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第一章 御伽の土地
御伽の真髄
しおりを挟む意気込んで早々、いきなり素通り出来ない単語が出てきた。
「あぁ、ごめん。正確には69年だったかな?」
――なにを言ってるんだ?
そんな浦島太郎的な話があってたまるもんか。
浦島太郎はいいさ、楽しく過ごした思い出がある。
それに比べて、俺は眠っていた間のこと、何も覚えてないんだぞ。
「いやいや。そうじゃなくて、冗談はよしてくれ」
心の中の独り言に対する訂正は、ヨミトに対する苦情と完全一致し、口から漏れ出た。
「冗談じゃないさ。ユメビシがある場所で過ごした年数。なに、些細な時間だろう? ボクらからすれば」
「そんな訳ないだろ、一大事だ……!」
「まあ今は実感無くても、そのうち分かるよ。惨いよね21世紀」
「実感以前にお前の発言を信用したくない!」
「はははっ! 嫌われちゃったなぁ……て、どこに行くんだい?」
このままでは埒が開かない、と踵を返した所を呼び止められる。
正確には強い力で手首を掴まれてしまい、振り解けない。
「とにかく……! 俺は、もう少し信頼できる筋から話を聞きたいんだ」
「えぇーー、さーみーしーいー。そんな信じられない? 嘘は言わないタチなんだけどなぁ」
「その口調が胡散臭さに拍車をかけてるんだよ!」
「まあまあ、それはそれとして。ダメだよ、ユメビシ。この島にも色々ルールがあるのだから」
「は、島……?」
「そう。今いるのは本土から離れた孤島で瞑之島」
ヨミトは空いてるもう片方の手で、地面を指差す。
「待て待て。船は苦手で乗れないんだ。どうやってここまで……てまさか、眠ってる間に輸送したのか、この外道!」
「人聞きの悪い子だね。ここしばらく、船なんて使えてないよ。そんなものなくても鞠月神社と繋がってるからね。ユメビシも、あそこを経由したでしょ?」
「…………神社って、どこにあるんだったか」
「本島だね。今でいう千葉県」
「……それがどうして、海を渡った先の島に繋がるんだよ。騙されないぞ」
「そりゃ神域で繋がってるからね。物理的に地中で繋がってる、とかではないよ」
――神域、またこの単語だ。
最近よく聞くが、この島と密接な関わりがあるらしい。
「この島、一体どうなってるんだ。普通とか一般常識から、かけ離れ過ぎだろっ」
「そうなんだよ! 喜ばしいことに、曰く付きまくり! なんと言っても現代まで残る御伽の島だからね」
「は……御伽?」
「一言で表せば、幽世と現世の中立地帯を担っているのがこの瞑之島。遥か昔より、この土地には妖が取り憑いているんだ。なに、気の良い怪異さ。その穏やかさ故か、何かしらの事情を抱えた人間や妖が拠り所とし繁栄。街まで出来た」
ヨミトは先程と打って変わり、静かで落ち着きのある声色で語る。
手はすでに離されていたが、この場を離れる気にはなれなかった。
理由は、出会ってから一番真剣なヨミトの面構え。
それだけで、この話の重要性を思い知るには、充分過ぎる。
「ここの住人達は、他者との繋がりを大事にする傾向が強い。よって、皆知らない顔には敏感だ。つまり何が言いたいかっていうとね……」
「嫌な予感」
「お察しの通り。今ユメビシ一人で、自由に散策をすることは出来ないし、島からも当然出られない。ボク無しではね」
「…………最悪だ」
心の底から嫌だ。気が乗らない。一緒にいると疲れそう。
そんな拒絶三拍子が出てくるくらいに絶望的な人選だった。
その直球すぎる感情が、深く、眉間の皺となり現れたことだろう。
「まあまあ。しばらくはボクの言うことを聞いて、大人しく過ごすことだね。それが穏便に過ごすコツってやつさ」
「致し方ない、のか……それで俺をどうする」
「シュンセイから聞いてないっけ? 傘ザクラという宿舎で保護してもらうんだよ」
そういえば、元々そのような運びになっていた。すっかり忘れていたが。
「改めまして、ようこそ。そしておかえり、ユメビシ。季楼庵はキミを歓迎するよ」
「キロウアン?」
「島の中枢を担う組織といったところかな。ちなみにこのヨミトは、そのNo.2さ。以後お見知り置きを~」
そしてヨミトは、再び進み始める。
海から生えた鳥居に背を向けた一直線上の浜辺の先。
綺麗に舗装された緩やかな段差、もとい階段が長く上へ続いている。
階段を数段登って最後に一度だけ、海を振り返った。
相変わらず靄が立ち込めており、鳥居から先は途端に景色が曖昧になる。
橙が溶け出した水面はどこか不気味で、本当に御伽噺にでも出てきそうな光景だな、と。
そんなことを思った。
「ユメビシー、先を急ぐよ。夜が来てしまうからね」
上段で俺を呼ぶ声が聞こえる。
手招きしながら、先の知れない場所へ誘おうとしている、妖しい男。
それはまるで……。
「……神隠し、なんて」
「ん、何か言ったかい?」
「なんでもない、今行く」
一段上がるごとに、例の仕舞い込んでいた鈴がコロンと鳴る。
そんな控えめな囁きが、今は不思議と頼もしく思えたのだった。
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