幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

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第一章 御伽の土地

再・再会(前編)

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 トキノコの叫び声を耳にしながら、真っ逆さまに落ちた先。
 現在俺は、崖下から生えた大木の茂みに引っかかっている。
 これのおかげで地面との正面衝突は免れた。
 
「はぁ……なにやってるんだか」

 ……俺は余程のことがない限り、恐らく死なない特異体質だ。
 負う痛みと治る痛み。
 二倍の苦痛を以ってして、怪我はたちまち治ってしまう。
 喰い姫に砕かれた骨も、トキノコが診ようとした際、ほぼ完治していたほどに、その治癒力は凄まじい。
 
 裏を返せば、どれだけ痛く苦しくても、死という結末を許されない。
 その辺りの事情は……特に告げる必要もないと思って、口にしなかったが。
 今となっては、余計な心配をかけない為にも言えば良かったな、と反省した。
 落下の途中、崖の出っ張りに衝突して肋骨にひびが入ったくらいで、もう問題なく動ける。
 
 ――さて、どうしたものか。
 
 木登りや崖登りも別段苦手ではないが、流石にこの格好で絶壁を登れると、過信もしてない。
 そうなれば一番確実で、現実的な案としては……。

「降りるだけなら、簡単だしな」 


 ***
 
 
 安全に上へ戻る方法を探すべく、木の根元まで降りてくると、しっとり肌を湿らせる重い霧が出ていた。
 それは片腕を伸ばした先までの範囲しか見通せないほど濃いため、手探りで障害物となる木々を避けながら、崖沿いを進む。
 
 『何処かに必ず上へ登る手段があるはずだ』
 そう考えてのことだったが、歩くほどに方向感覚を奪われ、気づけば一つの道標だった崖も見失い、同じような木々が立ち並ぶ林の中を彷徨っていた。
 これは良くない、と元来た道を引き返そうとした……しかし。
 
「……タス……ケ……テ」
 
 何かに呼ばれたのだ。
 それは細い小川が隔てた先。
 体を小さく折りたたみ、うずくまって泣いている者の声だった。
 
 ――自分と同じく迷ったのだろうか?
 
 飛び越えられない幅ではないから、あちら側へ行くのは難しくない。
 ……それにしても何故、のか?
 
 不思議に思いながらも、一歩踏み出そうとした瞬間。
 
 
「それ以上はいけないよ」

 
 そんな台詞と共に、突然後ろから力強く腕を引かれる。
 頭上から聞こえた男の声は、聞き覚えがあった。それもつい最近。
 その者は、傾く体を難なく抱き止め、空いた手で俺の目を塞ぐ。
 
 背中越しに伝わる、どこかひんやりとした感触――なんだろう、前にも、似たようなことが……。
 
 
『それ以上奥へ行ってはいけないよ』
 
 
 あの時と違うのは、体格差……いや、厳密には身長差。
 この男を、もっと大きな存在と認識していた気がする。
 それが一体何を指し示すのか?
 

『……まで送ろう』
 
  
 単純かつ明快。俺が小さかったのだ。
 …………あぁ。だからきっと、幼かった頃の話だ。
 
 ならば、どこで会った?
 実家……でこんな軽々しく俺に接する者はいなかったし、外部の者と関わりを持ったのは、あの一度きり。
 俺の人生を狂わせた、忌まわしい一夜。
 

『――ワタシの名は……ト』
 
 
 かつて掛けられた言葉の節々が、蘇る。  
 
「まさか、」 
「しーっ。問題児だね、まったく……こんな場所まで来ちゃってさ。ほら、戻るよ」
「なに、が」

 耳元で話しかけないでほしい。
 それ以前に、この至近距離をどうにかしたくて腕の中でもがいてみるが、びくともしない。
 
「こら暴れないの。は残骸だ。分かりやすい罠だよ。ここの小川は此岸こちら彼岸あちらを隔てる境界……言ってる意味分かる?」 
「……なんとなく」 
「よろしい。くれぐれも目を合わせないで。ちょっかい出される前に行くよ」
「まさか、助けてくれたのか?」
「うーん、そうなるかな? さあ。ボクだけ見て、ボクの声だけ聞いて、ついて来なさい。それとも……」
 
 その台詞を合図に拘束が解かれ、パッと身体が離れた。
 男はわざわざ正面に回り込み、顔を覗きこんで、視界を独占してくる。
 そんな銀色の長髪で片目を隠した優男は、妖しい笑みを浮かべ、口を開いた。
 
みたいに、手を繋ぐかい?」
 
 閉ざされていた幼少期の記憶が、呼び起こされる。
 やはりそうだ、どうして今まで忘れていたのか。

「結構だ! 子供の頃と一緒にするな」  
「そう? じゃあ、はぐれないようにね」

 つい今しがた見せた妖艶な表情はなりを顰め、人当たりの良い雰囲気で微笑み、歩き出す。
 一瞬躊躇したものの、ここにとどまっても仕方ないので大人しく後へ続いた。
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