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第1部 逃避行編 第1章

第4録 テオドール家

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 アレキサンドルを出たエリスを3つの影が尾行していた。
1人は白いとんがり帽子をかぶった魔法使いで、もう1人も
暗い緑色のローブを着た魔法使い。残りの1人は鎧に身を包んでいる騎士だ。
 騎士が白い魔法使いに声をかける。

 「本当に行かれるおつもりですか?」

 「うん。確かめないといけないからね。彼女が本当にあの
一家なのかを。
 行き先はパッカツみたいだね。確か駐屯所があったよね?
私が連れてくるから先に行って待機しててくれるかい?」

 「し、しかし、もし少女が抵抗したら……」

 「その時は呼ぶよ。推測だけど、向こうも騒ぎを起こすのは嫌みたいだから」

 「か、かしこまりました……」
 
 渋々といった感じで騎士が返事をする。
白い魔法使いは2人を見て頷くと。


 アレキサンドルから北に位置するパッカツという町に
エリスは辿り着いていた。
人の多さはアレキサンドルより劣るものの賑やかさは
負けていない。
 エリスは商店が立ち並んでいる町並みの隅に行くと商売道具を広げ始める。ここでも薬を売るようだ。

 「そこの君、少し良いかな?」

 エリスが振り向くと白いとんがり帽子を被った青年が立っていた。一瞬目を見開いた後、表情を曇らせる。

 「何か……?」

 「聞きたいことがあってね。ただあまりいい話では
ないから、同行してもらえるかい?」

 「わかりました……」

 エリスは表情を変えずに商売道具を片付けると青年の後に続く。しばらく歩くと兵舎の前で立ち止まった。

 「中に入ってくれる?」

 青年の指示にエリスは大人しく従う。
 部屋には木製のテーブルとイスが対面するように2脚置いてあった。
 青年は奥のイスに腰掛けるとエリスに手前の方に座るよう
促す。

 「突然すまないね。本当は名乗りたいところなんだけど
わけあって控えさせてもらうよ。
 ひとまず、これを見てもらいたいんだ」

 そう言って青年は懐から水晶玉を取り出してエリスに見せる。そこにはアレキサンドルで呪文を唱えるエリスが映っていた。ちょうどフード男を喚び出している場面だ。
 エリスはほんの一瞬だけ眉をひそめて、すぐに俯く。

 「君で間違いないようだね」

 「………そうです」

 「何の呪文を使ったかまでは分からないけど魔術道具が感知してね。町中を歩き回って水晶玉に写し撮ったらこうなった
んだ。   
 少なくとも難易度の高い呪文だとは思うけど、これぐらいのものを唱えられる者なんてそうそういないんだよ」

 「………………………………」

 「それにすぐ噂になってる筈だ。スゴい魔法使いがいると。だけどそんな噂は聞いたことがない。
 我々はある可能性を疑っているんだ。君がテオドール家の者なんじゃないかとね」

 エリスは無言のままだったが体が小刻みに震えている。
青年は一息ついて再び話し始めた。

 「テオドール家の者は髪も瞳もオレンジ色だと聞いている。君は髪色は違うけど、瞳はオレンジ色だ」

 「瞳がオレンジ色というだけで私は連れてこられたん
ですか……」

 「アレキサンドルでの事がなければ来てもらう事はなかっただろう。
 先ほども言ったけど高難易度の呪文を唱えられる者なんて
少数なんだよ」

 青年はエリスに視線を向けているものの、彼女は俯いたままなので表情が見えない。その様子を見て青年は少し困ったように眉を下げた。

 「ついでに確認するけど、イカナ村のボスボアを
討伐したのも君だね?」

 「ッ⁉」

 ビクリと体を震わせたエリスを見て青年は苦笑する。

 「わかりやすいね。ああ、別に咎めるわけじゃないよ。
むしろ討伐してくれて感謝してるんだ。
 話がそれたね。ひとまず君をアレキサンドルまで護送する。
 昼間だと人目につくから悪いけど夜まで――」

 「まっ、て!頭が――うッ……あぁ……!」

 いきなりエリスは目を見開くと両手で頭を抱え込んだ。
青年が慌てて駆け寄る。

 「頭痛⁉持病があるのか?」

今まで黙っていたのは都合が悪かっただけではなかった
ようだ。 
 
 「とにかく頭痛薬を……」

 「……ぁ…………ッ⁉」

 エリスは目を見開いて短く声を上げると床に倒れ込んだ。
 青年は素早く扉を開けると周囲の者達に助けを求める。
何事かと複数の騎士が部屋に入って行った。
  
 


 「はっ⁉」

 エリスは兵舎のベッドに横たわっていた。最初とは違う部屋のようだ。
 机上の燭台に火が灯されている事から長い間意識を失っていたらしい。青年が気づいて声をかけた。
 
 「頭痛は治まったかい?」

 「………………治まっています。ご迷惑をおかけしました」
 
 「治まったなら良かった。……君が寝ている間にパンと
ミルクを用意したんだ。空腹じゃ動けないだろうからね」

 そう言って青年がお皿に乗せてそれらを差し出す。
 エリスはゆっくりと受け取った。
しばらく眺めてからパンを1口サイズにちぎって
口に運ぶ。

 「食欲はあるようだね。体調は?悪くないかい?」

 「…………………はい」

 「護送隊の準備は整っているから、君の準備ができ次第
出発だ。出来たら声をかけてくれるかな?」
 
 エリスは軽食を終えるとベッドから降りてローブのシワを
伸ばした。それから側においてある商売道具を背負う。

 「…………………準備できました」

 「もう⁉早いね?」

 「……………………………荷物はこれだけですから」

 青年は驚きながらもエリスについてくるように声をかけた。
しかし何かを思い出したように小さく声を出すと
エリスに向き直る。
 
 「邪魔になるだろうけど手枷をつけさせてもらうよ。
もちろん魔法のね。万が一暴れられても困るから」

 エリスは無言で両腕を差出した。
青年はホッとしたように息をつくと呪文を唱える。
 すると黄色い膜が現れ、エリスの両手から手首を覆った。
 
 「アレキサンドルに着いたら解いてもらうから、
それまで我慢してくれると助かるよ」

 エリスは困り顔で腕を上げた。動かす事はできるようだ。
 青年が戸を開けて出ていく。そしてエリスに来るように
促した。
 再び宿舎の入り口にたったエリスはゆっくりと周囲を
見回す。護衛と思われる5人の騎士が1列に並んで待機していて、その横に魔法使いの男が立っていた。どうやら彼も
同行するようだ。
 青年がマントを羽織った騎士隊長に近づいて何か囁く。
騎士は大きく頷くと敬礼した。
 
 「では、発とう。各々配置へ!」

 騎士達はエリスを連れてアレキサンドルヘ向かい始めた。
野盗やモンスターとの遭遇をできるだけ避けるためか
徒歩での移動だ。
 空は黒く、三日月が雲に遮られて微かに光を放っている。
 2つのランタンの灯りを頼りに道を進んで行き、
ちょうど2つの町の中間地点に辿りついたところで一行は
立ち止まった。

 「歩き通しだが、疲れていないかね?」
 
 騎士隊長の問いかけにエリスは無言で頷く。

 「そうか。とはいえ、アレキサンドルに着いてから倒れて
もらっても困る。
 念のためこの辺りで休息を――」

 「すみませーん」

 騎士の言葉を遮って男の声が飛んできた。
 とっさに他の騎士達がエリスを囲うように移動する。
エリスも何事かと顔を上げた。
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