幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

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第二章 廻る帰還

発症『開花寸前』(前編)

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「チナっ……!?」
 
 その呟きを皮切りに、アリマは血相を変えて走り出した。
 トキノコと顔を見合わせ、彼の後を追いかけると、廊下の突き当たりにある「104号」と書かれた扉の前に行き着く。
 
「チナリどうした!? 入るからな!」 
 
 乱雑に開かれた扉の先には、二人分の影があった。
 一人はもがき苦しみ、もう一人はその者に寄り添っている光景。
 
 ――しかし到着した三人は、ほぼ同時に、ある異変に気がついた。
 
 それは、気絶していた少女が目覚めたことを指すわけでも。
 さらに、痛い、痛い、とベッドの上で暴れてる状況でもない。
 
 ただ一点。
 少女の首元から這い出て、自由に蠢く、赤黒い蔦。
 
 その意味を正しく理解し、即座に反応出来たのは、二人だけだった。

 
 ***
 
 
 ――数時間前。
 
 トキちゃんが一人の女の子を抱え、この傘ザクラへやってきた。
 ヨミトさんの指示で、ここに運び込むよう言われたからだ。
 見ればどこぞの制服を身につけているから、中高生であるのは間違いないだろう。
 しかし、所々木の枝や葉などがついてるし、露出した肌にも細かい擦り傷が見られる。
 この格好で山中を走り回っていたというのは本当らしい。
 
 聞くところによると、何かから逃げている最中で崖から落ちそうになったのを、救われたそうだ。
 助けた少年……確かユメビシと言ったっけ。
 彼が代わりに崖下へ落ちてしまったらしく、今ヨミトさんが迎えに行ってる。
 監視役のユキタケが言うには、どうやら無事なのだとか。
 
 JK(仮)をトキちゃんから受け取るが、気を失ってるようで全体的にぐったりとしていた。

「ユメビシが落ちたのを見てから、ずっと意識がないの。余程ショックだったみたい」 
「……トキちゃんも心配なんでしょ? こっちは大丈夫だから、ユキタケの所行っておいで」
「ごめんね、二人とも。私も後から顔出すね!」

 そう言い残し、俺らの共有スペース兼、居間の一角を占居している男の元へ駆けて行った。

「アリマ、早く客室に運ぶよ」  

 チナリに急かされながら、たどり着いた先は104号室。
 6部屋ある客室の手前三室と奥三室で、男女を分けているためである。
 とは言っても、室内の作りはどこも同じで、一人がけの椅子とテーブル、それにベッドが置いてあるのみ。
 ベッドの上に少女を横たわらせると、廊下を挟んだ向かいの給湯室から、洗面器にお湯を汲んできたチナリが入ってくる。
 
「後はやっておくわよ。と言うか、男は出ていって」 
「へいへい。じゃあ夕飯の支度してくるけど、一人で平気か? なにかあったら、すぐ呼べな」
「もう、大丈夫よ。心配性なんだから……」 

 呆れた表情で返されてしまう。
 確かに誰かを匿ったり、保護したりなんかは、傘ザクラじゃ珍しくない。
 加えてチナリは応急処置にも対応できる、うちの医療班とも言える存在だ。
 
 ……しかし、なんだろうな? この胸騒ぎは。
 ドアを閉める間際まで、チナリの長い髪に隠れた、その細い背中を脳裏に焼き付ける自分がいた。
 あまりの死亡フラグっぷりに、流石に笑えないな、と自身の頭を小突く。

「考えすぎ、か」  

 一呼吸置いて、台所へ向かった。
 今日は肉じゃがにしようか、などと呑気に考えながら。
 
 
 ***


「離れろチナリ!」 
   
 悪い予感ほど当たってしまうものだ。
 そう自嘲しながらも、真っ先に体が動いたのは、アリマだった。
 
 少女の首を苗床とし、急激に成長を遂げる忌まわしき寄生妖植物。
 残念ながら、チナリにそれを視る手段はない。
 ……故に、自分がいかに危険な状態にあるか、知りようもないのだ。
 
 毒々しい色味をした蔦は、寄生主を守るため、外敵を排除しようと躍起になっている。

「こっちへ! その子は……っ」  
「…………え、アリ、マ?」

 チナリの白い頬に、絹のように艶やかな髪に、小さな赤い雫が飛ぶ。
 
 それは彼女を咄嗟に引き寄せ、容赦ない蔦の攻撃から身を挺して庇った、彼の勲章だった。
 アリマの左頬から、絶え間なく血が滴り落ちる。
 
「な、なんで切られてるのよ……! あと重いわよ!!」
「あのな! 彼女、華災獣かさいじゅうになりかけてるの! お前、危なかったの!」   
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないでしょ! ……二人とも戻ってこれそう?」
「……あーいや、無理そうトキちゃん! 隙がないっっって、怖いわ! ペチペチするなっ!」
 
 そう叫びながらチナリを庇うアリマの周囲には、シャボン玉みたいな膜が覆い、蔦を弾いていた。
 両手で掲げられた麺つゆボトルを中心とし、結界が張られているのだ。

「絵面はアレだけど、アリマの集中力が続く限り、私達は大丈夫」  
「上出来だよ、もう少し耐えて! あとは……任せて」    
 
 トキノコから、普段の明るさはなりを潜めた、酷く冷たい声が発せられる。
 その手にはどこから取り出したのか、剥き出しの脇差が握られており、その殺気混じりの気迫を前に、ようやくユメビシは我に返った。

「……待ってくれ! トキノコ、なにを」
「ユメビシ。悲しいけど、彼女とはだよ」

 トキノコは前を見据えたまま、素っ気なく答える。
 その感情が乏しい態度を前に、これから起こるであろう血生臭い展開が頭をよぎった。
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