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第一章:出会いのページ
2、図書館の静かな春の日(後半)
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帰り道、私は何度もその紙片の言葉を頭の中で繰り返していた。
(鍵は、白紙の前。答えは、後ろに隠すべし。)
ただの暗示か、それとも――もっと具体的な何かを示しているのか。
家に着くと、私はランドセルを置くのもそこそこに、机の上に本を広げた。
もう一度、白紙の前後のページを読み返してみる。
白紙の前では、登場人物が古い図書室で誰かが残した手紙を見つける場面が描かれていた。
だが、その手紙の内容は掠れて読めなかったとだけ記されている。
そして白紙の後。
突如として場面が変わり、見覚えのない旧家の地図のような図が挿絵として差し込まれていた。
物語の文脈とはつながっていないように見える。けれど、不自然な違和感があった。
その地図には、いくつかの部屋と通路、そして赤いインクで小さく印がつけられている。
位置的には、部屋の隅にある蔵のような場所だった。
(これは……どこかの実在の家なのか?)
私は直感的に、これはフィクションの舞台というより、どこかにある実在の場所だと感じた。
その蔵の描かれ方が、やけに具体的だったのだ。
寸法のようなものも書き添えられている。しかも手描きではなく、写図のように精密だった。
そのとき、祖母がかつて口にしていた言葉を思い出した。
「この町にはね、昔、文字の読めない蔵があったって言うのよ。中には本があったのに、誰も読めなかったって」
私が小さいころ、聞き流していた話。
でも、今ならわかる。それは伝説なんかじゃない。現実の何かをぼやかして語ったものだ。
私はノートを取り出し、本に挟まれていた地図を模写し始めた。
手を動かすごとに、胸の中にあった不安が少しずつ、確信に変わっていく。
(この蔵は、この町のどこかにある――)
そして、図の右下に小さく記された文字が、私の視線を釘付けにした。
かすれたインクで、こう書いてあった。
〈文之森 参〉
(文之森……?)
聞き覚えのない名前。
でも、〈参〉という字が住所か、区画名のようにも見えた。
その晩、私は町の地図をネットで調べ、近隣の古地図アーカイブも探してみた。
すると、今はもう廃れてしまった文之森町という旧町名が、数十年前まで使われていたことがわかった。
現在の町名は別の名称に変わっていたが、地図の線形はほぼ一致していた。
そして、その一角には〈旧・諏訪家跡地〉と書かれた場所がある。
周囲には蔵があったという記述も。
(あった……)
私は声にならない叫びを胸の中に押し込めた。
それは、白紙の謎が、ほんとうにこの町につながっているという証だった。
次の日、放課後。
私は迷わず、その旧・諏訪家の跡地に向かった。
今では人気もない空き地に、かろうじて土塀の一部と、蔵のような構造物がぽつんと残されている。
その扉には立入禁止と書かれたプレートが下がっていた。
けれど私は、ただ立ち尽くすだけではいられなかった。
持ってきた本を抱えながら、蔵の周囲を一周する。
裏手の地面に、うっすらと埋もれた小さな木製の蓋のようなものを見つけた。
手を伸ばす。重たいけれど、動かないわけじゃない。
ぎい……という鈍い音と共に、蓋がわずかに開いた。
中には、古びた石段が地下に向かって続いている。
私は足を踏み入れた。
ほんのりと土と湿気の混じった匂い。
下へ下へと降りると、狭い地下室に出た。そこには、本があった。
積まれた本、崩れかけた棚。
その中央に、ガラスのケースに入れられた一冊の本が置かれていた。
表紙には見覚えがあった。私が図書館で手に取ったあの本――。
けれど、よく見ると違う。
背表紙には、私の本になかった、もうひとつの副題があったのだ。
≪空白の頁と語る者》
私は静かにガラスケースを開け、本を手に取る。
ページを開くと、そこには――白紙だったはずのページが、文字で埋め尽くされていた。
〈この物語は、長く閉ざされていた。語る者を待ち、時を越えて、また始まる〉
読み進めるほどに、それは私が読んだ内容と微妙に異なっていた。
登場人物の名が変わっている。
そして、物語の結末にはこう記されていた。
〈この続きを紡ぐ者が、きっと現れる〉
私はその本を閉じた。
静かな地下室で、胸の奥に火が灯るような感覚があった。
図書館で見つけた空白の頁は、ただの偶然じゃなかった。
それは、物語を探す者――そして、受け継ぐ者への招待状だったのだ。
私は再び地上へ戻り、夕焼けの町を見渡した。
春風が桜の花びらを舞い上げる。
その一枚が、ふわりと私の手の中に舞い降りた。
そっと掌に閉じ込めるようにして、私は静かに呟いた。
「……私が、続きを書いてもいいのかな?」
それは問いであり、誓いでもあった。
――物語は、今も続いている。
そして、その続きを綴る筆は、確かに私の手の中にあった。
(鍵は、白紙の前。答えは、後ろに隠すべし。)
ただの暗示か、それとも――もっと具体的な何かを示しているのか。
家に着くと、私はランドセルを置くのもそこそこに、机の上に本を広げた。
もう一度、白紙の前後のページを読み返してみる。
白紙の前では、登場人物が古い図書室で誰かが残した手紙を見つける場面が描かれていた。
だが、その手紙の内容は掠れて読めなかったとだけ記されている。
そして白紙の後。
突如として場面が変わり、見覚えのない旧家の地図のような図が挿絵として差し込まれていた。
物語の文脈とはつながっていないように見える。けれど、不自然な違和感があった。
その地図には、いくつかの部屋と通路、そして赤いインクで小さく印がつけられている。
位置的には、部屋の隅にある蔵のような場所だった。
(これは……どこかの実在の家なのか?)
私は直感的に、これはフィクションの舞台というより、どこかにある実在の場所だと感じた。
その蔵の描かれ方が、やけに具体的だったのだ。
寸法のようなものも書き添えられている。しかも手描きではなく、写図のように精密だった。
そのとき、祖母がかつて口にしていた言葉を思い出した。
「この町にはね、昔、文字の読めない蔵があったって言うのよ。中には本があったのに、誰も読めなかったって」
私が小さいころ、聞き流していた話。
でも、今ならわかる。それは伝説なんかじゃない。現実の何かをぼやかして語ったものだ。
私はノートを取り出し、本に挟まれていた地図を模写し始めた。
手を動かすごとに、胸の中にあった不安が少しずつ、確信に変わっていく。
(この蔵は、この町のどこかにある――)
そして、図の右下に小さく記された文字が、私の視線を釘付けにした。
かすれたインクで、こう書いてあった。
〈文之森 参〉
(文之森……?)
聞き覚えのない名前。
でも、〈参〉という字が住所か、区画名のようにも見えた。
その晩、私は町の地図をネットで調べ、近隣の古地図アーカイブも探してみた。
すると、今はもう廃れてしまった文之森町という旧町名が、数十年前まで使われていたことがわかった。
現在の町名は別の名称に変わっていたが、地図の線形はほぼ一致していた。
そして、その一角には〈旧・諏訪家跡地〉と書かれた場所がある。
周囲には蔵があったという記述も。
(あった……)
私は声にならない叫びを胸の中に押し込めた。
それは、白紙の謎が、ほんとうにこの町につながっているという証だった。
次の日、放課後。
私は迷わず、その旧・諏訪家の跡地に向かった。
今では人気もない空き地に、かろうじて土塀の一部と、蔵のような構造物がぽつんと残されている。
その扉には立入禁止と書かれたプレートが下がっていた。
けれど私は、ただ立ち尽くすだけではいられなかった。
持ってきた本を抱えながら、蔵の周囲を一周する。
裏手の地面に、うっすらと埋もれた小さな木製の蓋のようなものを見つけた。
手を伸ばす。重たいけれど、動かないわけじゃない。
ぎい……という鈍い音と共に、蓋がわずかに開いた。
中には、古びた石段が地下に向かって続いている。
私は足を踏み入れた。
ほんのりと土と湿気の混じった匂い。
下へ下へと降りると、狭い地下室に出た。そこには、本があった。
積まれた本、崩れかけた棚。
その中央に、ガラスのケースに入れられた一冊の本が置かれていた。
表紙には見覚えがあった。私が図書館で手に取ったあの本――。
けれど、よく見ると違う。
背表紙には、私の本になかった、もうひとつの副題があったのだ。
≪空白の頁と語る者》
私は静かにガラスケースを開け、本を手に取る。
ページを開くと、そこには――白紙だったはずのページが、文字で埋め尽くされていた。
〈この物語は、長く閉ざされていた。語る者を待ち、時を越えて、また始まる〉
読み進めるほどに、それは私が読んだ内容と微妙に異なっていた。
登場人物の名が変わっている。
そして、物語の結末にはこう記されていた。
〈この続きを紡ぐ者が、きっと現れる〉
私はその本を閉じた。
静かな地下室で、胸の奥に火が灯るような感覚があった。
図書館で見つけた空白の頁は、ただの偶然じゃなかった。
それは、物語を探す者――そして、受け継ぐ者への招待状だったのだ。
私は再び地上へ戻り、夕焼けの町を見渡した。
春風が桜の花びらを舞い上げる。
その一枚が、ふわりと私の手の中に舞い降りた。
そっと掌に閉じ込めるようにして、私は静かに呟いた。
「……私が、続きを書いてもいいのかな?」
それは問いであり、誓いでもあった。
――物語は、今も続いている。
そして、その続きを綴る筆は、確かに私の手の中にあった。
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