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# 83ー記憶ー
しおりを挟む「うん……ハクション! もう、行こうぜ。早く着替えてぇし」
「ああ、そうやな。洋服屋はどこやろうか?」
雄介はくしゃみをする望の姿に苦笑しながら、辺りを見回す。
火事場を抜け出してまだ間もないせいか、空気にはまだ焦げた匂いが残っている。
それでも二人は肩を並べ、少しずつ“日常”の方へ歩き出した。
「あ! あった!」
「おう!」
雄介が指さした先――
デパートから少し離れた商店街の一角に、ガラス張りの洋服屋があった。
看板の明かりがまだ夕暮れの中で温かく灯っている。
二人はそこへと足を向け、扉を開ける。
カラン、とドアベルの音が鳴り、穏やかな冷気が頬を撫でた。
店内へ入ると、望は迷うことなく適当に服を選び、レジへ向かう。
そしてクレジットカードを差し出すが――反応がない。
「これって……乾いたら元に戻るのかな? ってか、財布の中、あのスプリンクラーのせいでビショビショじゃねぇか……」
望は苦笑しながら財布を開く。
中の紙幣も小銭も濡れたせいで重たく張り付いていた。
「どやろ? 戻るんかな? 再発行してもらった方がええんと違う? ま、とりあえず、ここは俺が出しておくし」
「ああ、サンキュー……それは後で払うからさ」
「ええって。デート記念って事にしとくから」
「……そうか。ありがとうな」
望は少し照れたように目を伏せ、買った服に着替える。
乾いたシャツの感触に、ようやく“生きている”という実感が蘇る。
雄介はそんな望の姿に、改めて安堵の息をついた。
二人は並んで店を出て、今度は検査のために病院へと向かう。
しかし、しばらく歩いたところで――
「ちょ、ちょ……待った……」
「へ? あ、ああ……疲れたんか? ほな、あの木の下のベンチで休もうか?」
望は額に手を当て、少しふらついていた。
火事の中で吸い込んだ熱気のせいか、それとも緊張が解けた反動か。
雄介はすぐに支えながら、近くの木陰にあるベンチへと向かう。
秋風がそっと二人の頬を撫でる。
さっきまでの焦げた匂いが、少しずつ風に溶けていった。
「ホンマに大丈夫か?」
雄介の声には、先ほどまでとは違う柔らかさがあった。
それは、命を取り戻した相手を本気で心配する“人の温かさ”そのものだった。
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