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第三章:まちとともに
51、隆の図書館での資料調査(前半)
しおりを挟む夕暮れの図書館は、人影もまばらで、窓から差し込む光が長い影を床に伸ばしていた。子どもたちの賑やかな声も、閉館のアナウンスとともに遠ざかり、やがて残るのは紙と木の匂いだけ。
私は、その静けさを深く吸い込みながら、書庫へと続く階段を降りていった。
書庫はひんやりとした空気に包まれていて、足音を立てるのがためらわれるほどだった。本棚には古びた背表紙が整然と並び、ところどころ革が剥がれかけている。
けれども、それぞれの冊子はまるで町の記憶そのもののように重みを帯びていた。
「中川さん、こっちだよ」
声をかけてくれたのは、隆さんだった。いつもの落ち着いた口調で、古い目録を片手に立っている。その姿は、まるで時間の番人のように見えた。
「隆さん、今日は何を探すんですか?」
「町の古い祭りの記録をね。……ほら、この本」
彼は棚の奥から分厚い冊子を取り出し、そっとテーブルに置いた。紙の端は茶色く変色し、手でめくると乾いた音を立てた。
「秋祭りは、ただの行事じゃない。町の人にとっては、何かを始めたり、終えたりする節目の役割を持っていたようだ。白紙の本と関係があるとすれば、そういう始まりや終わりの象徴なのかもしれない」
私は息をのんでページを覗き込んだ。そこには手書きの記録や古い写真が貼られていて、今とは違う景色の町が広がっていた。
「ここ……見てください」
私は指先で一枚の写真をなぞった。古い橋のたもとに、人々が紙芝居を囲んでいる。子どもたちの笑顔の奥に、掲げられた一枚の紙が映り込んでいた。そこには、文字ではなく真っ白な四角。
「これは……?」
隆さんも目を細めた。
「……昔、この町では白紙の札と呼ばれるものが祭りに使われていたと聞いたことがある。意味は諸説あるが、ひとつは未来を書き込む余白。もうひとつはまだ見ぬ誰かへの手紙。」
彼の言葉に胸が熱くなった。
「じゃあ、この本の白紙ページも……」
「おそらく、その伝統をなぞっているんだろう。だが、どうしてこの図書館の蔵書にそれが仕込まれているのかは、まだわからない」
隆さんはゆっくりとため息をつき、ページを閉じた。彼の横顔には静かな情熱と、どこか孤独の影があった。
私は思い切って口を開いた。
「……隆さんは、こうして調べるの、好きなんですね」
彼は少し驚いたように私を見た。
「好き、か。……そうだな。昔から、人が気に留めない記録や紙片を追いかけるのが癖でね。でも、誰かと分かち合うことはあまりなかった」
その声には、長い年月の静けさが滲んでいた。私はその孤独を想像して、胸が締めつけられた。
「でも、今は私がいます」
思わずそう言ってしまった。
隆さんは少しだけ目を見開き、それから穏やかに笑った。
「……そうだね。君なら、この断片を活かしてくれるだろう」
私は頷いた。資料の中に眠る無数の小さな手がかりが、ひとつの物語へとつながる未来を、確かに思い描けたからだった。
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