灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第3章:霧の向こうで

54、秘密の朝会(後半)

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 倫がそっとページをめくると、そこには別の単語が記されていた。

『consensus』

 私は、その文字を指先でなぞった。

「……こんせんさす?」

「うん。合意って意味だ。」

 倫は、私たちの顔をゆっくり見渡しながら続ける。

「話し合いで、全員が納得して決めること。誰かが押しつけたり、誰かだけが得をしたりしない――そういうときにできるものだよ。」

「全員が、納得して……」

 レオがその言葉を繰り返し、セリオンは小さく頷いた。

 倫は静かに続ける。

「誰かに従うんじゃなくて、自分たちで決める。僕たちがどうしたいのか、どう生きたいのか――そういうことを、自分たちでちゃんと選ぶ。」

 その声は、焚き火の揺らめきに乗って、日の出前の静けさに溶けていった。

「お願いをするだけじゃ、僕たちは奪われ続ける。条件を出すだけじゃ、時には切り捨てられるかもしれない。だから……最後は、コンセンサスを持ちたい。自分たちで選び、納得して、歩き出せるように。」

 倫はページの隅に、指を置いた。

「これを、僕たちでやってみたい。」

 私は、その意味をゆっくりと噛みしめる。

「……でも、そんなの、簡単じゃないよ。」

 自然と声がこぼれた。

「だって、私たちは、ずっと命令されてきた。ずっと、従わされてきた。」

 震える声でそう言ったとき、レオも、セリオンも、ルーカンも、小さく目を伏せた。

「だから……私、怖い。」

 心の奥が、じくじくと痛む。

「選ぶってことは、たぶん、責任を持つってことだから。」

 倫は、私をまっすぐに見つめた。

「うん。選ぶのは、怖い。」

「……倫だって、怖いの?」

 私が問い返すと、倫は小さく笑った。

「怖くないわけないよ。」

 その笑みは、少しだけ寂しそうだった。

「でも、選ばなきゃ、誰かが勝手に決める。誰かの都合で、僕たちの未来を勝手に作られる。」

 倫の瞳は、夜の火に照らされて、しっかりと輝いていた。

「だから……怖くても、僕は選ぶ。」

「……うん。」

 私も、小さく頷いた。

「私も……怖くても、選ぶ。」

 ルーカンが、焚き火の火を見つめたまま、低く言った。

「お前が選ぶなら、俺は支える。」

 その短い言葉に、倫はふっと息をついた。

「ありがとう。」

 ルーカンは、それ以上何も言わなかった。ただ、彼の背中は、倫と私たちに向けられていた。

 レオも、セリオンも、何も言わずに、でも確かに、その場にいてくれた。

 誰も、逃げなかった。

 そのとき、私はほんの少しだけ、自分の胸の中に、小さな火が灯るのを感じた。

 その火は、まだ弱くて、吹けば消えそうだったけれど――

「倫、まだ……何か書いてある。」

 私は気付いて、もう一つの単語を指差した。

『sanctuary』

「……サンクチュアリ?」

「うん。これは聖域って意味だ。」

 倫は、静かに言った。

「誰にも踏み荒らされない、安全な場所。誰にも壊されない、心の居場所。」

 私は、その言葉を何度も心の中で繰り返した。

「サンクチュアリ……」

「僕は……ここを、そんな場所にしたい。」

 倫は、ぽつりと呟く。

「誰かの命令で動く場所じゃなくて、誰かに奪われるだけの場所でもなくて……僕たちが、自分たちで作る、安全な場所。」

 倫の声は、静かで、でも確かな決意に満ちていた。

「たとえ小さくても、たとえ秘密でも、それでも……僕たちのサンクチュアリは、ここにある。」

 私は、胸が熱くなるのを感じた。

 私たちが囲んでいる焚き火は、小さいけれど確かに温かい。

 レオが、ぼそりと呟いた。

「サンクチュアリは……誰かに許可をもらわなくても、作れるの?」

 倫は、即座に答えた。

「うん。むしろ、自分で決めるんだ。サンクチュアリは、自分たちで作っていい。」

 その言葉は、私たちの心に、ゆっくりと沁み込んでいった。

「……倫。」

 私は、思わず声をかけた。

「私も……サンクチュアリを作りたい。」

 倫は、優しく微笑んだ。

「一緒に、作ろう。」

 私は、そっと胸に手を当てた。

 これは、お願いじゃない。
 条件でもない。
 これは、私たち自身の合意。私たちだけの、サンクチュアリ。

 夜の雨は、まだ静かに降り続いている。

 でも、私たちの火は――小さいけれど、確かに燃えていた。

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