ひみつの本としろい紙

武内れい

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第二章:ひろがる世界

33、夏祭りの日、5人の思いが交錯(前半)

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 町の夏祭りは、午後の陽が傾きはじめたころから、ゆっくりと色を変えてゆく。

 昼間の暑さを引きずった空気のなか、境内に近い広場には、色とりどりの提灯がつるされていた。風にゆれる灯りが、まだ明るさを残す空に溶け込んでいくのを、私は少し離れた石段の上から見下ろしていた。

 はじまりは、しおりさんからのメッセージだった。

 〈今日、来るよね? みんな、来るって〉

 たったそれだけのことばが、いつもの夏とはちがう気配を運んできた。

(みんな……)

 図書館で出会った人たちの顔を思い浮かべる。悠真さん、誠さん、しおりさん、そして隆さん。それぞれが、あの白紙の本と、どこかで関わっていた人たち。

 ただのお祭り。たぶん、誰もそんなふうには思っていない。

 ざわざわとした音が近づいてくる。うちわの風、小さな子の笑い声、屋台から香る綿菓子と焼きそば。いつもなら、にぎやかすぎて苦手だったはずなのに、今夜は少しだけ、それが心地よかった。

「いたいた。やっぱり、ここにいたね」

 後ろからかけられた声に振り返ると、しおりさんが手を振っていた。浴衣ではなく、いつもの私服のまま。だけど、髪にひとつだけ小さな金魚の飾りがついていて、祭りの夜に溶けこんでいる。

「来てくれて、うれしい」

「はい……あの、しおりさんこそ、部活とか大丈夫だったんですか?」

「うん、今日はサボったの。いいよね、たまには。あたし、今日ばっかりは行かなきゃって思ってたから」

 しおりさんはにこっと笑って、私の隣に腰を下ろした。視線の先では、提灯が風に揺れ、小さく光を踊らせていた。

「なんかさ……あの本を読んでから、色んなことがつながってる気がするの。偶然じゃなくて、何かの手が、少しずつ近づけてくれてるみたいな」

「……私も、そんな気がしています」

 そう言いながら、私はバッグの中にそっと手を差し入れた。小さな冊子。隆さんから受け取った、古い記録の写し。まだ全部は読めていないけれど、その紙の匂いが、なぜだか夏の夜を思わせる気がした。

「ほら、あそこ。悠真さんじゃない?」

 しおりさんが指差した方を見ると、賑やかな屋台の隙間を縫って、悠真さんが歩いてくるのが見えた。Tシャツにジーンズというラフな姿だけど、少し迷っているような、ぎこちない足取りだった。

「声、かけてきますね」

 私は小さく言って、石段を降りた。

「悠真さん」

 そう呼ぶと、彼は少し驚いたようにこちらを振り返った。

「あ、あかりちゃん。来てたんだね」

「はい。来るって聞いて……あの、本のことも、またお話できるかなって思って」

「うん。僕も……実は、ちょっと迷ってた。でも、来てよかった」

 悠真さんの声には、わずかにためらいの跡があった。きっと、こういう場所は得意じゃないんだろう。でも、来てくれた。そのことが、なぜか胸の奥でやわらかく響いた。

「そっちに、しおりさんもいます。ご一緒にどうぞ」

 石段に戻ると、しおりさんが手を振った。

「わーい、集合って感じ?」

「……うん、そうかも」

 私は思わず笑った。まるで、学校の休み時間に、偶然教室の端っこで集まったみたいな、そんな自然さだった。

 そこへ、もう一人の声がふわりと届いた。

「みなさん、来ていたんですね。よかった、会えて」

 誠さんだった。手には小さな紙袋を提げていて、中からは色とりどりの風車がのぞいていた。

「文具屋さんの、おまけですか?」

 私がたずねると、誠さんは目を細めてうなずいた。

「ええ、ちょっとした遊び心です。風にまつわる飾りって、昔の文献にもよく出てくるんですよ。風の導きって、民間伝承ではよくある話で」

「風の導き……?」

 その言葉に、私はふと、白紙のページに浮かんだ記録の一節を思い出した。

 〈風が吹くところに、影ができる。その影の奥に、物語は隠される〉

(あれも、きっと関係している……)

「みんなそろったね」

 そう言ったのは、最後に現れた隆さんだった。浴衣ではなく、普段のままのシャツ姿。けれど、その手には古びたうちわがあった。和紙でできた、小さな印のついたうちわ。

「これは、昔この町にあった影送りの儀の名残だよ。夏祭りの夜、白紙のうちわに願いごとを書いて風にあおぐと、その願いが影に乗って運ばれるって言われてた」

「……それって、まさか……」

「うん、白紙のページと似ているだろう?」

 隆さんの声は静かだったけれど、確かに何かが繋がったような気がした。

 私は、祭りの音のなかで、小さく深く息を吸った。

(みんながいる。この場所に、ちゃんと。だけど、私は……)

 どこか、まだ輪の外に立っているような気がしていた。

 けれど、それでも今夜は、その輪の存在を、ちゃんと感じることができた。
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