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第四章:祭りと畑のレシピ
78、届け、私たちの味!農業祭の一日(後半)
しおりを挟む夜の私の部屋は、静かだった。机の上にはノートと消しゴムのカス、開いたままのレシピ本、そして――半分残った、しぼんだチーズスフレが置いてあった。
「……また、真ん中がへこんじゃった」
私はスプーンでそっと表面をすくった。味は、悪くない。でも見た目もふくらみも、昨日のイメージには全然届かない。ほんの少し涙ぐみそうになったけれど、今は泣いている場合じゃない。深く息を吸って、手元のノートを開いた。
タイトルは〈第4試作:ふわふわチーズスフレ(またへこんだ)〉
〈観察〉
・表面は焼けているが、中がややべちゃっとしている
・オーブンから出したとたんに高さが半分くらいになった
・外側が少し焦げていた(加熱しすぎ?)
〈仮説〉
・メレンゲの泡がつぶれている?
・焼き時間か温度が合っていない?
・生地が混ざりきっていなかった?
「うーん……もうちょっとだけ混ぜた方がよかったのかな」
そうつぶやいていると、スマホが鳴った。奏汰からだった。
〈奏汰〉
『どうだった?今日の4号(勝手に命名)』
〈私〉
《へこんだ。また……》
〈奏汰〉
『そっか。理由、考えた?』
〈私〉
《たぶん、泡が弱いかも。あと温度……》
〈奏汰〉
『よし、じゃあデータ取ろう。図書室で読んだ製菓科学の本に載ってた。泡立て温度が25~30℃のときが一番安定するらしい』
「図書室……さすが、奏汰」
私は笑いながら、ノートに小さく書き加えた。
〈次は、泡立て温度に注意する〉
そして、冷蔵庫の温度設定と室温を書き出し、泡立て開始の時間とボウルの材質も記録に加えた。私のノートは、ただの感想やレシピのコピーではなかった。温度、時間、配合、手順、そして失敗の原因――たくさんの〈もし〉〈たぶん〉〈次こそ〉が詰まった、探検の地図みたいだった。
翌日、学校の休み時間に、私は図書室へ向かった。レシピ本や食材の本の棚の奥、奏汰が言っていた科学系の調理本を見つけると、すぐに開いた。
「……焼きすぎると水分が飛びすぎて、気泡の膜が崩れるんだ……」
チーズスフレの項目を何度も読み、メモをとる。その横で、奏汰が何冊かの本を抱えてやってきた。
「これもおすすめ。温度だけじゃなくて、チーズの塩分でも泡の安定が変わるんだって」
「へえ!じゃあ、使うチーズによっても違うってこと?」
「そうそう。ナチュラルチーズだと種類によって油分が多いから、混ぜるタイミングが超重要」
そんな会話をしていると、いぶきが横から顔を出した。
「なに、またお菓子作戦?理科の実験みたいな話してるけど」
私は照れながら笑うと、奏汰が真顔で答えた。
「お菓子って、科学のかたまりだからね。あと、感覚と…根性」
「根性って!」
三人で笑い合う。失敗があっても、こうして話し合える仲間がいるのは心強かった。
夜、帰宅後すぐに私は再挑戦に入った。
今度はボウルを人肌程度にあたため、卵白の泡立て時間もキッチンタイマーできっちり管理。泡立てたメレンゲは、ゆっくり、優しく、生地に混ぜる。
「ここ、焦らない……ゆっくり、ゆっくり……」
途中で何度も〈これでいいのかな〉と不安になった。でも、昨日の記録がある。奏汰の本の知識もある。そして何より、諦めたくないという気持ちが、私の手を止めなかった。
オーブンに入れて待つあいだ、私は昨日の失敗作の写真と今日の記録を並べ、ページの余白に小さく書いた。
〈きっと、あしたの正解は今日の失敗の中にある〉
タイマーが鳴る。オーブンの扉をゆっくり開ける。ほんのり焦げ目のついた、ふくらんだケーキが、そこにあった。
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