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第三章 非/日常編
デートですか、ユメビシさん
しおりを挟む大通りから少しそれた脇道にひっそりと建つのは、瞑之島唯一の純喫茶『ダリコロの里』。
可愛らしい語感とは裏腹に、達筆な文字で書かれた看板が妙に癖になると、地元民から好評だったりする。
その製作者こと、店主のミヤコは非常に気立が良く、誰からも好かれるような人物だった。
彼女が持つ、その包み込むような優しさは店の雰囲気にも現れており、ホッとする居心地の良さが店内に満ちている。
しかし、そんな彼女にも一つ欠点……とまではいかないが、少々残念な点があった。
ネーミングセンスが、壊滅的なのだ。
その代表格とも言えるのが、店名である『ダリコロの里』。
ミヤコ曰く、『ダーリンも、コロっと里帰り』の略だそうで。
このように由来を尋ねても、常人にはなかなか理解の及ばない事が殆どのため、暗黙の了解として『深く考えるな、感じろ』の精神が広く浸透している、おかしな店だ。
――そしてコエビが所属してる組織兼、働き先でもある。
こんにちは、私、コエビです。
こちらの喫茶ダリコロでお世話になり、かれこれ一週間が経とうとしています。
皆さんには本当によくしてもらい、楽しくも充実した毎日を送れています。
慣れないことや戸惑うことも、もちろん沢山ありますが……ミヤコさん達のお荷物にならない様、精一杯働きます!
……でも一つだけ気がかりなのは、あれからユメビシさんに一度も会えていないこと。
厳密に言えば、何度か遠目で見かけたんだけど、お話は出来ていない。
昨日のお湯騒動? にも関わっていたみたいだし、何だかずっと忙しそうなのだ。
――大丈夫かな、ユメビシさん。
まだきちんとお礼も出来てないのに、時はあっという間に過ぎてしまう。
やっぱりこういうの、長引かせても良いことないだろうし、近々菓子折り持って会いに行こう。
……そう、これはあくまで、感謝の気持ちを示すもの。
命の恩人に対して、お礼がお菓子でいいのかは疑問だけど。
連動するかの様に、ぐるぐるとあの時の情景が、走馬灯の様に思い起こされ……息が詰まる。
『あぁ。コエビの帰りを待ってるよ』
頭に乗せられた手の感触までも蘇り、顔が僅かに火照ってしまう。
――これじゃ、ダメだ、なんか緊張してきた……
深く深く息を吐き、速まる鼓動を鎮める。
決意したのはいいけど、今は目の前の仕事に集中するんだ、私。
朝一でお客さんも少ないとはいえ、今日は初めてホールを一人で任されたんだ。
皆さんが出勤する残り一時間、何としても問題を起こさないようにしなくては。
「いらっしゃいま……せ」
カランカラン、と入店の合図に笑顔で応じる……つもりが、予想外の光景に全身が強張り、言葉が詰まってしまう。
えぇ……っと、それではお聞きください。
――気になっている男の人が、とんでもない美女をお姫様抱っこで抱えて、来店しました。
***
ユメビシ達が喫茶ダリコロを訪れた経緯に、深い意味はない。
そう、ただ単純に――
『お茶……俺はあまり詳しくないんですけど、ダリコロとか?』
『うーん? そうね。ダリコロも久しく行ってないから、行きたいわ』
といった具合で、ユメビシは己の知る範囲で唯一該当する店名を挙げただけ。
無論コエビの抱える心境なんて、知る由もない。
行き先がダリコロと決まり、その向かう道中において、女はとにかく目立った。
この圧倒的華やかな外見に加えて、出会った時座っていたから気づかなかったが、足が長く背も非常に高い。
ゆうに俺の身長を抜いているから、背負うと足が地面を擦ってしまうため、横抱きで運ぶことに。
裏通りでは問題なかったが、表通りに出た途端、行き交う通行人のほとんどが彼女の姿に釘付けとなっていた。
「もしかして坊や、最近入った子?」
周りの視線に慣れているらしく、全く気にしていない様子の彼女だったがそれ以上に、土地勘のない俺に違和感を覚えたらしい。
先程からあらぬ方向に進もうとする俺を見かねて、道案内は彼女が務めることに。
「……ここで暮らし初めて一週間の新参なので、お手柔らかに」
「ふぅん。なら私の事も知らないのね」
ヨミトに連れられ、挨拶回りをした中で彼女の顔を見ていない。
つまりは季楼庵と強い繋がりのある組織と言うわけじゃないのか。
しかしこんな存在感のある人、街を出歩いていても今日まで一度も見かけなかったが……。
そこで思い出す彼女の発言。
せっかく外に出た――もしかしたら、普段はあまり外を出歩かないのかもしれない。
それどころか、周りの視線が単に彼女の外見の良さから来るものではなく、ヨミトに向けられていたような知名度に由来するものなら。
「すみません、名の知れた方でしたか?」
「いいの、そう主張したい訳じゃないから。……そうね、気さくにイルカと呼んでちょうだい」
「イルカさんですか。俺は……一応ユメビシです」
こうしてお互いがお互いの名前だけを把握した状態で、二人は目的地まで移動してきたのだった。
***
イルカさんの希望で窓際の席に着いた俺達は、ただ静かに珈琲を飲んでいた。
会話が弾むこともなく、かといって気まずい思いをしている訳でもない。
ただ純粋に、彼女は粛々とお茶の時間を満喫している様だった。
そこに自分という異分子は必要ないらしく、その無関心さが却って居心地良い。
暫くぼーっと、窓の外を流れる人の往来を眺めたり、元気そうに働いてるコエビの声に耳を傾けるひと時。
思わぬ形となった気分転換に身を委ねていると、最後の一口を飲み終え彼女のカップがカチャリと置かれる。
反射的に視線をそちらに移せば、ご機嫌な笑みを浮かべたイルカが一言。
「次は、海を見たいわ」
「……え、次?」
「言ったでしょう、久しぶりの外出なの。まだ付き合ってくれるわね?」
***
さて、それから10時が過ぎた頃。
喫茶ダリコロの店主ミヤコと、彼女の護衛であるサンドが出勤すると、店内は異様な雰囲気に包まれていた。
ソワついた雰囲気を代弁するかの様に、お客達の視線がチラチラと、ある一席に注がれているのだ。
その様子を裏手から覗き見たサンドは、食器を下げてきたコエビを捕まえ、声をひそめ捲し立てる。
「コエビ、あんたとんでもない大物お通ししたな。どうなってんだあれ。盛り上がってる訳でもないし」
「はひ……すみませんでした」
「ど、どうした。あの悪趣味女に、なにかされたのか……ッ」
「こぉら、口が悪いわよサンド」
後頭部に飛んできた柔らかいチョップに振り返れば、『お客様の悪口を言ってはダメよ』の表情を浮かべた、ミヤコの姿があった。
ミヤコはサンドに代わりコエビの正面に立ち、視線を合わせる為に少し屈み微笑みかける。
「コエビちゃんも、あと少しでホッチちゃん来るから、それまで頑張れそう?」
「あ……は、はい、全然大丈夫なんです! すみません、お水のおかわりお出ししてきますね!」
少し調子を取り戻したコエビを見送りながら、ミヤコは小首をかしげ呟く。
「でも……ユメビシ君がイルカジョウさんとご一緒に来てるの、季楼庵の皆さんはご存知なのかしら」
「さあね。あたしらの知らないうちに、和解でもしたんじゃないの?」
「だと良いのだけれど……」
「ミヤコは世話焼き過ぎだ。そもそもあちら同士の揉め事だろ? あたしらには関係ない、ほっとけほっとけ」
それから程なくして二人は退店し、喫茶ダリコロにも平和な日常が戻ってきた。
割と生きた心地のしなかったその他の客からは、同時に安堵の息が漏れたという。
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