチ入りの箱とパーカーを返そうとしたが、今声を掛けるのは却って邪魔になるだろうと思い、彼女が研ぎ終えるまで頬杖をして待っていた。
静かな夜に心地よい音が一定のリズムで響いていた。
相変わらず痛がる様子を見せないが、大剣を引き摺っていたのも、ランタンを取り出したのも右手だった。今もポーチから何かを取り出そうとしているが、右手で中を探って左手はだらんと垂れている。
目当てのものが無かったのか、舌打ちをしてポーチから包帯を取り出した。と、そのときに目が合った。
「いつまでここにいるんだ。早く自分のテントへ戻れよ」
彼女はキッと睨みつけて言った。狼のように鋭い紫色の瞳で私を威している。しかし、回復する素振りすら見せない彼女のことが、私は心配でならなかった。
「腕、診せて」
「断る」
私の言葉に、彼女は悩む間もなく答えた。今までの言動からしてそうなるだろうな、と予想はしていた。
「いいから、早く」
それで私が距離を詰めると、まさか近付いてくるとは思わなかったのか、彼女は狼狽えて一歩後ろに引いた。
「平気だって言ってんだろ」
彼女の言葉を無視して、私は彼女の左手首を無理やり掴んだ。抵抗されかかったが、腕に力が入らないのか、私を手を振りほどくことはできず、寧ろ痛みが走ったようで、ほんの少し苦い表情を見せた。
ずたずたな袖をゆっくりと捲ると、鉤爪に依って切り裂かれた腕があった。幸いにも血の勢いは強くないものの、下手に力を入れれば鮮血が溢れ出ることは間違いない。
<<エイド>>!!
私が治癒術を唱えると、傷口から流れていた血は止まった。しかし、思ったよりも深傷を負っていたようで、傷跡は完全に戻らず、未だに痛々しい腕がそこにあった。強い刺激を与えれば、傷口が開いてしまうだろう。
そこで彼女の持っている包帯が目に入った。
「それ、貸して」
私が手の平を出すと、彼女はその手をまじまじと見つめて、観念したように包帯を渡した。
彼女の前腕に包帯を丁寧に巻きつけていった。私と同じくらい細い腕だというのに、随分と筋肉質な腕だ。道理であんなに大きな剣を振り回せるんだと分かった。それによく見ると、薄い古傷のようなものもある。一体これまでどれほどの戦闘を経験してきたのだろうか。
「はい。これでどう?」
そう言って最後に包帯を結ぶと、彼女は左手を開いたり閉じたりしつつ、もう片方の手で包帯が巻かれた腕を擦っていた。
「…礼は言わないからな」
彼女にそう言われたものの、今日会ってから初めてちゃんと会話したような気がして、思わず笑みが零れてしまった。先程までの獣のような眼と排他的な態度は既に無くなり、こうして見ると大人しそうな普通の少女だった。
「いいよ。私が勝手にしただけだから」
「人の傷を気にするより、その汚れた服を気にしろよ」
彼女に言われて、初めて自分のローブが泥だらけになっていると気付いた。そういえばさっき、避けることに必死で横っ飛びをしていたな。しかも二回も。
「あは、あはは…」
泥塗れの自分に苦笑いをしつつ、すぐに汚れたローブを脱いだ。幸いにも表面だけしか汚れていなかったようで、長袖のトップスとハーフパンツは綺麗なままだった。
ただ、ローブの遮熱機能はよくできたもので、脱いだ瞬間に冷たい夜風に当たって鳥肌を立てた。思わず身体をぶるっと震わせた。
「…くしゅん!」
うぅ、昼間は結構暖かかったのに、夜中は思ったよりも寒いんだなぁ。多分、ここらへんが湿地帯っていうのも関係してるんだとは思うけど。
すると突然上から白い何かが覆い被さってきた。肌触りのいいマウンテンパーカーだった。彼女の声も聞こえた。
「次に野営するときはハンマーと上着を持ってくることだな」
見ると折り畳み椅子の上にあった上着がなくなっていた。まさか貸してくれるなんて。
「ありがとう、えぇっと…。名前は?」
私が訊くと、彼女は口に手を当てて考えた末に、名前を告げた。
「…リンネ」
「リンネ、ね。ありがとう、リンネ」
彼女を見て言うと、すぐに目を逸らされた。
パーカーに腕を通して前側のボタンを留めた。私には少し大きいようで、袖からは指先しか見えず、胴体周りもぶかぶかだった。けれど、内側は冷えた空気から遮断されて、段々温まっていく感じがした。
…ぐぅ~…
急に空腹の音が鳴った。静かなテントの周りではこの音もよく響いた。当然彼女にも聞こえていて、鳴った瞬間に私のお腹を見ていた。恥ずかしくって、苦笑いしながら二、三歩後ろに下がってしまった。
マジックバッグから食べ物を取り出そうとしたが、中に食べられるものは無かった。うっかりしていた。野宿するんだから夜食を用意するべきなのに。
「…お前、まさかなんも持ってきてないのか?」
「…うん」
私の返事に彼女は深い溜息をついた。当然だ。いくら初めての野宿だとは言え、ここまで準備不足だったら、当事者の私でも呆れてしまう。
すると彼女はポーチから直方体の箱を取り出して、私に差し出した。なんだろうと思って受け取り、蓋を開けて箱の中を見ると、五つばかりのサンドイッチが入っていた。
「…いいの?」
「全部食ったら許さないからな」
彼女はそれだけ言って剣の傍に行き、懐から布を取り出して血塗れの剣を磨き始めた。ここまで世話になってしまうと、申し訳が経たないという気持ちでいっぱいだった。
「…ごめん。ありがとう」
私は脱いだローブをシート代わりに敷いて、中のサンドイッチを一つだけ取り出した。ハムとレタスで簡単に作られていて、食べてみると味の薄いサンドイッチだった。ただ、空腹の身体では味の良し悪しなんて関係なくて、食べ終えるまで早かった。
まだまだ食べたいところではあったけれど、流石にこれ以上食べるのはよくないと思って、蓋を閉じた。
何かが擦れるような音が聞こえ始めた。リンネが砥石で刃を丁寧に研ぎ始めたようだ。視点は或る一点に定まっていて、完全に集中しきっている。
サンドイッチ入りの箱とパーカーを返そうとしたが、今声を掛けるのは却って邪魔になるだろうと思い、彼女が研ぎ終えるまで頬杖をして待っていた。
静かな夜に心地よい音が一定のリズムで響いていた。
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