31 / 55
第二章 廻る帰還
新しい名を(後半)
しおりを挟む――聞いてはいけない事、だったのかな……。
『私はなんて軽率な質問をしてしまったのか』と、一人反省会に突入する三木。
対して『自身でも今置かれてる状況が分からないのに、なんと答えればいいのか』と、半ば諦めモードに突入していたユメビシ。
両者の間を流れる気まずい雰囲気は、マイペースの化身と苦言を呈される男の、晴れやかな声によって掻き消された。
「おっ待たせ~。さて、ここからが本題なんだけど……にらめっこの最中かな?」
「そんな訳ないだろ」
何を言ってるんだ、と軽く睨み付けてやるが、いつの間にか縄の拘束を解かれたヨミトは、妙に上機嫌でこちらへ近寄る。
左手には、何やら葉のついた小枝を持っており、動くたびカサカサと揺れた。
「えっと……本題?」
「うん、キミに新しい名前を渡そうと思ってね」
ミキの前に腰を下すと、懐から筆をと取り出し、小枝と共に彼女の前へ並べる。
「私に? ニックネームの様なものですか?」
「まあそんな所。ちょっとした特典も満載だから、喜んで受け取ってくれて構わないよ」
「は、はあ……」
「まずは改めて、名前を教えてほしい。フルネームで頼むよ」
「……ん? ミキが名前だろ?」
「いえ、下の名前は『しずな』で、三木は苗字なんです」
ユメビシは雷に打たれたような衝撃を、一人静かに受け止めていた。
――何故、忘れていたのだろう?
そうだ。考えてみれば、名前には姓と名があって、当然だったじゃないか。
それは俺も例外なく、含まれているはずだが、『ユメビシ』以外思い出せない。
……いや、待てよ。ユメビシ?
今更ではあるが、変わった響きの名前だと思う。
何を思ってこの名を付けたんだ、と既に顔も朧げな両親を思い浮かべたが、彼らにこの名で呼ばれる光景は違和感でしかない。
ならば、いつからユメビシと呼ばれるようになったのか?
――思い当たる節なんて、一つしかなかった。
『……という名、ね。そうだなぁ……、ボクが贈る名は』
僅かに蘇る思い出は、現在目の前で繰り広げられている光景に重なった。
同一人物であろう男は、数十年前と変わらぬ姿と声でここにいるのだから。
「みきしずな、ね。そうだなぁ……うん、決めた! さあ片手パーにして、掌は上で」
三木は先の読めない展開に怯えながらも、言われた通りに左手を差し出した。
一体何をされるのかとヨミトを見れば、右手には先程の枝木。
――カサッ、カサッ。
こそばゆい刺激が数回、掌から伝わる。
生い茂る葉を打ち付ける様な動作は、どこかお祓いを彷彿とさせた。
その後、ヨミトは枝から筆に持ち替える。
筆先には、紅いインクの様な液体が付着しており、筆が掌を滑るとひやりと冷たい。
「はい、出来たよ」
「……? 『コエビ』って、え……!?」
自身の左手に書かれた3文字を読み上げる。
すると不思議なことに、『コエビ』の字が淡く発光し始めた。
決して痛くも、熱くもないけれど……。
「平気だよ。勝手に染み込んで、消えてしまうからね」
その宣言通り、文字は跡形もなく肌に溶け、綺麗に消え落ちていた。
それを見届けたヨミトは満足そうに微笑む。
「それじゃ改めて、ようこそ季楼庵へ。ここは多様な者達が、面白可笑しく助け合って生活しててね。保護すると言ったけど実際問題、此処での生活を円満に過ごせるかどうかは、コエビ次第だよ。働かざる者食うべからずってね」
――どうやら本当に、コエビと命名されたみたい。
それにしても、コ、エビ……何故に、海老?
不思議なネーミングセンスだと思ったが、早々にこの名を受け入れ始めてる自分もいた。
妙にしっくりきてしまったのだ。
「分かりました。それで私は何をすれば……?」
「喫茶ダリコロを紹介しよう。そこで上手くやってご覧。まずは無事の帰還を祈ってるよ」
「は、はい!」
「彼が同行するから、早速向かって欲しい」
ヨミトが指差す方には、先ほど通った鳥居の前に佇む、トオツグの姿があった。
私を待つ彼には申し訳ないが、どうしてもまだやるべき事……いや、伝えなきゃいけないことが残ってる。
「すみません……最後に少しだけ時間を下さい!」
中立者は少女と少年を交互に見た後、薄い唇で笑みを浮かべると、静かに立ち上がった。
「うん、構わないよ」
そう言い残し、元の位置へ帰っていくヨミト。
こちらの気持ちを汲んでくれた彼に感謝しつつ、コエビは目的の人物と向き合った。
ユメビシは心ここに在らずといった具合で、ピクリとも動かない。
なんだかずっと遠い場所を見つめる瞳は、彼の存在ごと、何処か遠くへ行ってしまった様で。
目の前にいるのに、何処にもいない……それが出会った時から感じてた、彼が纏う雰囲気の正体だ。
――ここの住人という訳ではないらしい彼と会えるのは、これが本当に最後かもしれない。
不安な気持ちは押し殺して、どうにかして笑みを貼り付ける。
歪だって構わない。泣くのが一番、迷惑をかけてしまうから。
「ユメビシさん」
……どうか、この気持ちが上手く言葉に出来ますように、と。
そんな祈りを込めて、私は、彼の名を口にする。
***
過去の朧げな記憶と、現在の光景を照らし合わせながら、こぼれ落ちてしまった何かに想いを馳せた。
……きっと、一度手から離れてしまったものは、簡単には戻らないのだろう。
それが嫌というほど身に染みて、罪状の分からない罪を暴かれた様な気分だった。
ふと、誰かに呼ばれた気がして、顔を上げる。
声の主は、どこか寂しげな瞳を揺らしながら、すぐ目の前にいた。
「ミキ……いや、違うのか……コエビ?」
「はい、ユメビシさん。私、そろそろ行きます。すみません、もっと早く言うべきだったんですけど……」
「こ、コエビ?」
「本当にありがとうございました。二度も、掬い上げてくれて……」
俺の静止を待たずして、彼女は突然深々と頭を下げた。
少し驚きはしたものの、続く感謝の言葉に、寧ろ俺自身が救われた気持ちになる。
先程まで金縛りにあったように、冷えて固くなっていた筋肉がじんわりと解されていく。
「……手が届いて良かったと、思ってる」
我ながら、愛想のない返事だと分かっていたが、これ以外に浮かばなかったのだ。
彼女は未だ顔を上げず、『その』や『えっと』と口籠もっている。
しかし意を結したのか、僅かに視線だけこちらに上げ、遠慮がちに尋ねてきた。
「……また、会えます、か?」
その様子がなんだか可笑しくて、つい口元が綻ぶのを感じる。
丸い彼女の後頭部に、ポンと右手を添えた。
「あぁ。コエビの帰りを待ってるよ」
「……! こ、今度改めてお礼させて下さいね……それじゃ、行ってきます!」
最後に、出会ってから一番の笑顔を見せ、彼女は駆け出す。
トオツグと合流し、二人揃って鳥居の向こうへ消えていく後ろ姿を、最後まで見送った。
0
あなたにおすすめの小説
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜
万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。
バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。
その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。
鬼が現れ戦う羽目に。
事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの?
この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。
鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます!
一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。
はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!
TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。
その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。
競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。
俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。
その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。
意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。
相変わらずの豪華客船の中だった。
しかし、そこは地球では無かった。
魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。
船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。
ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ……
果たして、地球と東の運命はどうなるの?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる