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第二章 廻る帰還
新しい名を(前半)
しおりを挟む――神域には、それを形成するための核が必要となる。
『第何茶室』と呼ばれる神域では、その名の通り『茶室』が核をなす。
しかしこの隔離空間に限っては、御神木などと呼ばれる大樹こそが、その機能を果たしていた。
遥か昔より多くを見聞きし、全てを知りながら沈黙を守る、義理堅いそれに。
中立さの象徴か、『記憶する者』の同業故か……。
この場所を管轄する男は、その在り方に敬意を払いながら、そっと息を吐いた。
「今日の話し合いは、至ってシンプルでね。知っての通り、キミ達二人の処遇についてさ。まあ、方針はある程度決まってるんだけどね。まずは彼女の件から始めようか。トウノサイ、報告を」
「はい。ご覧の通り、蟠華摘出に成功しています。後遺症の有無については、まだ判断出来ないとは言え、初の生還者です」
「昨夜は、何事もなかったかい?」
「えぇ。再発することも、身体が崩れることもなく。非常に静かな眠り姫でしたよ。今朝方、ご自身で起き上がりましたし」
「とは言ってもよぉ。俄には信じ難いってのが、本音だなぁ。そんな都合良くいくもんかね?」
カナンの指摘はごもっともであった。
長年に渡り、碌な解決策が講じられない難問だったのだ。
そんなあっさり解決するものか、と。
「まぁ、そうなりますよね……では、証明になるか分かりませんが、三木君。首の後ろを、こちらに見せて下さいますか?」
「は、はい」
自身に関する話し合いとは言え、どこか他人事のように眺めていた三木しずな。
しかし、皆の視線が集まっていると気づき、意識は現実に引き戻される。
逃れたい一心でいそいそと身体の向きを変え、ぐっと髪を引き上げて、項を晒した。
果たしてそこに、何があるのか?
彼女は当然、知る由もない。
……僅かに、場がざわつく。
「こりゃあ……」
「あら、全てが元通りって訳じゃないのね。完全に摘出できてるけど、まるで火傷痕みたい。蟠華だとこうなるのかしら?」
痛ましそうな表情を浮かべるカナンとは対照的に、純粋な興味により口元を緩めるリンシュウ。
そして不思議そうに、項をさすって確認する三木。
「……え? 今は痛くも、痒くもありませんけど……」
「うーん、トウノサイの見解は?」
「こればかりは管轄外ですね。篝針に診せた方が確か、かと」
――篝針。
この瞑之島に唯一存在する医者……正確には二人の闇医者である。
倫理観に若干問題があるものの、腕利きな二名ならば一つの回答を提示出来るだろう。
そんな綱渡りな信用の上における提案であったが、診察の対価を支払うのはあくまで三木であることを、トウノサイは口にしなかった。
『島民の誰もが一度は通る洗礼だ』と言わんばかりに。
コホン、と軽く咳払いし、三木にとって予想外の言葉を、彼は続けた。
「どちらにせよ、簡単には帰せないでしょうね」
「それって、どういう……」
途端、真っ青になった顔色と、今にも消え入りそうな声で呟く少女。
良からぬ想像を働かせているのは、明白だった。
「あぁ、勘違いしないでね。『しばらく瞑之島から外に出ないで~』ってことさ。キミの安全の為にも……って言えば、聞こえは良いんだろうけどね。正直な所、こちらで保護してしまった方が色々と都合良いんだ」
「三木君にとっても、悪い話じゃないでしょう? 少なくとも身の安全は保証されますし。ただし明確な期限については、お答え出来かねますが」
「わたし、は」
――どうしたら、良いんだろう?
だって、そんな、急に言われても……どうしよう、頭が上手く回らない。
「一つ言っておくが、自分の意思で決めろよ。望まない奴が居座った所で、迷惑なだけだ。今の状況をお前がどう受け止めて、どうしたいのか」
シュンセイの一言は、厳しい口調ながらも、冷たさを孕んでいなかった。
その声音は寧ろ、三木を本心から案ずるもの。
それが上部だけの気遣いよりも、ずっと温かく感じ……彼女は、本来の冷静さを取り戻し始めた。
――そうか。私自身が、どうしたいのか。
トウノサイから軽い説明を受けたとはいえ、だ。
この人達のことも、今いる此処が何なのかも、全て理解出来てるわけじゃない。
だけど、これだけは言える。
いくら地元とはいえ、あんな場所……本当は、もう。
「……タタリ」
「あ? 祟り?」
「最近、地元のあちこちで奇妙な事が起きてたんです。お年寄りは口を揃えて祟りだと言うし、みんな神経質になってて……正直、帰りたくないんです。その点、保護して頂けると言う事なら、寧ろ有り難くて。ここに置いてもらえるなら、出来ることはなんでもします」
「……ふん。そうか」
シュンセイは決して多くを語らないが、三木の返事は及第点だったらしい。
短い相槌の後、目元が僅かに和らいだ。
「あの、でも出来れば一度、最低限の荷物だけでも、取りに戻りたいのですが……」
ここに居ろと言われたばかりだったが、ダメ元で頼んでみる。
暫く家を空ける事になるなら、どうしても取りに行きたいものがあるからだ。
「それくらいは許可しよう。どのみち蟠華を目撃した現場に、誰か派遣するつもりだったしね。護衛付きで短時間の滞在なら、問題ないだろう。キミの口から暫く不在する旨を、家族なり友人に上手く伝えてほしい。我々としても、出来れば穏便に済ませたいからね」
「あ、ありがとうございます……!」
「よし、それじゃあトオツグ、これからの動きだけど……」
三木の返事を皮切りに、ヨミトはトオツグや主人達を交え、打ち合わせを始めた。
内容としては、誰を同行させるか、移動手段をどうするか、烈奇官への対応は……といったもの。
しかしながら、ユメビシと三木は、飛び交う単語一つ取っても聞き慣れないものが多く、二人は蚊帳の外だった。
そんな中、ユメビシは彼女の小さな変化に気づいた。
三木は爪が食い込むほど強く、手を握りしめ、何かに耐えていた。
「あまり握り過ぎると、跡が残るぞ?」
「え……あはは、すみません。なんだか緊張してたみたいで」
可笑しいですよね。
そう照れ笑いを浮かべ、未だ震える赤い掌をユメビシに見せた。
「……頑張ったんだな」
するとユメビシは自身の両手でそれを挟み込み、温める様に摩りだす。
「……っ!?」
三木は軽いパニック状態に陥った。
嬉しいやら、恥ずかしいやらで、顔に熱が集まるのを感じた。
対するユメビシは、善意100%からくる行動なのだろう。
その表情は真剣そのもの……だからこそ。
――ど、どうにかして話題を逸らさないと、私の心臓が持たない……!
「あ、あの! そういえば、ユメビシさんもここに住んでるんでしたっけ!?」
咄嗟に思いついた問いかけを、早口で捲し立てる。
幸いにもそれは、彼の気を逸らすのに充分な効力を持っていたらしい。
触れていた手が自然と離され、今度はユメビシ自身の顎へ添えられる。
ほっとした様な、少し……寂しいような。
押し寄せるこの複雑な気持ちに、更に羞恥心を駆り立てられ悶絶していると、彼はゆっくり口を開いた。
「いや、俺は」
「……ユメビシさん?」
あまりの歯切れの悪さに不安を覚え、名を呼ぶが返事は返ってこない。
その瞳は何処か遠くを見ており、何だか寂しげで。
私はこれ以上、声をかけることが出来なかった。
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