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第一章 御伽の土地
再・再会(後編)
しおりを挟む男の後ろ姿を眺めながら、情報を整理する。
この人物とは幼少期、手を失ったあの夜に一度だけ出会った。
その時も今回のように、助けて……貰った気がする。
――でも、何故だろう。何かが、ひどく胸に引っかかる。
加えて姿を見た瞬間から、体が全力で拒絶してるみたいに、悪寒が止まらない。
「……確認だが、ヨミトだな? あんた」
我ながら、つっけんどんな言い方だと思ったが、聞かれた背中はくすくすと揺れている。
「うんうん正解。久しぶりユメビシ。相変わらず、迷子になりやすいみたいだね」
「よく俺のいる場所が分かったな?」
「あぁ、監視してたんだキミ達のこと。だからこうなった経緯は、概ね知ってるよ」
「……監視?」
「そう、例えばユメビシが救った少女とトキノコ、二人とも無事だよ。お手柄だったね」
――こいつ、どこまで信用していいんだ?
「おや、まだ怒っているのかい?」
「怒りというよりも、不信感が勝るな」
「それは安心していい。ここにいる時点で、賭けはキミの勝ちだよ」
「……は、賭け?」
『――賭けてみようか』
脳裏で……声が反響する。
これは幼少期に聞いたものじゃない。
それなら、いつ、どこで、聞いたものだ?
つい最近のようにも、気が遠くなるほど前のようにも感じる。
突然、鼻腔をくすぐる癖の強い香りが漂ってきた。
これは……磯だ。海が近いのだろうか?
「うん。ここまで来れば大丈夫。見てごらん、立派だろう? ここが正面玄関みたいなものでね」
考え込みながら歩いていたせいか、周りの風景や足元の感触が、すっかり変わっていたことに気づけなかった。
顔を上げて目にしたのは、靄が漂う海岸。
天気自体は良いはずだ。雲一つない空。
しかし、浜から少し離れた海に鎮座する、木で出来た大きな鳥居より先の景色を、拝むことは叶わない。
――とりい、……鳥居だって?
鼓動が速まる。
断面的な風景画が、脳内から無理やり掘り起こされた。
そこは。どこまで行っても似たような木々に囲まれた林。
あれは。荒れた参道に、急な傾斜の階段と鞠月神社と書かれた鳥居。
それは。整えられた境内に手水舎。
そこに。突如として現れた男。
――賭けてみようか。
突き出された手に押され、体勢を崩した先に待ち構えていたのは?
――水面へ引き込む無数の手と、冷たい闇。
あの後……どうなったのか。
それだけは、一向に思い出せる気がしない。
「でも……少しづつ、思い出してきた」
「あぁ、記憶障害出てる感じ? 大丈夫だよ、そのうち全部思い出すから」
ヨミトはいつの間にか、自分だけそこら辺の岩に腰をかけ、得意げに言ってのけた。
それが妙に優雅な所作で話すものだから、少し癪に障る。
「誰のせいで、こうなったと思って……」
「ま、ボクだよね。この場合」
何故こうも悪びれず、涼しい顔をしているのだろうか、こいつは。
いっそ清々しいまでの曇りなき眼だ。
殺人未遂のような真似をしたというのに。
「……それに、どうして断言出来るんだ。記憶が戻るなんて」
「想像の域を出ないけど、例えるなら。長い間夢を見ていて、『夢の中の自分』を『現実の自分』と認識してしまい記憶が混濁した。その名残りなんじゃないかな? 夢は所詮、夢だ。仮初に過ぎない。現実での日常生活を繰り返せば、いつか思い出すだろう」
「日常生活、か……」
「さて、ボクからも質問。初歩的な質問ではあるけど、念の為。キミはどうして鞠月神社を訪れたのかな?」
「それは、」
盲点だった。大前提として、何の目的があったのだろう。
……いや、冷静に考えたら神社を訪れる目的なんて、普通参拝以外に何がある?
とは言え、この考察には不思議と納得出来ないし、それを根拠づける材料もまた、記憶にない。
――どうしてここまで、思い出せること、思い出せないことにムラがあるのか?
ヨミトが言うには、俺は何処かで長いこと眠っていた。
その後、明確な目的を持って、自分の力で脱出したらしいが、詳細を覚えてない。
それは眠っていた時の夢が原因と考えられる。
現実と錯覚するほど長く夢に触れていたせいで、記憶が侵され、目覚めた今も大部分の記憶が混濁しているから。
いやいや……果てしなく胡散臭いな。
そんな俺の沈黙を、予想通りと言わんばかりの表情で、彼は問いかける。
「答えられない? それとも、思い出したくない?」
勝ち誇った様に核心に迫る物言いは、俺の神経を逆撫でする。
「思い出したいに決まってるだろう! それが出来れば、こんなに苦労してない」
「それは良好。だって向き合うために戻ってきたんだろうし」
「……!」
「だから自分の力で脱出し、縁が強い第一茶室に抜け落ちた」
――もう、何を言われても聞き流そう。
全て真面目に聞いていたら気が狂ってしまう……そう心に誓った矢先だった。
ヨミトは芝居がかった調子で語りかける。
「んー、とは言ってもね。まさか出てこられるなんて。もう間に合わないと思っていたよ。あれから約70年だからね。そろそろ、もう堕ちたかなーと思ってたんだ」
「は…………?」
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