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第一章:出会いのページ
9、高校生・しおりとの邂逅(前半)
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図書館の夕暮れは、ほかの時間とは少しちがう空気を帯びている。
昼間の喧騒がすこしずつ静けさに溶けていって、本たちが、ようやく自分の声を取り戻すような——そんな不思議な時間。
私は閲覧室の隅、窓際の席で、今日も例の白紙の本をひらいていた。
ページをめくっても、そこには何も書かれていないはずなのに、不思議と心がざわつく。
無音の中で、紙の質感が指先に語りかけてくるようで、私はページの余白にまで耳を澄ませてしまう。
ほんの数日前までは、この静かな場所に、自分以外の誰かが同じ本を見つめているなんて想像もしなかった。
でも今は、悠真さんや誠さんの存在が、確かにこの謎の周りに集まりはじめていることを、私は知っている。
——それでも、この空白の物語の中心に、私はいるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
静かな閲覧室に、ふわりと風のように声が降ってきた。
「ねえ、それ、もしかして……ページが白いやつ?」
驚いて顔を上げると、高校生くらいの女性が、私の机の前に立っていた。
制服姿のまま、肩にカーディガンを引っかけていて、少し汗ばんだ額をハンカチでぬぐっている。
部活帰りだろうか。夕焼けが差し込む窓の光が、彼女のまわりをやさしく照らしていた。
「えっと……これのことですか?」
私は手元の本を少し持ち上げて見せる。
すると、彼女はぱっと目を輝かせた。
「やっぱりだ! それ、あたしも見たことある。っていうか、持ってる」
「持ってる……って、図書館の? 同じ本がもう一冊あるんですか?」
「ううん、ちょっとちがうけど……でも、装丁とか紙質とか、そっくりだった。白紙のページもあったし、何より……開くたびに、ちょっとだけ気持ちが揺れるんだよね。なんでか分かんないけど」
私はその言葉に、胸の奥をそっと撫でられたような気がした。
彼女の声は明るくて、少し早口で、けれど、そこに妙な嘘っぽさはなかった。
むしろ、まっすぐすぎて、少し眩しいくらいだった。
「……もっとお話ししても大丈夫ですか?」
そう言うと、彼女は嬉しそうに頷いて、私の向かいに腰を下ろした。
テーブル越しに、お互いのノートや本をちらりと見ながら、私はようやく口をひらいた。
「私は、中川あかりです。小学校六年生です。」
「あたしは高井しおり。高校一年。……学年、ぜんぜん違うけど、話せてうれしい」
しおり——と名乗ったその人は、そう言って屈託のない笑顔を見せた。
私はちょっとだけ戸惑いながらも、その明るさに心がふっと緩んだ気がした。
「なんかね、今日学校でいろいろあって……帰るのやめて、ふらっとここに来たの。そしたら、あかりちゃんを見つけた。……本、同じだって分かった時、ちょっとびっくりしたよ」
「はい、私も。他にも同じような本があって、それを知っている人がいるなんて。そんな偶然あるんだなって思って」
「偶然……かな。なんかさ、呼ばれてる気がしない?」
呼ばれてる——その言葉に、私は思わず息をのんだ。
この本をひらくたびに感じる、説明のつかない心のざわめき。
それが、私ひとりだけのものじゃなかったと知って、何とも言えない心細さと安心がないまぜになる。
「しおりさんは……この本の白紙に、何か書いたことありますか?」
私が恐る恐る尋ねると、しおりは少し考えるようにしてから、鞄から一冊のノートを取り出した。
それは、私の本と色味こそちがえど、どこか同じ手触りの空気をまとっていた。
「これは……あたしのほうのやつ。家の本棚で偶然見つけたんだけど、もしかしたら、お母さんのものだったのかもしれない。でも、白紙のページがあってね。なんとなく、自分のことを書いてみたの」
彼女は、ページの一つをそっとひらいた。
そこには、走り書きのような文字が並んでいた。
〈あたしは、自分がどうしたいのか分からない。でも、誰かに見つけてほしい。できれば、ひとりじゃないって思える誰かに〉
私は、言葉を失った。
それは、私がこの数ヶ月、何度も胸の奥で呟いていた思いそのものだったからだ。
昼間の喧騒がすこしずつ静けさに溶けていって、本たちが、ようやく自分の声を取り戻すような——そんな不思議な時間。
私は閲覧室の隅、窓際の席で、今日も例の白紙の本をひらいていた。
ページをめくっても、そこには何も書かれていないはずなのに、不思議と心がざわつく。
無音の中で、紙の質感が指先に語りかけてくるようで、私はページの余白にまで耳を澄ませてしまう。
ほんの数日前までは、この静かな場所に、自分以外の誰かが同じ本を見つめているなんて想像もしなかった。
でも今は、悠真さんや誠さんの存在が、確かにこの謎の周りに集まりはじめていることを、私は知っている。
——それでも、この空白の物語の中心に、私はいるのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
静かな閲覧室に、ふわりと風のように声が降ってきた。
「ねえ、それ、もしかして……ページが白いやつ?」
驚いて顔を上げると、高校生くらいの女性が、私の机の前に立っていた。
制服姿のまま、肩にカーディガンを引っかけていて、少し汗ばんだ額をハンカチでぬぐっている。
部活帰りだろうか。夕焼けが差し込む窓の光が、彼女のまわりをやさしく照らしていた。
「えっと……これのことですか?」
私は手元の本を少し持ち上げて見せる。
すると、彼女はぱっと目を輝かせた。
「やっぱりだ! それ、あたしも見たことある。っていうか、持ってる」
「持ってる……って、図書館の? 同じ本がもう一冊あるんですか?」
「ううん、ちょっとちがうけど……でも、装丁とか紙質とか、そっくりだった。白紙のページもあったし、何より……開くたびに、ちょっとだけ気持ちが揺れるんだよね。なんでか分かんないけど」
私はその言葉に、胸の奥をそっと撫でられたような気がした。
彼女の声は明るくて、少し早口で、けれど、そこに妙な嘘っぽさはなかった。
むしろ、まっすぐすぎて、少し眩しいくらいだった。
「……もっとお話ししても大丈夫ですか?」
そう言うと、彼女は嬉しそうに頷いて、私の向かいに腰を下ろした。
テーブル越しに、お互いのノートや本をちらりと見ながら、私はようやく口をひらいた。
「私は、中川あかりです。小学校六年生です。」
「あたしは高井しおり。高校一年。……学年、ぜんぜん違うけど、話せてうれしい」
しおり——と名乗ったその人は、そう言って屈託のない笑顔を見せた。
私はちょっとだけ戸惑いながらも、その明るさに心がふっと緩んだ気がした。
「なんかね、今日学校でいろいろあって……帰るのやめて、ふらっとここに来たの。そしたら、あかりちゃんを見つけた。……本、同じだって分かった時、ちょっとびっくりしたよ」
「はい、私も。他にも同じような本があって、それを知っている人がいるなんて。そんな偶然あるんだなって思って」
「偶然……かな。なんかさ、呼ばれてる気がしない?」
呼ばれてる——その言葉に、私は思わず息をのんだ。
この本をひらくたびに感じる、説明のつかない心のざわめき。
それが、私ひとりだけのものじゃなかったと知って、何とも言えない心細さと安心がないまぜになる。
「しおりさんは……この本の白紙に、何か書いたことありますか?」
私が恐る恐る尋ねると、しおりは少し考えるようにしてから、鞄から一冊のノートを取り出した。
それは、私の本と色味こそちがえど、どこか同じ手触りの空気をまとっていた。
「これは……あたしのほうのやつ。家の本棚で偶然見つけたんだけど、もしかしたら、お母さんのものだったのかもしれない。でも、白紙のページがあってね。なんとなく、自分のことを書いてみたの」
彼女は、ページの一つをそっとひらいた。
そこには、走り書きのような文字が並んでいた。
〈あたしは、自分がどうしたいのか分からない。でも、誰かに見つけてほしい。できれば、ひとりじゃないって思える誰かに〉
私は、言葉を失った。
それは、私がこの数ヶ月、何度も胸の奥で呟いていた思いそのものだったからだ。
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