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ChapterⅢ 冥界

第5話

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 ゼフィアの部屋を出ると、いつの間にか廊下にはギアとクイーンが揃っていた。
 話が聞こえていたのかもしれない。
 ギアは彼に目配せした。早く行け、と。

 クイーンは、やっぱり不機嫌そうだ。
 おそらく、例の「きもちわるっ」を連発したいところだろう……

「ありがとな」
 レストは急ぎ街に出て、彼女の姿を探した。

 ゼフィアの侍女は、彼女が俺を想っていると言っていた。

 中庭で、彼女は何と言っていただろうか。
 確か、愛せないと言っていた……
 愛していない、ではなく。

 やっぱり彼女は謎だらけだ。

 辺りはもう薄暗い。
 墓地の前を通りがかった時、女性が倒れているのが見えた。
 レストは、墓地を囲む金属の柵を飛び越えて近づく。

 ゼフィアは、母の墓の前で倒れていた。
 なめらかな肌は、より一層青白く、生気がない。

 近づくほどに彼女だと分かった。
「ゼフィア?」
 声をかけて抱き起こす。

「ゼフィア!」
 返事はない。
 脈動もなく、彼女は息をしていない。

「うそだろっ……ゼフィア……!こんなの……」
「……どうして……ひとりで……」
 独り言は、虚しく彼女の亡骸の上に落ちた。

 触れる肌は、知っているものより遥かに冷たく、レストから熱と思考を奪う。

 閉じられた瞼は、ルビーのような瞳を覆い隠し、その輝きを見せてはくれない。
 あの時、拒絶を放った唇も、色を失って固く閉ざされている。

 苦渋の瞳でそれらを眺めていたレストが、なにか思い至ったような顔をする。

 彼は、ナイフを取り出した。

 そして、自分の手の平を切った。

 侍女の言葉。
『血』が必要だという言葉を思い出して。

 鮮血があふれ出し、彼女の頬に落ちる。
 手からこぼれ落ちる温かな血液は、その頬を滑っていく。

 時間の感覚を失うくらい、しばらくそうしていた。

 何度かゼフィアの長い睫毛まつげが震えると、そこに彼女の、変わらぬ真紅の瞳が現れた。

「レスト……?」

 彼女はまだぼうとしている様子で、うつろな視線を彷徨わせている。
「なぜ……」

 それは、俺の言葉セリフだ。
 言いたいことは数多あったが、ただ、彼女を強く抱きしめた。




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