幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

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第三章 非/日常編

烈奇官編1『人喰い箱』

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 かつてはこの通りにも、人の活気が飛び交っていたそうだ。
 地元民に愛された小さな商店街も、今では衰退の一途を辿る、もの寂しいシャッター街となっている。
 住んでいる者はごく僅かに残っているものの、昼夜問わず、人通りは無いに等しい。
 小川を挟んだ向こう岸には、現代の需要に沿った歓楽街が広がっているため、通行人のほとんどはそちらへ足を運ぶ。
 
 心もとない街灯がチカチカと点滅し、光源に引き寄せられた虫の羽音と、自分の足音だけが聞こえる通路。
 この息を引き取ったような静けさと寂れ具合から、人はこの場所に不気味という評価をつけたがる。 
 しかしその実、廃墟というほど放置されてるわけでも、不貞の輩が溜まり場にするほど無秩序でもない。
 何故ならこの一帯が、一応公的機関の私有地となっているからだ。

 関係者以外立ち入り禁止の柵を跨ぎ、更に奥へと進む。
 辿り着いた先は、植物の蔦に今にも呑み込まれそうな、三階建てのこぢんまりとしたビル。
 例に漏れずここも一階部分にはシャッターが下ろされており、薄れた字で『夢路書房』と残されている。
 その昔、古書店だったこの建物こそが、現在の我らが事務所となっていた。
 
 脇にある階段を使って、事務所として使用されている二階へ上がる。
 扉を開ければ、出発した時と全く同じ光景が広がっていた。

「こら、電気くらいつけなよ。何見てるの、ウリス」

 夜食の買い出しから戻ってみれば、真っ暗な室内に煌々と輝くテレビ画面。
 そこには報道番組が映し出されており、大きなテロップで『関東圏で相次ぐ、女性の失踪事件』と銘打ち、議論が交わされていた。 
 しかしこんな大々的な報道は、きっとこれが最後になるだろう。
 
 ……何故なら、我々烈奇官れっきかんに捜査の話が回ってきたからだ。
 普通の警察では、対処しかねる案件と判断されたらしい。
 
「うぃ~センパーイ、お疲れ様っす。とりあえずSNSになんか書かれてないかね~と見てたんですけど」
   
 スイッチを押し部屋の明かりをつけると、ウリスがこちらに両手を差し出してるのが見えた。
 早く買い出しの品を寄越せ、と催促してるのだ。
 
「見てたけどー? 箱の手がかり、見つかったのかな?」 
 
 曲がりなりにも職場の先輩に、この寒空の下、徒歩で片道20分はかかるコンビニにおでんを買いに行かせたのだ。
 しかも5分園内にもコンビニはあるというのに、「あそこは練り物の種類少ないから嫌」と、ありがた迷惑なこだわりを発動したおかげで、良い運動をしてしまった。
 生憎、乗用車は上司が乗っていってしまい、移動手段は歩きしかなかったのでしょうがない。
 
 それは良いにしても、この間、調べ事に精を出すという口実で居残ったからには、なんらかの収穫はあって欲しいところだ。
 ……しかしそんな心配は杞憂だったらしく、女は不適な笑みを浮かべ、勝ち誇った様に胸をはる。
 
「出どころ不明の、信憑性もないやつではあるんですけど……妙に具体的な内容のを見つけましたよん。しかも、報告書には載ってなかったやつ」 
「へー。なら、ご褒美をやらんとね」

 すでに冷め始めてしまった戦利品を手渡すと、普段感情の起伏に乏しい彼女の瞳にも光が宿る。
 猫舌のウリスにとって、容器に溢れんばかりの、しかも適度に冷まされた練り物は宝石に等しいのだろう。 

「やった~、ありがとうございまっす」 
「はいはい。それで?」
「ハフハフ……ごくっ。えっと『その箱のねじ巻きを回すと、一番聞きたい人の声が再生される』らしいです」
「箱に? 元々無いでしょ、ねじ巻きなんて。それ今回の事件と関係ある?」
「まあまあ、百聞は一見に如かずっふよ」 

 口いっぱいに練り物を頬張りながら、スマホの画面をこちらに向ける。
 覗き込むと、そこには今時珍しいほどに、いかにもな怪しい個人サイトが表示されていた。
 黒背景に蛍光色の文字、無駄に明滅するエフェクト、難解なオブジェ……。
 長く見ていれば、視覚的、精神的にも何らかのダメージが蓄積されそうな感じだ。

「どうやって見つけたの、こんなサイト……」  
「なんでも、そっち界隈だと有名らしく。それより、ここ見てください」 

 画面をスクロールさせた先に、俺達にとっては無視できない内容――写真と共に、意味深な文章が綴られていた。
 
 ――箱は天下の回りもの。真に望めば、それはあなたの元へ、現れる。
 さあ。思い浮かべて。もう一度聞きたい『あの人』の声を。
 念じて、優しく回してごらん。
 夢の扉は目の前に。

「……どういうことだ?」
  
 今年の2月に入ってから、すでに数名の女性が失踪している今件。
 当初、被害者達に面識はなく、性別以外の共通点は無しとされていた。
 しかし一部の被害者に限るが、彼女達の所持品や、失踪する直前に居たとされる場所から、似たような木箱が発見されたのだ。
 サイズに多少差があるものの、材質や特徴的なデザインが合致しており、これが唯一の手がかりとなっている。
 
 ……とはいえ、この箱の情報はまだどこにも公表されてない。
 連続事件の証拠として提示するには、説得力が弱いから……これが表向きの理由。
 
 ところが本来、捜査関係者しか知り得ない箱の情報を、この投稿者は持っているらしい。
 何故、これをガセネタだと一瞥出来ないのか……?
 それは写真に映る、箱の精度にあった。
 正方形で赤黒く、金箔で彩られた幾何学模様。
 ねじ巻きがついてしまっている点を除けば、見た目はこちらが所持する資料写真と瓜二つなのだ。
 ……こんなことが可能なのは、事件関係者と見ていいはずだ。 
  
「やっぱ怪しいっすよねぇ? あーあ、サイト主の身元特定して、直接話聞き出せたら簡単なのにー」
「ぼやかないの。そこまで深く関わりたくないから、烈奇官うちに回されたんでしょう」 
「分かっちゃいるんすけどね。でも機械に強いインテリな人がいたら、こんな時心強いですよね~。もれなく全員、機械音痴ですから」
「機械が天敵なのは、俺たちのさがだ、諦めよう。Wi-Fiだって遮断しちゃうだろ?」
  
 キハラは忘れかけていた夜食を取り出し、時計を見上げる。
 22時を過ぎていたが、構わず封を切り口に運ぶ。
 コリコリと甘いこの食感が、疲れた身体に染み渡るのを感じながら、もうじきに戻るであろう上司らの帰りを待つばかりだ。

 
 ――烈奇官。
 人ならざるものが関与してるであろう怪事件を取り扱う、警察組織に属するが秘匿された部署である。
 今回烈奇官にお呼びがかかった理由は、ある人物の証言が発端となった。
 
『箱の中から黒い靄が出た後に、恋人が吸い込まれてしまった』
 現在はその凄惨な現場を目撃したショックからか、まともに話すことが難しくなった彼だが、まだかろうじて正気を保っていた頃、最後に訴えたのは以下のことだった。

 ――自分の愛するものは、箱に食われた。
 箱は食事をしていた。
 だから骨を砕く様な咀嚼音がしたし、直後箱は大きくなったんだ、と。

 警察は最初、気が触れた奴の妄言だろうと考えていたが、通報にあった公園へ向かい、青ざめる事となる。
 それは6個目の箱が発見された以上に、そばの茂みから、彼の証言を裏付けるものが実在してしまったからだ。
 
 言わば、食い残しとでも言えようか。
 血肉がまとわりついた骨……それも喉仏だと判明。
 その後のDNA鑑定の結果、それが彼の恋人のものだと導かれてしまった。
 
 愈々いよいよ『箱の食事説』に信憑性が増してしまい、ここ最近の警察は捜査が及腰になっていたという訳だ。
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