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第一章 御伽の土地
『第一茶室』にて
しおりを挟む――ユメビシを気絶させた後。
寛大な俺様は、青い顔で魘されてるこのガキを室内まで運んでやった。
「いや、引きずったせいで、砂やら草やら凄いんだけど」
「俺は繊細なの、力仕事は極力しない」
「はいはい……って、なにするの?」
「苦情を入れてやろうと思ってな」
トキノコに子守を任せ、部屋の隅に置かれたブツの前へ移動する。
配線など繋がってない、一見すればただのお飾りである黒電話。
その受話器を取り、闇に向けて命じた。
『第一茶室だ、傘ザクラに繋げ』
少し待てば、虚無であった空間からジジっとノイズが走った後、呑気な声が返ってくる。
「はーい、もしもし。こちらヨミト」
先程の警報を含めた島内放送は、全て傘ザクラを拠点として発信されている。
目当ての男は、案の定まだそこにいた。
「単刀直入に聞く。今回の騒動、心当たりがあるんじゃないか?」
「ほう? ボクが疑われている要因を、聞いてもいいかな」
しらばっくれるかと思いきや、奴はどこか楽しそうに、俺の返答を待っている。
「……ユメビシと思われる少年を、第一茶室で預かってる」
「ははーん、なるほど興味深いね。それなら急に境界が脆くなったのも、彼がキミの元へ現れたのも納得だ」
「あんた、確実に裏で糸引いてたな?」
「まあ、そうかもね。でも今は話すつもりもないから、説明はまた後日。あぁ、一応断っておくと、キミの庭師が帰って来ない件については、何も関与してないからね」
「安心しろよ。そこは弁えてるつもりさ」
「うんうん。そのサッパリした性格、結構気に入ってるよ」
「気色が悪いな。それで、こいつをどうするつもりだ?」
「そうだなぁ。とりあえず傘ザクラで保護したいね。とは言っても、こちらも人手不足だから……あ、トキノコはまだいるかい?」
***
――思い出したくないような、懐かしいような。
そんな夢を見ていた気がする。
ゆっくり瞳を開けると、素朴な天井の木目が広がっていた。
今は何処に居るのだったか……。
必死に現在の状況を推察していると、見覚えしかない少女と目が合った。
「あ、おはよ~う。気分はどう?」
「……腹が、痛いです」
「うっ、ごめんなさい……あの、手の方! そっちはどうかな?」
「言われてみれば、随分楽になった気が……」
ハッとして飛び起きる。
何故かいつもより開放感があるな……と思っていたら、両手が剥き出しになっていた。
「元気そうで良かった~やっぱり、室内で休むとよく効くね」
「感謝しろよ。特別に通してやったんだ……て、聞いてないな」
「シュンセイ、もう縫い終わったの?」
「まあな。ほら、これ探してんだろユメビシ」
唖然とする俺をよそに、見覚えのある手袋が差し出された。
横を振り向けば、裁縫道具を広げた男が不機嫌そうな顔で座っている。
「え、あぁ……どうも」
――ん?
「さっき取り外した時、ボタンが取れてな。いいだろ。直してやったんだから」
「いや、そうじゃなくて」
「本当に器用だよね、私には無理~」
「適材適所だろ」
――この違和感はなんだろう。
厳密に言えば、二人の態度。
……名乗った覚えはない、はずだ。
その上、両手を見ても驚かないどころか、友好的に接してくる。
『んー、覚えてないのはキミだけさ』
俺だけが、覚えてない……?
突然降ってきたのは、かつて誰かに言われた言葉。
――いつ、どこで、誰に。
喉まで出かかっている正体に、後一歩で辿り着けない。
「お困りのようだね、大丈夫? 自己紹介とかして親睦深める?」
「その……二人は、俺のことを知ってる風に聞こえたが」
「別に全てを把握している訳じゃないが、知らない仲でもない。まあ俺からも聞きたいことあるし、情報交換するか?」
「それは助かるよ」
「……分かった」
そうぶっきらぼうに呟いた彼は、前髪を片手で軽く掻き上げた。
額が露わになったことで、色白い肌に映える相変わらず濃いクマが、より不健康そうな印象を植え付けている。
しかしその一方で、瞳の奥には物事を見極めようとする、真摯的で鋭い光があった。
「よし。まずお前の悩みを一つ解消してやる。俺達がユメビシの名やら事情やらを知ってたのは、当時あの現場に立ち会ったからだ」
「…………なんだって? それじゃあ、ここはあの時迷い込んだ、」
「まあ厳密に言えば、お前が発見されたのは別の場所らしいが。大きな土地という括りで言えば、そうなるな」
「ユメビシはまだ幼かったし、それどころじゃなかったもんね。覚えてなくても不思議じゃないよ」
驚きはしたが、彼らが当時の関係者なら、こちらの事情を知ってるのにも納得だ。
そう……彼ら?
「えっと……君も、いたのか?」
「そいつ、見た目はこれだが、年齢はお前より上だぞ」
「え」
「まあ、どちらを誕生日とするかにもよるけどね」
「……?」
「でも! きっと、私がお姉さんだぞ~改めてよろしくね、トキノコです」
「……宜しくお願いします」
「で、こっちが第一茶室の主人、シュンセイ」
「敬えよ」
実は俺より歳上と判明したトキノコはシュンセイの膝に飛び乗り、彼もそれを受け入れている。
その仲睦まじい姿は、歳の離れた兄妹を連想させた。
「そう言えば、さっきから度々聞く『第一茶室』は、今いる建物のことか?」
「半分正解で、半分不正解だな。『第一茶室』ってのは、この独立した神域を指す名称。あとは企業秘密だ」
「……一旦、分かったことにする」
「いい心がけだ。そして仮にもここが心臓神域である以上、易々と内部まで辿り着けない仕様になってたはずだが……お前、本当どうやって入った?」
――雲行きが、変わった。
場にひりつく様な緊張感が走る。
どうやらシュンセイにとって、これが一番重要な問いかけらしい。
「……うん。簡易ではあるけど、入り口を隠す呪いもあったのに。ユメビシに続いて喰い姫が、こうして侵入出来てるもんね」
「俺はただ、目が覚めたら下の階段の途中で倒れていたんだ。それで……とりあえず登ってみようかと」
「あ? そんな所で寝てたのお前? あのな、階段の麓含めてうちの領域なのに、すでに中にいたなんてあるか。それ以前は何処にいたんだ」
「それが、よく思い出せないんだ。てっきりこの上から転がり落ちて、気を失っていたとばかり……シュンセイこそ何か心当たりはないのか?」
「…………あー、俺はないんだが」
そこで会話は打ち止めになって、沈黙が訪れる。
シュンセイは仏頂面で何やら考え込み、その様子をトキノコが心配そうに見つめていた。
「シュンセイ、もしかして……」
「あぁ。ほぼ間違いなく、うちのトラブル製造野郎の企てに巻き込まれたんだよ。詳しい内容までは知らないが」
「またヨミトさんか……。ほら、放送で喋ってた男の人いたでしょ?」
「……あぁ、あの」
ピンポン、パンポン言ってた奴か……と思い返していると、シュンセイは渋々と口を開いた。
「重ねて残念な知らせだが、そいつからの指示でな。お前を保護したいからトキノコに送って貰え、とのお達しだ」
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