ひみつの本としろい紙

武内れい

文字の大きさ
9 / 52
第一章:出会いのページ

9、高校生・しおりとの邂逅(前半)

しおりを挟む
 図書館の夕暮れは、ほかの時間とは少しちがう空気を帯びている。
 昼間の喧騒がすこしずつ静けさに溶けていって、本たちが、ようやく自分の声を取り戻すような——そんな不思議な時間。

 私は閲覧室の隅、窓際の席で、今日も例の白紙の本をひらいていた。
 ページをめくっても、そこには何も書かれていないはずなのに、不思議と心がざわつく。
 無音の中で、紙の質感が指先に語りかけてくるようで、私はページの余白にまで耳を澄ませてしまう。

 ほんの数日前までは、この静かな場所に、自分以外の誰かが同じ本を見つめているなんて想像もしなかった。
 でも今は、悠真さんや誠さんの存在が、確かにこの謎の周りに集まりはじめていることを、私は知っている。

 ——それでも、この空白の物語の中心に、私はいるのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
 静かな閲覧室に、ふわりと風のように声が降ってきた。

「ねえ、それ、もしかして……ページが白いやつ?」

 驚いて顔を上げると、高校生くらいの女性が、私の机の前に立っていた。
 制服姿のまま、肩にカーディガンを引っかけていて、少し汗ばんだ額をハンカチでぬぐっている。
 部活帰りだろうか。夕焼けが差し込む窓の光が、彼女のまわりをやさしく照らしていた。

「えっと……これのことですか?」

 私は手元の本を少し持ち上げて見せる。
 すると、彼女はぱっと目を輝かせた。

「やっぱりだ! それ、あたしも見たことある。っていうか、持ってる」

「持ってる……って、図書館の? 同じ本がもう一冊あるんですか?」

「ううん、ちょっとちがうけど……でも、装丁とか紙質とか、そっくりだった。白紙のページもあったし、何より……開くたびに、ちょっとだけ気持ちが揺れるんだよね。なんでか分かんないけど」

 私はその言葉に、胸の奥をそっと撫でられたような気がした。
 彼女の声は明るくて、少し早口で、けれど、そこに妙な嘘っぽさはなかった。
 むしろ、まっすぐすぎて、少し眩しいくらいだった。

「……もっとお話ししても大丈夫ですか?」

 そう言うと、彼女は嬉しそうに頷いて、私の向かいに腰を下ろした。
 テーブル越しに、お互いのノートや本をちらりと見ながら、私はようやく口をひらいた。

「私は、中川あかりです。小学校六年生です。」

「あたしは高井しおり。高校一年。……学年、ぜんぜん違うけど、話せてうれしい」

 しおり——と名乗ったその人は、そう言って屈託のない笑顔を見せた。
 私はちょっとだけ戸惑いながらも、その明るさに心がふっと緩んだ気がした。

「なんかね、今日学校でいろいろあって……帰るのやめて、ふらっとここに来たの。そしたら、あかりちゃんを見つけた。……本、同じだって分かった時、ちょっとびっくりしたよ」

「はい、私も。他にも同じような本があって、それを知っている人がいるなんて。そんな偶然あるんだなって思って」

「偶然……かな。なんかさ、呼ばれてる気がしない?」

 呼ばれてる——その言葉に、私は思わず息をのんだ。
 この本をひらくたびに感じる、説明のつかない心のざわめき。
 それが、私ひとりだけのものじゃなかったと知って、何とも言えない心細さと安心がないまぜになる。

「しおりさんは……この本の白紙に、何か書いたことありますか?」

 私が恐る恐る尋ねると、しおりは少し考えるようにしてから、鞄から一冊のノートを取り出した。
 それは、私の本と色味こそちがえど、どこか同じ手触りの空気をまとっていた。

「これは……あたしのほうのやつ。家の本棚で偶然見つけたんだけど、もしかしたら、お母さんのものだったのかもしれない。でも、白紙のページがあってね。なんとなく、自分のことを書いてみたの」

 彼女は、ページの一つをそっとひらいた。
 そこには、走り書きのような文字が並んでいた。

 〈あたしは、自分がどうしたいのか分からない。でも、誰かに見つけてほしい。できれば、ひとりじゃないって思える誰かに〉

 私は、言葉を失った。
 それは、私がこの数ヶ月、何度も胸の奥で呟いていた思いそのものだったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

処理中です...