幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

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第三章 非/日常編

商店ドグラの二人

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 陽も十分に登り切った頃合いを見て、シノノメはそっと傘ザクラを出発した。
 ――ユメビシがまだ、夢の中に沈んでいた時である。

 シノノメは大鳥居とは真逆の、商店街側に向かう。
 高台に位置する傘ザクラの敷地を抜ければ、視界はグッと開け、商店街を見渡せる絶景が広がっていた。
 春にはまだ遠い、二月の朝。
 それに加え、瞑之島みんのとうが海に囲まれているせいか、あるいは神域の影響か。
 不必要なほどに洗練され澄み切った空気が、辺りに充満している。
 この世と言い張るには苦しい。ギリギリ現世で、ほぼあの世といった具合だ。

 ――相変わらず、長居したいとは思えん場所だな。

 こんな感想が出てくる辺り、リンシュウと契約しても尚、自分の感性はこちら側には染まり切れないのか、と。
 シノノメは苦笑いを漏らし、左側に伸びるやたら幅の狭い階段を下った。
 
 立地だけで鑑みれば、多少離れているが、商店ドグラは傘ザクラ唯一のお隣さんにあたる。
 なんとなく和で統一されている島の外観から逸脱した、煉瓦造りで三階建ての目立つ店構え。
 レトロチックで可愛らしいステンドグラスまで付いており、カフェとして売り出したら、今のご時世流行ったであろう。
 しかし現実は、この洒落た外見からは想像もつかないほど、おどろおどろしい商品らが立ち並ぶ。
 もはやパッケージ詐欺と同等なのだが、
『あら、外側の印象から内側を知った気になるのは、野暮な話じゃなくって?』  
 ……と笑う店主の顔が脳をよぎる。 

 そして店先へ差し掛かろうとした時、ちょうど中から一人の男が出てきて、「臨時休業」と書かれた看板を扉にかける場面と遭遇する。
 ごく自然に和装を着こなし、ピシッと髪を纏めた、清潔感を通り越しどこか潔癖症の気配漂う人物こそ――商店ドグラに二名しかいない店員、その片方である。
 その立ち居振る舞いには一切の無駄がなく、優雅で隙を感じさせない。
 
 昨夜、彼とトオツグを似た者同士だと評価したが、あれはあくまで内面、根本の在り方を指す。
 ただし外見から感じる印象は、その限りではないと改めて実感するシノノメであった。
 ――あいつは、無害そうというか……ヘタレっぽくんだよなぁ。
 
「運が悪かったか」
「……これはどうも。申し訳ございません、朝起きてみたらこの有様で」

 こちらの声に振り返った彼は、表情こそは病的なまでの営業スマイルを崩さないが、声色からはうんざりさが滲み出ている。
 臨時休業の看板はそのままに扉が開け放たれ、店内の惨状を見る様に促された。
 一つの予想を胸に覗き込んでみれば……残念ながら的中だったらしい。
 
 流石と言えばいいのか、商品棚にさほど乱れはないものの、店主がいつも鎮座している奥の間周辺は、遠目から見ても分かるほど散らかっている。
 原因は店内に忽然と現れ、抜群の存在感を放つ異物によって占領されているからだ。
 朝日が反射し白銀に輝く、ガラス細工と見紛うほど美しい――巨大な
 そろそろ脱皮の時期だとは噂に聞いていたが、まさかこのタイミングで被ってしまうとは。

「……となると、店主は不在か」  
「はい、いつも通り浮かれ足で遊びに出かけたのでしょう。お帰りもいつになることやら……こちらも解体や片付け諸々で一日かかるので、本日は臨時休業とさせて頂きました」

 ――なので、お引き取りください。
 決して言葉や態度には出さないが、暗にそう訴えているのは明白だった。
 ……しかしこの程度で折れていては、鞠ノ裏の所長なんぞ務まらない。
 郷に入っては郷にも従うが、通すべき要件は必ず通す――これがシノノメの流儀である。
 
「そちらの事情は把握しました。けれど話だけでも、。長居はしないと約束しましょう」  

 シノノメを知る者であればあるほど、彼女のこの口調に違和感を覚えるだろう。
 ――否、違和感どころか、不気味さすら感じるのが正常な反応だ。
 笑顔で丁寧な敬語、更には柔和な女口調……普段のフランクで粗暴な口調とは真逆に位置する、鞠ノ裏所長の希少な営業スマイル。
 ここでようやく、彼女の来訪が意味する緊急性を男は理解した。

「……そうでしたか。承知致しました。この様に散らかっている中、お得意様のシノノメさんをお通しするのは心が痛みますが……どうぞこちらへ」    
「助かるわ~。ありがとうございます、ラモン」    
「…………シノノメさん、目の奥が笑ってないですよ。ご教授しましょうか?」
「ふふっ……余計なお世話だ」 
 

 ***
 

 別段、目的地があったわけじゃない。
 ただ自由に出歩ける範囲なんて限られている為、足は自然と商店街に向けられていた。
 しかし目の前に広がる街並みも、すれ違う人も……今自分が手を伸ばせば届くそれら全てが、夢や幻かもしれない。
 そんなどうしようもない不安は、どこまでも付き纏う。
 人通りが多いほどそれを感じてしまい、ユメビシはあまり土地勘のない裏路地に足を踏み入れた。
 
 裏路地といっても、明確に整頓された表通りよりもやや雑多に建物が立ち並んでいるだけで、治安事態は表とそう変わらない。
 傘ザクラの存在やトキノコ達の存在が、抑止力になっている為だと聞いている。
 あえて欠点を挙げるなら、入り組んだ作りになっているせいで日当たりが悪く薄暗い程度。
 それ故なのか、この辺りは極端に人通りが少なく、誰ともすれ違わない。
 いや万が一すれ違っても、表通りでは感じなかった気まずさや後ろめたさが発生しそうだ。
 
 ――そりゃ用事も無いのに、余所者の自分がこんな所を徘徊していれば、怪しまれて当然では?
 などと若干の後悔が芽生え、引き返そうかと思い始めた矢先のこと。
 
 ユメビシが小道を抜けると、目の前には一軒の廃屋。
 その瓦礫の上には、この場にそぐわないほど華やかな身なりの女が腰を下ろしていた。
 地に着くほどの長い髪を手で梳かし、どこか懐かしそうな視線を窓際に向けている。
 すれ違うどころか、ど正面から対峙してしまったが、幸いにも彼女に俺の存在は気づかれてないようだ。
 明らかに普通じゃなさそうな場面、早々に通り過ぎようと、廃屋に背を向け遠ざかる。

「止まなさいな、そこの坊や」

 ――振り向くな、振り向くな、話しかけられているのは俺と決まったわけじゃ…… 
  
「あらやだ、どうして素通り出来るの? こんな場所に美女が一人で佇んでいたら、声をかけるのが礼儀でしょう」

 上品な言葉使いで可愛らしい声色なのに、背筋を這う悪寒に襲われ、つい振り返ってしまう。
 そんな俺の反応に少し満足したのか、彼女は続ける。

「手を貸してくれないかしら。足が動かなくなっちゃったの」
「……歩けない?」
「そう、まだ行きたい所があるのに、困っていたの。だから連れて行ってちょうだいな」

 彼女がいる地点まで戻り確認するが、どこか怪我をしている様には見えなかった。
 煌びやかな着物は汚れ一つなく、背景の侘しい廃墟がより一層不釣り合いだ。
 しかし裾から覗く足元は裸足で、履き物が見当たらない。
 
「……運び出すのは構わないが、どこに行きたいんです?」  
「お茶がしたいわ。せっかく外に出たんだもの、付き合ってちょうだい」  
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