38 / 55
第三章 非/日常編
烈奇官編1『人喰い箱』
しおりを挟むかつてはこの通りにも、人の活気が飛び交っていたそうだ。
地元民に愛された小さな商店街も、今では衰退の一途を辿る、もの寂しいシャッター街となっている。
住んでいる者はごく僅かに残っているものの、昼夜問わず、人通りは無いに等しい。
小川を挟んだ向こう岸には、現代の需要に沿った歓楽街が広がっているため、通行人のほとんどはそちらへ足を運ぶ。
心もとない街灯がチカチカと点滅し、光源に引き寄せられた虫の羽音と、自分の足音だけが聞こえる通路。
この息を引き取ったような静けさと寂れ具合から、人はこの場所に不気味という評価をつけたがる。
しかしその実、廃墟というほど放置されてるわけでも、不貞の輩が溜まり場にするほど無秩序でもない。
何故ならこの一帯が、一応公的機関の私有地となっているからだ。
関係者以外立ち入り禁止の柵を跨ぎ、更に奥へと進む。
辿り着いた先は、植物の蔦に今にも呑み込まれそうな、三階建てのこぢんまりとしたビル。
例に漏れずここも一階部分にはシャッターが下ろされており、薄れた字で『夢路書房』と残されている。
その昔、古書店だったこの建物こそが、現在の我らが事務所となっていた。
脇にある階段を使って、事務所として使用されている二階へ上がる。
扉を開ければ、出発した時と全く同じ光景が広がっていた。
「こら、電気くらいつけなよ。何見てるの、ウリス」
夜食の買い出しから戻ってみれば、真っ暗な室内に煌々と輝くテレビ画面。
そこには報道番組が映し出されており、大きなテロップで『関東圏で相次ぐ、女性の失踪事件』と銘打ち、議論が交わされていた。
しかしこんな大々的な報道は、きっとこれが最後になるだろう。
……何故なら、我々烈奇官に捜査の話が回ってきたからだ。
普通の警察では、対処しかねる案件と判断されたらしい。
「うぃ~センパーイ、お疲れ様っす。とりあえずSNSになんか書かれてないかね~と見てたんですけど」
スイッチを押し部屋の明かりをつけると、ウリスがこちらに両手を差し出してるのが見えた。
早く買い出しの品を寄越せ、と催促してるのだ。
「見てたけどー? 箱の手がかり、見つかったのかな?」
曲がりなりにも職場の先輩に、この寒空の下、徒歩で片道20分はかかるコンビニにおでんを買いに行かせたのだ。
しかも5分園内にもコンビニはあるというのに、「あそこは練り物の種類少ないから嫌」と、ありがた迷惑なこだわりを発動したおかげで、良い運動をしてしまった。
生憎、乗用車は上司が乗っていってしまい、移動手段は歩きしかなかったのでしょうがない。
それは良いにしても、この間、調べ事に精を出すという口実で居残ったからには、なんらかの収穫はあって欲しいところだ。
……しかしそんな心配は杞憂だったらしく、女は不適な笑みを浮かべ、勝ち誇った様に胸をはる。
「出どころ不明の、信憑性もないやつではあるんですけど……妙に具体的な内容のを見つけましたよん。しかも、報告書には載ってなかったやつ」
「へー。なら、ご褒美をやらんとね」
すでに冷め始めてしまった戦利品を手渡すと、普段感情の起伏に乏しい彼女の瞳にも光が宿る。
猫舌のウリスにとって、容器に溢れんばかりの、しかも適度に冷まされた練り物は宝石に等しいのだろう。
「やった~、ありがとうございまっす」
「はいはい。それで?」
「ハフハフ……ごくっ。えっと『その箱のねじ巻きを回すと、一番聞きたい人の声が再生される』らしいです」
「箱に? 元々無いでしょ、ねじ巻きなんて。それ今回の事件と関係ある?」
「まあまあ、百聞は一見に如かずっふよ」
口いっぱいに練り物を頬張りながら、スマホの画面をこちらに向ける。
覗き込むと、そこには今時珍しいほどに、いかにもな怪しい個人サイトが表示されていた。
黒背景に蛍光色の文字、無駄に明滅するエフェクト、難解なオブジェ……。
長く見ていれば、視覚的、精神的にも何らかのダメージが蓄積されそうな感じだ。
「どうやって見つけたの、こんなサイト……」
「なんでも、そっち界隈だと有名らしく。それより、ここ見てください」
画面をスクロールさせた先に、俺達にとっては無視できない内容――写真と共に、意味深な文章が綴られていた。
――箱は天下の回りもの。真に望めば、それはあなたの元へ、現れる。
さあ。思い浮かべて。もう一度聞きたい『あの人』の声を。
念じて、優しく回してごらん。
夢の扉は目の前に。
「……どういうことだ?」
今年の2月に入ってから、すでに数名の女性が失踪している今件。
当初、被害者達に面識はなく、性別以外の共通点は無しとされていた。
しかし一部の被害者に限るが、彼女達の所持品や、失踪する直前に居たとされる場所から、似たような木箱が発見されたのだ。
サイズに多少差があるものの、材質や特徴的なデザインが合致しており、これが唯一の手がかりとなっている。
……とはいえ、この箱の情報はまだどこにも公表されてない。
連続事件の証拠として提示するには、説得力が弱いから……これが表向きの理由。
ところが本来、捜査関係者しか知り得ない箱の情報を、この投稿者は持っているらしい。
何故、これをガセネタだと一瞥出来ないのか……?
それは写真に映る、箱の精度にあった。
正方形で赤黒く、金箔で彩られた幾何学模様。
ねじ巻きがついてしまっている点を除けば、見た目はこちらが所持する資料写真と瓜二つなのだ。
……こんなことが可能なのは、事件関係者と見ていいはずだ。
「やっぱ怪しいっすよねぇ? あーあ、サイト主の身元特定して、直接話聞き出せたら簡単なのにー」
「ぼやかないの。そこまで深く関わりたくないから、烈奇官に回されたんでしょう」
「分かっちゃいるんすけどね。でも機械に強いインテリな人がいたら、こんな時心強いですよね~。もれなく全員、機械音痴ですから」
「機械が天敵なのは、俺たちの性だ、諦めよう。Wi-Fiだって遮断しちゃうだろ?」
キハラは忘れかけていた夜食を取り出し、時計を見上げる。
22時を過ぎていたが、構わず封を切り口に運ぶ。
コリコリと甘いこの食感が、疲れた身体に染み渡るのを感じながら、もうじきに戻るであろう上司らの帰りを待つばかりだ。
――烈奇官。
人ならざるものが関与してるであろう怪事件を取り扱う、警察組織に属するが秘匿された部署である。
今回烈奇官にお呼びがかかった理由は、ある人物の証言が発端となった。
『箱の中から黒い靄が出た後に、恋人が吸い込まれてしまった』
現在はその凄惨な現場を目撃したショックからか、まともに話すことが難しくなった彼だが、まだかろうじて正気を保っていた頃、最後に訴えたのは以下のことだった。
――自分の愛するものは、箱に食われた。
箱は食事をしていた。
だから骨を砕く様な咀嚼音がしたし、直後箱は大きくなったんだ、と。
警察は最初、気が触れた奴の妄言だろうと考えていたが、通報にあった公園へ向かい、青ざめる事となる。
それは6個目の箱が発見された以上に、そばの茂みから、彼の証言を裏付けるものが実在してしまったからだ。
言わば、食い残しとでも言えようか。
血肉がまとわりついた骨……それも喉仏だと判明。
その後のDNA鑑定の結果、それが彼の恋人のものだと導かれてしまった。
愈々『箱の食事説』に信憑性が増してしまい、ここ最近の警察は捜査が及腰になっていたという訳だ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~
佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。
それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。
しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。
不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。
陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。
契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。
これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。
その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。
全15話を予定
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる