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# 94ー記憶ー
しおりを挟む料理をテーブルに並べたその時、携帯のランプがチカチカと点滅しているのが雄介の視界に入った。
「……あぁ、メール来ておったの忘れとったわぁ」
雄介にとって携帯は、もはや特別な存在ではなかった。
かつて望が記憶を持っていた頃は、二人を繋ぐ大切なツールだった。
しかし今となっては、ただの金属の塊――ガラクタのように見える。
当然、望からの連絡はない。
メールの差出人は和也だった。
雄介は湯気の立つ味噌汁をすすりながら、ゆっくりとメッセージを開く。
『よっ! さっき約束しただろ? 望の情報、随時伝えるってやつ』
その一文に、雄介は思わず小さく息を吐いた。
口の中のご飯を噛みながら、続きを読み進める。
『ま、当たり前だけど、まだ望はまったく記憶が戻ってねぇ。
でも検査では異常なし。
このままいけば、一週間くらいで退院できるってさ。
今はそんくらいかな?』
「一週間、か……」
雄介は箸を置き、ぼんやりと天井を見上げた。
短いようで、途方もなく長い時間に感じる。
――行くべきか、行かざるべきか。
病院へ顔を出しても、望は自分を覚えていない。
それでも会いに行く意味はあるのか。
何を話せばいいのか。
記憶を失った望を前に、以前のような会話ができるとは思えない。
しかし一方で、会わなければ、もう二度と望が自分を思い出せない気もしていた。
記憶という糸は、少しずつ紡ぎ直すことができるのかもしれない。
ならば、賭けてみるしかない。
雄介はゆっくりと決意を固めると、携帯を手に取った。
画面を見つめ、短くメッセージを打ち込む。
『和也、ありがとな。
明日、俺も病院に行くわ。』
送信ボタンを押した瞬間、雄介の胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。
それは「絶望」ではなく――微かな「希望」の火だった。
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