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第1部 逃避行編 第1章

第21録 同業者

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 エリスとベルゼブブは呆然とアザゼルが去った方向を
眺めていた。

 「あっという間だった……」
  
 「部下1号は人混み苦手だからな。
とっとと離れたかったんだろうよ」

 「そうなの?」

 先程までのアザゼルの様子を思い出したのか、エリスは
意外そうに呟く。ベルゼブブも同調するように頷いた。

 「ああ。そのくせ素材探すのによく地上に出てるんだぜ?
本当変わってる。
 それはそうとお前、性別は偽んのか?」

 「え?」

 急に話題を自分のことに変えられてエリスは目を
丸くする。

 「え、じゃねぇよ。アレキサンドルもうろついてるんだろ?
バッタリ顔合わせたらどうすんだ?」

 「通り過ぎる……」

 「ムリだろ。感知はできないとはいえ、見たら魔力が
平均以上なのはわかるんだよな?」

 言いながらベルゼブブは何かを閃いたようで、ニヤリと口角を上げるとエリスに顔を近づける。

 「感知できないのでお願いします魔王様って言うんなら、
オレ様が先導してやってもいいぜ?」

 「絶対に言わない」
 
 「オレ様の貴重な親切心をムダにすんなよ⁉」

 即答したエリスにベルゼブブがかみつく。エリスは顔を
そむけるとボソリと呟いた。

 「なんか負けた気がするから」

 「フン、そもそもオレ様は魔王、お前は魔力が高いだけの
人間だ。最初から負けてるだろ」
 
 「じゃあ、どうして言うこと聞いてくれてるの?」

 予想外の返答だったらしくベルゼブブが言葉に詰まる。
しかしすぐに目をつり上げると口を開く。

 「そりゃ「契約」結んでるからだ!オレ様の方が立場が
上とはいえ、ある程度は聞いてやらなきゃな!
 どうせ今から何するのかも決めてねぇんだろ?」

 「とりあえず町の中を見て回ろうとは思ってた。
全く知らない所だから。あと性別は極力偽る」
  
 「アレキサンドルとバッタリ会っても知らねぇからな。
あと町中では口利かねぇ。他のヤツに目をつけられたら
めんどくせぇ」 

 「わかった。それにそっちの方が助かる」

 「……チッ」

 ベルゼブブは言い返そうとしたが、道の先の人通りが
多くなってきているのを見て渋々諦めた。
 シーポルトとは違って露天よりも店舗が目立つ。海が近い
ことと、モンスターの侵入が多いためだ。
 ときどき周囲を警戒しながら町の中を散策していたエリスはある店舗の前で足を止める。
看板には薬屋と書かれていた。エリスはベルゼブブに目配せして入る意志を伝えてから、木製のドアを押して中に入る。
すると店員の男が声をかけた。

 「いらっしゃい!何がご入用かな?」

 「品物を見に来ただけで、買うかは、わからない」

 「え、そうなの?」

 男はエリスに興味を持ったようでカウンターから
出てきた。エリスの話し方には疑問を持っていないらしく、気さくに話を続ける。

 「ヘー、じゃあ君、魔法使い?」

 「一応は……。薬を売り歩いているから戦闘はあまり
しない」

 「そうなんだ。ああ、だから使い魔を喚んでるんだね。
ずいぶん強そうだけど何族?」

 男がベルゼブブを見ながら言う。しかしベルゼブブは
めんどくさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 「ありゃ?警戒されてる?」

 「馴れ合いは得意じゃないみたいで」

 「そのようだね。使い魔連れてる人を久しぶりに見たから、つい気になっちゃって」

 「気にしないで。……これは?」

 エリスはそう言って棚に陳列されたビンの1つを指差す。
中には紫色の液体が入っていた。

 「ああ、それは解毒薬だよ」

 「解毒薬⁉あ、いや、緑色のしか作ったことがなくて」

 「緑色⁉……もしかして君、アンスタン大陸から来たの?」

 解毒薬の人色だけで別大陸から来たと判断した男をすごいと思いながらもエリスは戸惑っていた。
大陸の名前には疎い。

 「ああ……。ここの大陸の名前は?」

 「リヤン大陸だよ」

 「な、なるほど……」

 「ここはいろんな種族が共存してるからね。
まだ会ったことない?」

 男は笑顔で言いながらビンを1つ手に取ると説明を始める。

 「この解毒薬はパープルワームというモンスターの体液を
原料にして作ったんだ。なぜか毒の抗体を持っていてね。
よく効くよ」

 そう言ってエリスに手渡した。受け取ったエリスはそれを
まじまじと見つめる。薬の知識は多少あるとはいえ、初めて
見る物には目を輝かせている。すると男がソワソワしながら
声をかけた。

 「もしもの話なんだけど、緑色の解毒薬を持ってるなら
見せてほしいな」

 「少し待ってくだ……ほしい。えっと……」

 エリスは1度ビンを側のテーブルに置くと腰から
下げている袋をあさり始める。少しの間の後、手のひらより
少し大きいビンを取り出した。

 「あった」

 「おお、確かに緑色だ!これは何を原料にしているの?」

 「グリーンスライムというモンスター、だ」

 「え、スライムって薬の原料になるの?」

 驚き半分呆れ半分の表情で男がビンに顔を近づける。

 「あ、ああ。喉通りが良いから。それに解毒作用のある薬草等を混ぜて作る」

 「へー、ちょっとメモ取らせて!」

 男は慌てて店の奥に駆け込むと紙と羽根ペンを
持ってきた。今聞いた内容を素早く書き留める。

 「お礼といってはなんだけど、これをあげるよ」
   
 「あ、ありがとう……」

 「いいよいいよ!いやー、僕は嬉しいんだ。
薬屋という看板を掲げてる以上、買いに来る人がほとんどだからね。
 ましてやアンスタン大陸からの同業者なんだから、
もう願ったり叶ったり」

 「それはどうも……」

 少し困ったように眉を下げるエリスに男は微笑ましそうな
目を向ける。

 「本当はいろんな所に行きたいんだけどね。この辺りで
薬屋は僕しかやってないんだ。素材集めで店を閉めることは
あるけど、長くて2日なんだよ」

 「た、大変、だな」

 「でも買ってくれる人がいるから頑張れるんだ。
そうだ!よかったら君の名前知っておきたいな。僕はロイト」

 「……エス」

 「エスだね。よかったらまた寄ってね!」

 ロイトと名乗った男はエリスに握手を求める。
エリスはおそるおそる手を伸ばすと彼の手を取った。

 「また機会があれば。
あとその解毒薬はもらってくれると助か――」

 「本当かい⁉ありがとうありがとう!!」

 興奮したロイトはエリスの手を握ったまま何度も上下させていたが、ふと我に返ると少し顔を赤くして手を離す。
そして興奮していたことを謝った。
 ベルゼブブはその様子を見て呆れてため息をついたが、
ふと目を細めると店の入り口をジッと見つめる。

 「来やがったか……」

 しかしその呟きは、謝罪と否定を繰り返している
エリスたちの耳に届かなかった。
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