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第3章:霧の向こうで
46、小さな訓練(後半)
しおりを挟む昼下がりの森は、相変わらず穏やかだった。けれど、私の鼓動は少しずつ早くなる。訓練と遊びの境目を曖昧にしたまま、倫は私たちを静かに導いていく。
「じゃあ、今から色鬼ね。ルールは覚えてる?」
倫が問いかけると、レオが真っ先に手を挙げた。「言った色を、すぐ探して、触った人はセーフだよね!」
「そう。じゃあ、『緑』!」
倫が声を上げた瞬間、私たちは散り散りに駆け出した。森の中は緑だらけで、どれを選べばいいか一瞬迷う。私は近くの苔むした岩に手を伸ばし、指先でしっかりと触れる。
レオは楽しげに大きな葉に飛びつき、イザベルは低い茂みに駆け寄っていった。ニコラも静かに、一歩一歩確実に緑を探している。
「次は……赤!」
倫の声が弾む。私たちはまた走り出す。赤――赤は、この森には少ない。私は必死に目を走らせ、遠くの木の幹に小さく咲いた赤い花を見つけた。
心臓がどくん、と鳴る。走る。足音がざらざらと土を蹴る。背後でイザベルが「見つけた!」と叫ぶ声がした。レオもどこかで別の赤を見つけたらしい。私は赤い花に手を伸ばし、指先でそっと触れた。
「間に合った……」
小さく息を吐く。胸がじんわりと熱くなる。色を探し、素早く動く。倫は遊びの中で、私たちにそれを何度も繰り返させた。
「最後は、青!」
倫がそう告げた瞬間、レオが笑いながら叫んだ。「青なんてどこにあるのさ!」
「探してごらん。」
倫はふわりと微笑むだけだった。私は辺りを見回し、木々の葉、地面、岩……どこにも青はないように思えた。でも、ふと木漏れ日の間に、ルーカンが立っているのが目に入った。彼の腰には、淡い青の布が巻かれている。
私は、走った。
「ルーカン!」
彼は私の視線に気づき、わずかに目を細める。けれど、そのまま動かない。私は彼の元に駆け寄り、青い布に手を触れた。
「見つけた。」
「……悪くない。」
ルーカンが静かに言う。彼の声はいつも、余計な色を帯びていない。ただ静かに、事実だけを伝えるように。
その時、背後から倫が笑いながら駆け寄ってきた。「ちゃんと見えてたんだね。えらいよ、ミナ。」
彼は私の頭を軽く撫でた。その手は、どこか模倣された優しさのようで、でも私は拒めなかった。むしろ、少しだけ、安心した。
「次はスパイごっこだよ。静かに、手の合図だけで動くんだ。」
倫は、簡単なハンドサインを教えた。右手で輪を作ったら"進め"、左手を上げたら"止まれ"、指を二本立てたら"別れて動け"。
私たちは、それを何度も繰り返した。誰も声を出さずに、静かに、でも確かに意思を伝え合う。そのたびに、胸の奥が小さく震えた。
倫は何も言わないけれど、多分わざとだ。いつか声を出せない状況になっても、私たちが動けるように。いつか、きっと――生き延びるために。
訓練は続く。けれど、レオは終始楽しそうで、イザベルも夢中で動いている。ニコラも、目は真剣だけれど、どこか嬉しそうだった。
私も、心から楽しかった。楽しいはずなのに、ふとした瞬間、胸の奥がきゅっと痛くなる。たぶん、倫が楽しそうに笑っているのに、その笑顔がどこか遠いことに、私は気づいているから。
彼の笑顔の向こうに、何かを隠していることを、私は知ってしまったから。
それでも、私は彼の後を追いかける。私も、レオも、イザベルも、ニコラも。
ざらり、と土を踏みしめる音が響く。
光と影の交差する森の中で、私たちは今日も、生きることを遊ぶように学んでいる。
そして、私は願う。このひとときが、どうか少しでも長く続きますように、と。
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