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第三章 非/日常編
エンカウント
しおりを挟む眠らない街でさえも、深い夜の香りに身を委ねたくなる魔の時間、丑三つ時。
随分と人通りの少なくなった道を、足早に進む影。
黒く長い外套を翻し、男は目的地へと急ぐ。
その表情は、焦燥を滲ませており、首筋から覗く刺青の龍だけが、不敵に笑っていた。
片手に下げた小さな紙袋の中には、最後の箱がカタカタと振動を続けている。
……箱が教えるのだ。8人目の獲物はあっちだと。
これまでと同じように箱の意思に従い、人当たりの良さそうな態度で女に近づき、箱を開けさせる。
ただ金払いが良かったから、引き受けただけの仕事。
雇い主が、何を考えてるかなんて、今となっては知ったことじゃない。
だって今日で全て終わる。
「ようやく解放されるんだ……!」
こんな気色悪いもの、早く手放してしまいたかった。
今晩もいつも通り、人目につくことだけは避けなければ。
ついこの前ヘマをしてしまい、どこで見ていたのか、雇い主にドヤされたのだ。
どうも女の彼氏が、運悪く近くにいたらしく、現場の一部始終を見られてしまった。
男は情けないことに、一歩も動けなくなっていた。
……まあ俺も、初めて見た時は腰が抜けそうだったし、現に翌朝まで嘔吐が止まらなかったけど。
現場を他人に見られることは御法度だったため、雇い主が後始末をしていった。
何やら注射器の様なものを男に打ち込むと、直後からそいつはおかしくなった。
白目をむき、涎を垂らしながらも、現場に背を向け遠ざかる彼氏。
原理は分からないが、何かヤバい薬を打たれたことは間違いなさそうで。
そして変声機越しで話す感情の薄れた声は、淡々と告げたのだ。
「次ヘマをしたら……分かっているな?」
それから一層、慎重に動いたさ。
これはニュースが証明している。
未だに俺の存在はもちろん、箱の存在なんかも世間様には露呈してない。
だって、誰が信じるってんだ……人喰い箱の存在なんて。
もう絶対ミスはしない。これで最後なんだ。
これで、これで……! 真っ当に働いてたら稼げない額の大金が手に入る!
そんな……浮かれから来る油断が、いけなかったとでも言うのか。
ただ、そう。その晩はいつもと違った。
――こんなクソ狭い路地裏で、爆速の自転車に跨った女が突っ込んでくるなんて、思いもしないだろ。
***
牡丹飛脚に明確な就業時間はない。
運ぶ荷があれば働き、ない時はお休み。
ぼくはそんな狂った社風が好きだ。
自分らしくいられる、とっても、とーても楽しい居場所。
今日はお得意様の季楼庵さんへ、数件のお届け物がある日。
あそこはちょっと遠いからね。
安全に、迅速に、そう迅速に!
とは言っても、まともな交通ルールなんて守ってられないわけで。
だからこうして、人気も少ない道を選んでるし、忍んだ時間帯に動いてるし!
……ところがどっこい、こんな場所に通行人Aと遭遇。
まっ、轢いちゃうなんてヘマはしないんだけどね。
「お、お、お姉さん、前見て、前ーーーー!!」
命の危機でも感じたらしいお兄さんは、悲痛な叫び声を上げた。
ぼくは前輪をクイっと持ち上げ、自転車ごと跳躍する。
ちょっと頭上スレスレだったけど、お兄さんとの衝突を避け優雅に着地。
しかし急すぎた方向転換のおかげで、ぼく達の荷物は地面に投げ出されてしまっていた。
「あひゃー、すみません! 大丈夫です?」
まだ地面に転がっているお兄さんを横目に、いそいそと物を拾い上げる。
幸いにも頑丈に固定された荷は無事で、散らばったのはハンドルに引っ掛けていた袋の中身。
ちょうど少し前、薬局に立ち寄り購入した商品達が吹っ飛んだのだ。
「ほんと、すみませんでした! はいこれ、お兄さんの落とし物。それじゃ気をつけて帰るんですよー」
再び愛車こまねき号3世に跨って、強くペダルを踏み込んだ。
なんか後ろでお兄さんが叫んでだ気もしたが、いやあ、元気そうで良かった。
さあ、比較的安全運転で鞠月神社に向かうぞ!
***
時間としては数十秒の出来事。
あまりに突然すぎるこの珍事は、俺から言語能力を奪っていた。
訳のわからん女がこの場から立ち去ってようやく、恨み言の二つや三つ出てきた訳だが、それより俺は重大な過失に気づく。
肝がすっと冷え、背中に嫌な汗が伝う。
女と衝突しかけた拍子に、例の箱が入った紙袋を手放してしまった。
……そこまでは覚えている。
その後、女がそそくさと落ちた物を拾い、紙袋を突きつけてきたんだ。
俺は呆気に取られながら、そいつを受け取った……中身を確認せずに。
今、何故か俺の手元にあるのは、曰くつきの箱ではなく――新品未開封の目薬だった。
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