少年と人型X

風間エニシロウ

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衝突

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 暗闇の中、ベルの音で目が覚める。リリリリと音のする方へ顔を向けて、手を伸ばす。手探りで四角い物体を見つける。その上端にある出っ張りを押すと音が止む。
 睡眠を邪魔する物を排除して、また意識が沈みそうになるが、コーヒーの良い香りがそれを引き留める。ついでに香ばしい肉の匂いもする。
 身体を起こす。うんと伸びをして意識と肉体の覚醒を促す。そして、先程己の睡眠を妨害した―――否、睡眠から覚醒させた―――物体のあった方へ、寝台横のミニテーブルに手を伸ばしてランプを灯す。部屋が少し明るくなった。この家屋として使用している部屋は、遺跡の吹き抜けの位置から少し外れているのでなかなか陽が入らない。
 ランプを持って部屋を移動する。隣のベッドは既に空だ。そのベッドの使用者が朝食を用意してくれているのだから当然だ。
 扉の前まで移動してノブを回し、扉を開ける。煌々とした光が目を刺激した。電灯はやはり明るい。陽の入らない部屋でもこんなに明るくなるので、昔の文明は偉大だ。そして電灯のある部屋を確保した両親も偉大だ。よく手に入ったものだ。
 そんなことを思いながら電灯のついた部屋に踏み出す。扉を閉める。すると、その音に気付いて調理場にいた人物が振り返る。
 その人物は、長いストロベリーブロンドの髪を頭の高い所で結っている。所謂ポニーテールだ。その名を示すように、振り返る動作に追随して髪が馬のしっぽのごとく揺れる。そして、ブラウンのクリクリとした目がボクの姿を捉えると、にこりと弧を描いた。
「おはようエレイズ」
 優しい声色でかけられた挨拶に、ボクも応える。
「おはようございます、ソフィ姉さん」
 しっかりと目を見つめ返して挨拶すると、ソフィ姉さんはポニーテールを上下に揺らして嬉しそうにうんうんと頷く。
「よしよし、ちゃんと起きているようでなにより、なにより。朝食はもうできているわよ」
 早く座って食べなさいな、彼女はそう言って食卓を指さす。その顔はドリップコーヒーの方へ向いている。今、丁度コーヒーを入れていたところのようだった。
 こうして仕事前に朝食を用意してくれることに、ありがたみを感じながらボクは食卓の席に着いた。食卓には焼かれた合成肉と―――いや、待て。
「ソフィ姉さん、もしかしてこの肉は…」
 ボクが言い淀むと、ソフィ姉さんはコーヒーを両手に満面の笑みで振り返った。
「そう!気づいた?本物のお肉よ!昔の生産プラントじゃなくて、地上にある牧場で育てられた動物の本物のお肉!昨日、安く売ってもらえたのよ」
 コーヒーをコトンと食卓に置くと彼女は、左手を腰に当て、右手でピースサインを作って得意気にする。
「どう?わたしも捨てたもんじゃないでしょ?店主のおじさんが、お嬢さんかわいいから特別に負けてあげようって!」
 キラキラとした目でそう語る。
 ボクは「あー…」と気の抜けた声を出す。確かにソフィ姉さんはかわいいが、それを素直に褒めるのは気恥ずかしい。とりあえず何か返事はしておくことにした。
「それは、良かったですね」
「でしょー?いいことでしょ?エレイズも褒めてくれたっていいのよ?」
 直球に褒めろと言ってきた。これには困った。いやしかし、かわいいと褒めろとは言われてはいない。よし。
「ソフィ姉さんは買い物上手ですね」
 うん、ちゃんと褒めているな。
「でしょー?…って、そっちかい」
 ソフィ姉さんはがっくりと肩を落とした。それから椅子を引いて、腰かける。そのまま両手でコーヒーカップを包み、コーヒーを啜る。浮かない顔のまま。
 これは、是が非でもかわいいと言わなくてはいけない場面なのだろうか。実姉のような人物に対してそれは少し、ハードルの高い行為なのだが。だがしかし、このまま意気消沈させたままにするのも忍びない。
 そうぐるぐる思案しているとソフィ姉さんの方から言葉を発した。
「まあ、いいけどね」
 妥協してくれたようだ。少し申し訳ない気持ちになる。
「こうして、おいしくて貴重な朝ごはんにありつけるのは本当にありがたいです。ありがとうございます、ソフィ姉さん」
 ボクは素直な感謝を述べる。するとソフィ姉さんは微笑んだ。
「どういたしまして。素直にお礼を言えるところはかわいいから許しちゃう。さあ、はやく食べましょう」
 気を持ち直してくれたようだった。良かった。
 気を取り直して、ボクも食卓に改めて向かい合う。香ばしい匂いを発する本物のお肉にビタミンペーストと炭水化物ブロックに、淹れたてのコーヒー。うん、贅沢な食事だ。朝から食べるのが勿体ないくらいに。
「いただきます」
 手を合わせてそう言ってから、食事に手を伸ばす。
 対面するソフィ姉さんは笑顔で「どうぞ、召し上がれ」と言った後に、同じようにいただきますと手を合わせて食事を始める。
 ビタミンペーストを炭水化物ブロックに塗って手早く食べて、メインの肉に齧り付く。肉の汁が垂れてきた。ジューシーで美味しい。ゆっくり、たっぷり味わった。最後にコーヒーで締める。うん、本物のお肉に加えて、嗜好品であるコーヒーまで飲めるのだ。最高の食事と言って過言ではない。
「ごちそうさまでした」
 確かな満足感と共に言う。ソフィ姉さんは「お粗末様でした」と返して、食器を片づけ始める。
「ほら、もうそろそろ鉄籠に行く時間でしょ。早く行かないと乗り遅れるわよ」
 ソフィ姉さんのその言葉にはっとして立ち上がる。早くしないと地上へ行く時間に間に合わなくなる。急いで外へ繋がる扉へ向かい、扉の傍に纏めてある荷物を背負う。
「ありがとうございます。いってきます、ソフィ姉さん」
 お礼を言うとソフィ姉さんは手をヒラヒラと振った。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
 その言葉に頷いて、そのまま外に出て―――ふと思い立って、顔だけひょこりと戻す。
「それとソフィ姉さん」
「うん?なあに?忘れ物?」
「はい、忘れていました。ソフィ姉さんはかわいいですよ」
「へ?え?」
「―――では、今度こそいってきます」
 ボクはそのまま素早く身をひるがえして扉を閉める。中からソフィ姉さんの「もう……」という声が聞こえた気がするが、気にせず鉄籠に向かった。
 ボクは暗い路地をカンテラを照らして歩く。少し歩けば地上から光が降り注ぐ吹き抜けに出られるが、鉄籠に向かうにはこのまま暗い路地を行く方が早い。
 鉄籠。それは見たまま鉄の籠でできている。鉄の籠でできた昔の大型の昇降機だ。出っ張った木の板が回っているわけではない。大型の鉄の籠が動くのだ。大人数を載せて。昔の動力機を使ってなんとか二台動かせている。今ではどうやって作られたのか分からない動力機で動く鉄の籠。水車や人力で動くわけでもない、板ではなく鉄籠でできたエレベーターを皆、その見た目のまま鉄籠と呼ぶ。本当ならば、昔はもっと稼働数が多く、更に言うと今いる地階より下にも繋がっていたようだ。だが今は、動力機とセキュリティの限界で地下一階と地上を行き来する二台の鉄籠だけが稼働している。
 ふと、頭を動かすと工場の排煙が見えた。この道中では今でも稼働中の食品生産工場が遠目に見える。もくもくと煙を吐き出され、それが少しずつ吹き抜けの方へ流れている。不思議と不快な臭いはしない。この工場たちも鉄籠と同じく昔に作られ、今でも動力機が活きているものだけが稼働している。大人数の運搬、大量の食品生産どちらも偉大な過去の遺産によって成し遂げられているのだ。
 そんなことを考えているうちに鉄籠の前に着いた。既に人の列ができていて、鉄籠の真ん前ではカウンターを手にした人員が、人が一人鉄籠に乗るごとにカウントしている。限界以上に乗ると稼働しないからだ。
 ボクは素直に列に並んで、カンテラを消して己の番が来るのを待った。
 そして、しばらくしてボクが乗る番になって、地上へと向かう。高度が上がり、地上へ出る。明るい陽光に照らされる。
 ボクは空を見上げ、その日初めて見る陽の光に目を細める。電灯も明るいが、やはり陽の光もいい。暖かで安心するような気がする。
 空を見上げながら地上を歩く。だが、すぐに露店街に入り、人にぶつからないようにするため、目線を下げる。この露店街は、遺跡街に住む人達以外にも、外から来る人達も居てごった返している。遺跡発掘によって栄えてきたこの街は、一獲千金を夢見た余所者もよく来るのだ。
 かくいうボクも産まれた時から遺跡街に住む発掘屋だ。彼らと目的は変わらない。
 露店街を足早に、ボクは仲間たちの集まる集会所目指す。
「お、エリー!これから仕事か?」
 若くガタイのいい露天商の主人がからかい混じりにボクに声をかける。エレイズを略して、エリー。
「だから、エリーはやめてくれって言っているじゃないですか」
 ボクはこの愛称を好まない。露天商の主人は笑っているだけで訂正も何もしない。
 さっさとここを出たくなった。ボクは露店の合間に足を踏み入れる。
「おい、待てって、どこ行くんだ」
「少し近道するだけですよ」
 短く答えて、そのまま露店の合間を縫って森に入る。そこに待ち構えるのは入り組んだ道とは言えぬ道だが、ソフィ姉さんが一緒に住んでくれるようになるまで遅刻を繰り返していたボクはこの道をよく使っていた。そのため、もう迷うこともない。ちなみに慣れない頃は遅刻を挽回しようとしたのに迷って、余計に遅れたことがある。
 そんな懐かしい苦い思い出を思い出しながら、何気なく森を歩いた。
 これなら余裕で集会所に着くだろう―――そう思っていた。
 ヒュゥゥウ―――
 ふと、何かが風切る音がした。首を巡らすが、音の正体は掴めない。せいぜい風で木々がさわさわと葉を揺らめかせているだけだ。
 なんだろう、そう思いながら歩みを進めようとした時だ。
 ヒュウウウウ―――
 風を切る音が大きくなり、落下してきた。
 そう、地上で、空から、何かが落下してきた。
 それは、僕から少し離れた場所に落ちて―――
 ゴガン!バカン!
 と、地面にぶつかり、そのまま地面を割った。
 その割れ目はボクの方まで及び、バランスを崩した。そして落下―――しそうになった。寸でのところで地面の縁にに手を伸ばし、掴まれたのだ。
 その下ではゴ!バキン!ボゴン!と連続して硬い何かが割れる音がした。まだ何かは落下し続けているのだ。
 ボクは縁に掴まったまま、固まる。登ろうと思えば腕の力だけでも登れるだろう。だが、いけない。ボクが掴まっている地面はパラパラとバキリバキリと音を立てて崩れようとしている。このままボクは落ちて死ぬのだろうか、そんな事を考えてしまった。
 下を見る。助かりそうな高さではなかった。地下一階では済まない。もっと下まで地面は割れている。空から落下してきた何かも無事ではあるまい。どんなに硬い物でも破損しているだろう。
 だが、その時ヒュンと音がした。そしてパシリと何かを掴む音。
 ヒュン、パシッ、ヒュン、パシッ。
 その音は段々と近づいてくる。下から近づいてくる。
 そして、ヒュゥンと音がしてそれが迫ってきた。人型のモノに見えた。
 パシリッ。
 それはボクの傍の岩壁に掴まった。バキンと僕の掴んでいる地盤が音を立てた。身体がガクン一段階下がる。
 目の前に綺麗なプラチナブロンドの髪と蒼い瞳が現れた。無邪気な子供のような顔している人物は、見惚れるような、ぱあっと輝く笑顔を見せた。
「大丈夫ですか!人間ヒューマン!」
「今、君のせいで大丈夫じゃなくなったかな!」
 つい見惚れていたが、かけられた声でボクは思考を取り戻した。思わず力いっぱいに叫び返していた。
 バキン!
 そして遂に、ボクが掴んでいた最後の希望は壊れた。ああ、このまま謎の人物(?)と共に死ぬのかと思った。だが、その思いに反して身体はふわりと上へ舞い上がった。腰に誰かの手が回っている。誰かではない。先程の人物の手だった。
 ふわりとした無重力感。そして引力が働き地面に落下する。
 すたっと、ボクを小脇に抱えた人物は着地した。
「大丈夫ですか!人間ヒューマン!」
「え、ええ、まぁ、おかげさまで……」
 え、何が起きたんだろう。そう思っていると丁寧に地面に降ろされた。無論ひび割れていない地面にだ。
「そうですか!それは、よか、った、で、す―――」
 笑顔を浮かべた救世主―――いや、命の危機の元凶か―――は、はきはきとしていた言葉を急に途切れさせた。
 不思議に思って見つめていると、笑顔のまま急に電源の切れた昔の機械のように硬直して、バタン!とその人物は倒れた。
「え…えぇー」
 目の前で一応命の恩人である人物に倒れられたボクは、どうしたものかと呆然とした。

 そして、結局。
「で?この子は何なの?仕事の時間なのに帰ってきたと思ったら、何を拾ってきているのよ」
 ボクは家までその人物を背負って道を引き返したのだった。
 見知らぬ人物を背負って帰ってきたボクに、ソフィ姉さんは驚き半分呆れ半分と言ったところだ。それでも謎の人物を家に上げて、ベッドで寝かせることを許してくれたのでソフィ姉さんは寛大だろう。いや、寛大だ。
「何なのって言われても……とりあえずは、命の恩人?ですかね」
 ボクも答えに窮する。とりあえず見捨てていくのは忍びなかったので拾ってきただけなのだから。いや、正確には好奇心も一つまみぐらいはあるのだが。
「命の恩人?もしかしてエレイズを助けたせいでこの人が倒れたとか?一体何があったのよ」
「いや、そのなんというか……まぁ、あとで気が向いたら話しますよ」
 この人物が上空から降ってきて、地面に穴をあけて、そのせいで墜落死するところだったのを、元凶であるこの人物に助けられたとは説明しづらかった。色々とおかしい。なんで上空から降ってきたのかとか、どうして地面と衝突、しかも貫通して無事なのかとか答えられない。
「気が向いたらかい。まぁ、話したくないなら、今は我慢するけど」
 そのうち根掘り葉掘り聞きだすつもりではあるらしい。
「とりあえず私も仕事に行くから、看病は自分でやってね?ぱっと見、怪我とかは見当らないけど、気を失っているっぽいから油断しちゃダメよ。お医者さんも呼ぶこと」
「はい、わかりました。ソフィ姉さん。あとはボクでなんとかしておきます」
 じゃあね、とソフィ姉さんは玄関から出ていく。その顔は少し心配そうだ。
「さて……」
 とりあえず、どうしようか。その身で岩盤を砕いて無事な人物を医者に見せて意味はあるのだろうか。そう思いながらボクはベッドに横たわる、その人物を改めて観察した。
 身長はボクと変わらない。肩に着くぐらいの長さのプラチナブロンドの髪。その下には十代前半ぐらいに見える幼い顔立ち―――いや、顔だけ見るともっと幼くも見える。あどけない表情で眠っているせいもあるだろうか。そのくらい童顔だ。身体のラインは丸みを帯びているが、凹凸が無い。つまり胸がない。貧相ではなく、ない。もう一度顔を見る。その顔は少年とも少女とも言える中性的な顔立ちだ。もしかして身長が少し高いだけの幼い子供だったりするのだろうか。小さな子供に性差など、あってないようなものだ。起きたら訊いてみようか。いや、失礼にあたるかな。
 そこまで思案して、ボクは首を振る。
 いや、そもそもだ。この人物は、人型は、人間なのか?生き物なのか?あの恐ろしい程の頑丈さ、異常さを思うと、とてもではないが人間とは考えられない。
「う、うーん……」
 ふと声が聞こえた。ベッドに寝かせられた謎の人型が発したものだ。
 ボクはピタリと身体を硬直させる。緊張が走る。警戒してしまう。
 だが、そんなボクとは反対に、謎の人型はゆったりと寝返りをうつ。そして目をパチリと開けた。綺麗な蒼い瞳と目が合った。しばし無言で見つめあう。
「……えーと、おはようございます」
 無言に耐えられなくなったボクが目覚めの挨拶をする。
 すると謎の人型はガバリと身を起こした。
 ボクは驚いて半歩、身を引く。
「―――おはようございます!人間ヒューマン!」
 元気よく挨拶を返された。というか人間《ヒューマン》って。呼び名としては大雑把過ぎないか。犬に向かって「犬!」って呼びかけるような―――いや、普通にありそうだ。
 そんな風に考えているボクに向かって、謎の人型は更に言葉を投げかける。
「先程は巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした!でも無事ですね!よかったです!」
 どうやら倒れる前の記憶はしっかりあるようだ。
「ええと、君が助けてくれたからね。ありがとう助かったよ」
 なぜだか、口調はため口なってしまった。相手が子供っぽい顔をしているからだろうか。
「それで、君は……その、何者なんだい?」
「ワタシですか?」
 躊躇いがちに訊ねてみると、キョトンとした顔で首を傾げられた。いや、首を傾げられても。
 相手は少し考えるような仕草をしてから、頷く。
「はい、初めましての挨拶ですね、人間ヒューマン!」
「……とりあえずボクの名前はエレイズだよ」
 何だかずっと人間人間言われているのは座りが悪いので、先に己の名前を開示した。
 すると相手は嬉しそうに屈託のない笑顔を浮かべて頷いた。
「はい、エレイズですね!よろしくお願いします!」
「うん、よろしく……で?君は?」
 再度正体を訊ねる。
「はい、ワタシの番ですね!」
 何だか先程から元気で嬉しそうである。とりあえず名乗ってくれるようなので、どうでもいいが。
「初めまして!ワタシは使い走りです!」
「……うん?」
 いきなり名前ではなく役割から説明されてしまった。というか使い走り?何の?
「使い走りって、何の?」
 素直に訊いてみることにした。
「えーと、上司を創るため?に頑張ります!」
「どういうこと」
 上司をつくる?指示出しができる人間を探しているとか?
「えっとですね。ワタシ達の上司が居なくなって久しく、そろそろ新しい上司を創ってもらわないとって!ワタシ達やることがなくてなくて!」
「……とりあえず、もっと上の人に頼んでなんとかならないのかな」
「一番上のお方が居なくなってしまったんです!」
「……じゃあ、今いる人達の中から選べばいいんじゃないのかな」
「それはダメです!皆さんに創ってもらわないと!」
「なんで……というか、さっきからつくるって何さ」
「そのままの意味です!皆さんが信じられるお方を創ってもらうんです!」
「えっと……リーダーを選んで欲しいってことでいいのかな。それこそ同じコミュニティの人達で選べばいいんじゃ―――」
「ワタシ達では創れないんです!」
 なんだかわからないが、致命的に何かがずれているような気がする。
「……とりあえず目的はいいや。君の名前は?それからどこに住んでいるの?」
 とりあえず、さっさと帰した方がいいと判断した。そのために必要な情報を探ろうとした。
 だが―――
「わかりません!」
 元気のいい声でわからないと言われてしまった。
 いや、待て。わからないってなんだ。
「わからないって。もしかしてさっき衝突した時に記憶喪失になったとか?」
 やはり上空から地面にぶつかって無事ではすまなかったのだろうか。いや、そもそも身体が無事な時点でおかしいのだが。ああ、そうだ。それも訊かないと。
「いえ、そういうわけではありません!さるお方が居なくなってからワタシ達は存在意義を失って無名の何かになってしまったんです!そもそも、そのさるお方も誰かわかりませんし、自分が何者かも、どこに住んでいたかも、何もかもあやふやになっているんです!」
 使い走りさん曰く記憶喪失ではないらしい。それならとりあえず、なぜ、どうやって空から降ってきたのか訊ねてみよう。
「……そっか。ところで君はどうして、どうやって上から、空から降ってきたんだい?」
「え?ワタシって上から降ってきたんですか?」
 やはり記憶喪失なのではないか、これは。
「そっか、ワタシが住んでいた場所はここから見ると上にあったんですね!」
「ああ、なんだ位置関係が分かってなかっただけか―――いや、やっぱりおかしい」
 上に住んでいた?上には空しかなかったぞ。そこに住んでいたっておかしいだろう。
「なあ、君は何者なんだい?」
「使い走りです!」
 元気よく言い切られてしまった。
 ダメだ。これでは埒が明かない。なんとか話を進展させなくては。
「君、名前は……忘れたんだっけ」
「正確には失いました!以前はちゃんとあったんですよ!」
 ともかく無名である。
 ボクはこれからのことを考えてみた。とりあえず街に出て、この使い走りさんについて情報を集めるのが先決だろう。自分の正体を失っているみたいだし。だが、その際すっと使い走りさんと紹介するのはおかしい。
「名前が無いのって、不便じゃない?」
「不便だと思います!」
 どこか他人事に聞こえる。とてもではないが不便に思っているように感じられない明るさである。
「じゃあ、仮称でもいいから、名前を決めたらどうかな?」
「いいですね!お願いします!」
「うん?」
 お願いします?
「もしかしてボクに決めろって言っている?」
「はい!ワタシ達は自分で名前をつけられませんから!」
「ええ……そうくるか」
 そういう文化なのだろうか。
 戸惑っていると、使い走りさんはワクワクとした顔でボクを見つめてくる。
 期待されると、いや、そうでなくとも、人に名前をつけるのは重大な気がして、重責に感じる。
 使い走りだと名乗る人型。上空から降ってきた人型。地面に衝突して、地盤を割って、その上で無傷な人型。
 ダメだ。ロクな名前は思いつきそうにない。怪物の名前をつけてしまいそうだ。
 もういいか。猫に名前をつけるくらいの気軽さで。
「マルー……いや、マリエルはどうかな」
 ボクはちらりと相手の様子を窺う。
 すると、
「マリエルですね!いいです!とても素敵です!ありがとうございます、エレイズ!」
 謎の人型、改め、マリエルはぱあっと輝くような笑顔で手放しに喜んでいた。嬉しそうにしっぽをブンブンと振る子犬の幻影が見える程に喜んでいる。
 ボクは驚くと同時に、嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちになる。
 ともかく、気に入ってくれたのなら良かったとも思った。
 こうして名前は決まった。
 なら、次にすべきことは街に出て、情報収集をすることだ。
「よし、マリエル。まず身体の調子はどうかな。どこかが痛むとかはない?」
「はい、全く!」
「うん、さっきからずっとだけど元気そうだね。何で倒れたのか不思議なくらい」
「たぶんいきなり違う環境に放り込まれて、器が適応できていなかったんだと思います!」
 慣れない環境に体調を崩した、ということだろうか。
「ですが、今はもう大丈夫です!」
 そう言ってマリエルはぐっと力こぶをつくるポーズをする。力こぶは全くできていないけれど。
「そっか。それなら街に出てみようか。君について情報を集めたい」
 マリエルはキョトンとする。
「ワタシのですか?それより、ワタシはやることが―――」
「上司のことは一旦置いておこう。ともかく着いて来てくれるかな。街の案内もするから」
 そう言うと、マリエルはベッドから身を乗り出した。
「本当ですか!楽しみです!人間ヒューマンの街を歩くのはたぶん初めてなので楽しみです!」
 またもはしゃぐマリエルにボクは苦笑する。
 人間ヒューマン。マリエルはボク達のことを指す時に人間ヒューマンと呼ぶ。まるで自分が人間ではないかのように。いや、初対面時のことを考えると、実際人間ではないのだろう。
 ともかく、あの人に会いに行こう。
「外に出るよ、マリエル」
「はい!」
 ずっと明るい笑顔を浮かべているマリエルを連れだって家から出る。
 そして、まず露店街に行くために、鉄籠に向かう。
 興味深そうに遺跡街を眺めるマリエルと共に、鉄籠の前の行列まで来た。
「これは、ここはなんですか?」
 大きな鉄籠の前にできた行列を目にして、マリエルは首を傾げる。
「平たく言うと、鉄でできた大型の昇降機だよ」
「そうなんですか!相変わらず人間ヒューマンは便利そうな物を造りますね!」
「うん、昔の人はすごいよね―――それはそれとして」
 ボクはマリエルと向き合う。
「しばらくはボク達のことを人間ヒューマンと呼ぶのはやめようか」
 マリエルは大きな声で話すので目立つ。怪しまれるかもしれない。
「なんでですか?」
「いいから。お願い。頼むよ」
 ボクが両の手を合わせて言うと、マリエルはうーんと考える動作をした。
「なんだかわかりませんが…わかりました!エレイズのお願いとあらば聞いてあげます!」
「そっか。ありがとう」
 マリエルの返答に、ほっと胸を撫でおろす。
 そして、鉄籠に乗る順番が回ってきた。
 そのまま地上へ出る。歩くとすぐに露店街に辿り着く。
 目的の人物はこの街に居る。
 露店街を歩いていると、また声をかけられた。
「おや、エリー。こんなとこで何をしているんだ?仕事は―――」
「エリーって呼ぶのはやめてくれと言っているでしょう」
 間髪入れずにそれだけ答える。さっさと露店街を抜け出したくなるが、目的の人物がこの街にいるので、そうはいかない。
 ボクが不機嫌そうに歩いていると、マリエルが不思議そうな顔でボクの顔を覗き込んできた。
「エリーって愛称がイヤなのですか?」
 ボクは頷く。
「ではワタシが新しい愛称を考えましょう!」
 そう言ってマリエルはうーん、と悩みだす。
「いや、考えなくていいから」
 そんなボクの言葉はお構いなしにマリエルはポンと手を叩く。
「イズイズ!どうです、イズイズ!可愛いでしょう!」
「いや、可愛いのが嫌なんだけどね」
「え、なんでですか!イズイズ!」
「嫌だと言っているのに愛称として採用するのはやめてほしいな。なに早速使っているのさ」
「だって、可愛いから気に入ったんです!」
「うん、ボクは嫌だからやめてね」
「そんなぁ……」
 マリエルはショボンと肩を落とす。うなだれる子犬の幻影が見える。
「うっ……」
 なんだか可哀そうに見えてきた。少しくらいなら許してもいいか、という気持ちも湧いてくるが、やはり嫌なものは嫌だ。
 なので、少しだけフォローすることにした。
「まぁ、その……エリーよりはいいと思ったよ」
 マリエルはぱっと顔を上げる。
「ですよね!イズイズ!」
「その愛称で呼ばれるのも避けたいけれどね?」
 しまった、譲歩すべきではなかったか。
 そんなことを考えていると、また声がかけられた。
「どうしたエリー、仕事の時間じゃあないのか」
「だからエリーと呼ぶのは―――」
 そう言いかけて、ボクは目的地に着いたことに気がついた。
 声のした方へ顔を向ける。そこには、黒い外套に身を包んだ、気難しそうな顔をした男が居た。黒いテントの前に椅子を置き、座っている。その手には杖が握られている。
 この露店街にあって、立て札も何もない。
 だが、地元民なら、彼が何を商品として扱っているのか知っている。
 情報だ。
 探偵まがいのことをしている。普段なら部下も数人常駐しているのだが、今日は見当らない。
「エリーと呼ぶのはやめて下さい。ミスター」
 彼の名前は知らない。名乗らない。前、己が部下であった時も教えてもらえなかった。
「そうか、悪かったな。女みたいな顔をしているからつい、な」
 その言葉にボクはむっとする。だが、ここは我慢だ。
「…見ない奴を連れているな。用件はそれか」
 ミスターはマリエルを一瞥して言う。察しが良くて助かる。
「ええ、そうなんです。相談したいんですが、この大通りで話をするのは憚られるので、中に入ってもよろしいでしょうか」
「構わん」
 ミスターは杖をついて立ち上がる。今日は強化義足ではなく、お粗末な簡易義足を使っているようだ。
 そして、ボク達二人はテントの中に招き入れられた。
 テントの中にはミニテーブルと座布団がある。それぞれが座布団の上に座り込む。
「で?用件は何だ」
「それが、ですね。少し信じられないようなことなんですが―――」
 そう前置きをしてボクは、朝マリエルと出会ってからのことをかいつまんで話した。
 マリエルは後ろで狭いテントの中を見回している。
 ミスターは、ボクが話している間も、話し終えた後も無言だった。
 ボクも無言でミスターの反応を待つ。
 ややあって、ミスターが口を開いた。
「エレイズ」
「はい」
「ついに薬にでも手を出したか」
「違います」
 怪しまれてしまった。仕方がないことだけれども。
 これは断られるか。そう肩を落とした。
 だが、
「まあ、いいだろう引き受けてやる」
 意外なことに承諾された。
「え?」
「なんだその間の抜けた面は。引き受けてやると言ったんだ」
 変わらぬ様子でミスターは言う。
「えっと、よろしいんですか?おかしな話でしょう?」
「ああ、おかしいな。だが興味は惹かれる。とりあえずは身元不明者ということで調べておいてやる」
 ボクはポカンとする。
「ただ、報酬は高くつくぞ。払えない時は、また助手をやってもらおうか」
 ミスターはクツクツと笑う。
「……ありがとうございます。もし払えなかったその時は、またよろしくお願い致します」
 ボクは頭を下げた。
 ミスターはわかったらさっさと行けと、手を振ってボク達を追い出した。

「あら、いつの間にか居なくなったと思ったら、やっと帰ってきた」
 あのあと、露店街を案内しながら買い物をして、家に帰るとソフィ姉さんがくつろいでいた。そして、その傍には大量の荷物。
「ただいまソフィ姉さん―――あの、その荷物はなんですか?」
 なんとなく恐る恐る聞いてみた。
 するとソフィ姉さんは嬉しそうに立ち上がる。
「よくぞ聞いてくれました!これは私のお古よ!」
 荷物をガバっと広げる。そこには女性物の服が詰め込まれていた。
「その子の着替えよ!」
 言われてマリエルを見る。マリエルはピッタリとしたボディースーツのようなものを着ている。そしてそれはよく見ると土埃で汚れていた。
 しまった。この状態でベッドに寝かせた挙句、外に連れまわしていたのか。
 いや、しかし待て。ソフィ姉さんは女性物の服を持ってきたが、そもそも。マリエルは、どっちなのだろう?
「いや、あの、ソフィ姉さん。マリエルはえっと…」
「あら、マリエルって言うの。いいわね。可愛いわね!」
 ルンルンなソフィ姉さんは、マリエルに向かって遠慮なしに肉薄する。
「じゃあ、着替えましょうか。マルーちゃん」
 しかも愛称つきで呼んでいる。
 マリエルは最初こそ首を傾げていたが、一つ頷いて、
「はい、わかりました!」
 元気よく返事をした。
「よしこっちに来なさい!お姉さんが選んであげるわ!」
 ソフィ姉さんはマリエルを引っ張ってベッドルームへ引っ張っていた。占領されてしまった。
 ボクはポカンとしたまま置いてけぼりになっていた。
 所在なく突っ立ていると、しばらくしてベッドルームの扉が開いた。
「じゃーん!どうよ!」
 ソフィ姉さんが嬉しそうにマリエルを引っ張ってくる。
 マリエルの格好はピッタリとしたボディースーツから一転、淑やかな服になっていた。
 ロングスカートに白いブラウス。上着として、短めだが厚手のしっかりしたケープを羽織っている。
 プラチナブロンドの髪と蒼い瞳が相まって着飾った人形のように綺麗だ。
 ボクはそれをぼうっと見る。
 その横にソフィ姉さんが来て、そっと耳打ちをする。
「下は付いてなかったから、この格好で大丈夫よ」
「そんなとこまで確認したんですか!」
 思わずぎょっとして、ぼうっとしていた意識が戻った。
 ソフィ姉さんはウィンクをする。
 というか確認したということは、性別に確信がなかったということである。それなのにあんなに女性物の服を持ってきたのか。
 マリエルはスカートを少しつまんでみたり、自分の様子を確認している。
「エレイズ!」
「は、はい!」
 マリエルに名前を呼ばれて、声が上ずった。
 マリエルは笑顔でその場で一回転をする。
「どうでしょう!似合ってますか?」
「えっ」
「どうでしょう!」
「それは、その……可愛いと、思うよ」
 ボクは己の顔が紅潮するのがわかった。面と向かって正直に可愛いというのは、かなり恥ずかしい。
「ふふん、私の見立ては間違っていないでしょう?」
 隣でソフィ姉さんが得意気にしている。
「え、ええ、そうですね」
 なんとなく落ち着かない気分になっている。
「さあて、マリエルちゃんの服も決まったし夕飯にしましょう!」
 そして、ソフィ姉さんがテキパキと夕飯の支度をし始める。
 ボクとマリエルは突っ立たままだ。
 ボクはマリエルの方をちらりと見る。
 目が合った。マリエルは一瞬不思議そうな顔をしたが、嬉しそうな笑顔になって応えた。
 あ、やっぱり可愛いな。
 ボクはそう思った。
 そして、この日はそのあと水浴びを済ませ、就寝した。
 ちなみにベッドはソフィ姉さんとマリエルが使って、ボクはダイニングルームにある簡易式ソファーを広げて眠った。家主はボクだが、仕方があるまい。
 そして簡易式ソファーも案外よく眠れるものだと、この日初めて知った。
 もしかしたら、色々あって疲れて寝入ってしまっただけかもしれないが。

 そして次の日、ボクはマリエルの声で起こされた。
「エレイズ!朝ですよ!エレイズ、起きて下さい!」
 いつもは目覚まし時計で起きるのでどこか新鮮だ。
 既に食卓は用意されていて、いい香りがする。
「おはようございます!エレイズ!」
「ああ、おはようマリエル」
 マリエルの笑顔で起こされると、なんとなく得したような気分である。
 奥ではソフィ姉さんがニヤニヤとしていた。
「可愛い子に起こされて、よかったわね。エレイズ」
「……起こされるのは普通にありがたいですよ」
 可愛い子の部分には触れないことにした。
 そして朝食をとると、ボクはいつも通り荷物を背負って仕事に出る。昨日は無断でサボってしまったな、と思いながら鉄籠に乗り、地上に出る。
 そして露店街を通り、「よっ!エリー」とまた声をかけられて、露店街を外れ近道をする。
 そして、人だかりがあった。
 それは昨日マリエルと出会った場所。つまり、大穴のあいた地面がそこにはある。
 そういえば、そうだ。あんなでかい穴が開いて、遺跡にまで貫通して話題にならないわけがない。しまったな、いやでもボクにできることなどないし、などと思いながらその人だかりの輪に加わる。見事に地階の遺跡にまで穴が続いている。
「これは……」
「なんだか大ごとになっていますね!」
「うん……って、うわっ」
 気付いたらマリエルが居た。てっきり家に居ると思っていたのに。
 マリエルは穴を覗き込んだ姿勢のままボクを見上げる。
「どうしました?」
「いや……いつから居たの?」
「最初からですよ!」
「全然気づかなかった」
「ふふん、エレイズさんに気付かれずに跡をつけるのなんて、朝ごはん前ですよ!」
「つけていたのか……」
 なんでそんなことを。
 そう言う前に、ボクは後ろから声をかけられた。
「エレイズ!お前昨日何してやがった!仕事を無断でサボりやがて!」
 それは発掘チームの統領の声だった。
「すみません、ちょっとトラブルがあって」
「たくっ、ちゃんとそういうのは連絡しろよ……まあ、それより見ろ」
 統領はグイッと僕の肩に手を回して、大穴の真ん前に連れていく。
「ほら、昨日見つかったんだが、こんな大穴開いていたんだ!今までコツコツ遺跡を掘っていたが、これで一気に奥に行けそうだぞ!」
 嬉しそうに語る統領。
「まあ、なんでこんな大穴ができたのかはわかららないけどな!」
 ガッハッハと統領は笑う。
 それはあそこにいるマリエルのせいです、とは言えなかった。
「ともかく、今日はここから遺跡に入っていくつもりだ。準備は昨日のうちに済ませたから、発掘はお前もちゃんと参加しろよ」
 ボクは短く「はい」とだけ答えた。余計なことは言う必要はないだろう。

「で、なんでマリエルがいるんだ?」
 発掘準備を済ませて大穴の前に発掘チームが集合すると、そこにマリエルが混じっていた。
 いつの間にか動きやすそうなパンツスタイルに着替えている。
「ダメですか?」
「そりゃ―――」
「お!なんだエリー!ガールフレンドか!可愛い顔してやるなお前!」
 仲間の声が割って入ってきた。うるさいな。というよりエリーはやめてほしい。
「なんだ嬢ちゃん。エレイズが心配でついてきたのか?だけどここは危ないぞ」
 統領は注意する。
 対するマリエルは
「はい!ワタシ昨日からエレイズのところでお世話になっていて、エレイズがお仕事として何をしているのか気になって!ワタシも仕事しないとですし!大丈夫です。ワタシ頑丈さには自信があります!邪魔にはなりません!」
 笑顔で元気よく答えた。つまりは今まで通りのノリである。
 頑丈さに自信があると言っていたが、むしろ頑丈過ぎるくらいだろう。ボクは心の中でそう思った。
「へえ、嬢ちゃん仕事探してんのか。だけどさっきも言ったがここは過酷だぞ?」
「先程も言いましたが大丈夫です!任せて下さい!」
 統領は困ったような目でボクを見た。
 ボクは肩を竦めて答える。
「まぁ、こんな子ですが、頑丈で運動能力が高いのは保証できますよ。仕事ができるかどうかはわかりませんが」
 昨日の出来事で頑丈さと運動能力の高さは保証されている。なんてったってこの大穴を道具なしで独力で登り切ったのだから。
「……エレイズがそういうのなら、まぁ、いいか」
 統領はあっさり納得した。案外ボクの言葉は信用されているらしかった。
「じゃあ、お前ら!いくぞ!」
「「「おう!」」」
 野太い声が揃って返事をした。
 そしてボク達はロープをしっかりと括り付けて大穴を降りて行った。
 終着点は大きな通路だった。大きくて無機質な金属でできた通路。天井に穴が開いていることを除けば、それはとてもきれいな状態で遺っていた。
「ほう、こいつぁ、なかなかものが見つかりそうだな」
 統領の嬉しそうな声が響く。その後ろに発掘チームの仲間たちが続く。
 そして、これまた大きな部屋に辿り着いた。
 マリエルとボクも大部屋に足を踏み入れる。
 ビーッ!ビーッ!
 急に大きな音が鳴った。
「警告。警告。天の御使いの反応を探知しました。この場に居る人間は直ちに避難してください」
「な、なんだぁ、一体!まだ警備システムが働いていやがったのか?」
「迎撃システム起動。機械守護者マシンガーディアンを起動します」
 ヴゥン。
 何かの、古い機械の起動音がした。そして、大きな人型動き出した。
 巨大な人型の機械だ。その腕には銃と呼ばれる機構と大きな棒状のものを携えていた。
 ガション。ガション。
 重い足音が響く。
 そして、それはマリエルを見たような気がした。
 咄嗟に体が動く。マリエルの方へと。
 視界の端に何か大きなものが迫るのが映った。
 マリエルを助けなくては。そう思ったが風圧に吹き飛ばされる。
 そして、壁に叩きつけられた。
 意識が朦朧としだす。
 その意識の中、機械守護者マシンガーディアンの横薙ぎの一撃を避け終えたマリエルの姿が見えた。
 だが、そのあとすぐに誰かに担ぎ上げられる。
 マリエルは機械守護者マシンガーディアンと対峙したまま動かない。
 どんどんマリエルが離れていく。
 そして姿が見えなくなった。
「全員逃げたか!」
「いえ、さっきのお嬢さんがいません!」
「くそ、あの嬢ちゃんはどうした!逃げ遅れてのか!ちくしょう!」
 撤退しながら怒鳴りあう仲間たちと統領その声に、朦朧としていたボクの意識は覚醒した。
 無邪気に意味の分からないことを言い並べるマリエル、楽しそうに会話をするマリエル、たった一日の記憶が思い起こされる。そしてその記憶がどうしようもなく自分に刻まれていることを自覚する。
―――離しがたい、記憶。
―――マリエルを失いたくない。
「―――降ろしてください」
 担ぎあげられたままだったボクは静かに言った。
「え?もう動けるか、大丈夫かエリー」
「ですから、エリーはやめてくれって言っているでしょう」
 足を止めた仲間は気遣いながら、ゆっくりと降ろしてくれた。
 ボクは礼を言うと、来た道を引き返す。
「おい、待て、どこへ行く気だエレイズ!」
 統領が叫ぶ。
「マリエルを迎えに行くんです。助けに行くんです」
「何言ってんだ!あんな化け物みたいな機械守護者相手にしたら死ぬ!」
「それでもです」
 確かに危険だ。実際ボクは掠った一薙ぎで気を失いかけ、体中を負傷した。片腕に力が入らなく、呼吸も苦しい。足も引きずっている。
 それでもマリエルを置いていくことはできない。あの子の方が頑丈でも、遥かに強くとも。それでも、だ。ボクはあの子を放っておけない。
 ボクは射出機を腕に布で縛り付け、力の入らない腕をぶたさげたまま、歩き出す。
「待て!エレイズ!」
 統領の制止の声など聞き入れず歩く。
 長い通路をまた奥へ向かって歩く。何かの激突音がする。
 速くいかないと。そう思っているが、身体が重い。
 そして、音が止んだ。
 はっとしてボクは前を見つめる。先程の大部屋まではまだ遠い。激突音が止んだということは、戦闘は終わったのだろうか。
 マリエルは無事なのだろうか。
 ボクは負傷した身体に力を入れて無理やり走った。
 だいぶ不格好でまともに走れていないだろうが、関係ない。
 速く、速くマリエルの元へ。
 大部屋に辿り着く。その中央に大きな機械守護者マシンガーディアンの残骸があった。
 はたして、マリエルはそこに居た。頑丈な身体にいくつもの傷をつくり、倒れこんでいた。
 破壊しないと。とマリエルは譫言のように呟いた。
 傷口から血は流れ出ていない。きっと人間ではないから。
 近づいて見てみると、血肉の代わりに傷口から覗くのは、蒼いマーブル模様の断面だった。
「ごめん、独りで戦わせて」
 ボクはそう言って動かないマリエルを抱きしめた。
 ブゥウン。
 その時何かが起動する音がした。
 それは昔の機械達が起動する時に発する音だ。
 また機械守護者マシンガーディアンが起動したのかと、マリエルを強く抱えて、周りを警戒する。
「―――天の御使いの行動不能を確認。怪我人を認識」
 だが、部屋に明かりが灯り、声が聞こえる以外変化はなかった。声は部屋そのものが喋っているかのように聞こえる。
「ようこそ人間。先程は天の御使いの排除に巻き込んでしまい申し訳ありません。奥の部屋へどうぞ。修復装置で怪我を治療します」
 ウィィンと大部屋の奥の壁が横にスライドした。そこへ入れと言うことだろうか。
 そこに、怪我を治療できるものがあるというのか。
 ボクは身体に力を入れて、マリエルを担ぐ。
 するとまた部屋から声が投げかけられた。
「天の御使いはここで廃棄することを推奨いたします」
「は?」
 ミツカイ?廃棄?
「今、あなたが運搬しようとしているそれは危険です。ここで廃棄することを推奨いたします」
 マリエル、マリエルのことを言っているのか。マリエルをここで捨てておけと言っているのか。
「それはできない」
 ボクは拒否した。
「かつて天の御使い達はこの世界の完全環境制御システムの破壊を試みました。あなた達人間の害となる存在です。ここで破壊することを推奨いたします」
 何を言っているのか、よく分からない。
 ただ、マリエルがボク達人間の害になる存在であったことだけはわかった。
 だが、それでも。
「それならボクが責任持ってこの子を見守るよ」
「推奨しません。危険です」
「それなら、ボクが上手いことどうにかするよ」
「危険です」
「―――それだけかい?マリエルを治せないなら、もうボクは帰るよ」
 ボクは己の身体とマリエルを引きずって、大部屋をあとにする。
 何かが追跡してくる様子はない。
 広い通路を歩きながらボクは気づく。
 マリエルの身体が独りでに治っていっていることに。グジュグジュと音を立てて蒼いマーブル模様が視界から消えていく。
 ボクはその不気味なはずのその光景に安堵する。謎の修復装置とやらを使わなくても、しばらくすれば歩けるほどには回復しているだろう。

 そのあとはどうやって帰ったかよく覚えていない。途中でマリエルが気がついて動いたことに安堵したのは覚えている。そのあとは、逆にボクが支えられて家に連れていかれたような気もする。
 そして、次の日の朝になっていた。
 ボクは簡易ソファから身を起こす。そして、寝室へ向かった。マリエルの様子を見るためだ。
 ドアをノックする。
「入るよ」
「はい」
 静かなマリエルの声だけが返ってきた。ソフィ姉さんはもう出かけたのだろう。
 扉を開けて、寝室に入る。
 マリエルはベッドの上で身を起こし、ぼうっとしていた。
「マリエル?どうしたんだい?」
 声をかけると、緩慢な動作でマリエルは顔を向けた。
「ワタシは、何かを成し遂げなくてはならないんです」
 ポツリとマリエルは言った。
 ボクは何と答えればいいのかわからず、黙っている。
「ですが、昨日は機械守護者マシンガーディアン一体に苦戦しました」
 マリエルはベッドの上で膝を抱え、俯く。
「ワタシは、何か成し遂げなくてはいけないことがあるのです。でも、それがわからないのです。どうすればいいのか皆目見当がつかないんです。達成できるのかもわかりません。でも、それでも前に進まなくてはいけないんです。きっとそれが皆さんのためになるから。でも、独りじゃ自信がないのです」
 マリエルは言葉を切る。それから窺うように下からボクを見上げる。
「だから、その…」
 口ごもるマリエル。
 ボクは自然に、当然のように応える。
「いいよ、手伝ってあげるよ」
 その言葉にマリエルはが顔を上げる。
 もしそれを完遂してしまったら、人間が住み辛い世界ができあがってしまうかもしれない。
 それでも―――
「ありがとうございます、エレイズ!改めてよろしくお願いします!」
 マリエルがぱあっと輝くような笑顔を浮かべると、どうでもよくなってしまう。
 ボクは全ての問題を先送りにすることに決めた。
 本当は深く考えなくてはいけないことかもしれないけれど。
 それでもいいじゃなか。
 好きな子の笑顔が見れれば、それだけで。
「うん、よろしく。マリエル」
 笑顔でボクはマリエルに応えるのだった。
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