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すずちゃんのJK生活
第5話:崩れた偶像、文芸部の午後
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「ごめんねすずちゃん、一郎くん! あたしたち、ちょっと抜けるねっ!」
文芸部の部室に入って、ほんの10分ほど。ふわっとした空気がようやく馴染んできたところで、楓ちゃんが勢いよく立ち上がった。
「え、えっ!? もう帰っちゃうんですか?」
思わず私が声を上げると、楓ちゃんはにひひと笑い、人懐っこくウインクを決めてきた。その無邪気な表情に、返す言葉を失いかける。
「うちで支援してる選手には私がマンツーマンの指導をしてるんだけど、陸上部とフェンシング部の指導希望日がバッティングしちゃってさ~! 都斗と一緒に行って、顧問と調整してくる!」
「調整って……そんなことまで楓ちゃんがしてるんですか?」
「そだよっ! “選手の心は練習後の空気で決まる”って言うし!」
「誰が言ってました!?」
「私! あと都斗も!」
「言ってない」
すかさず鳥夜くんが低い声で否定する。けれどその手にはしっかりタブレット。まるで慣れきった日常のように、黙々とスケジュールを確認しているその姿が逆に説得力を持っていた。
「そんなわけで私と都斗は“準部員”ってやつだから、普段はちょこちょこ顔出すだけなんだ~。でもまたすぐ来るから! 今度は一緒に小説の話もしようねっ」
バタバタと駆け出していく楓ちゃんの後ろ姿を、都斗くんがゆるやかに追いかける。行き慣れた足取りと、ちらりとこちらに向けられた無表情。その背中には、一瞬だけ疲れのような影が見えた気がした。
(……あのふたり、ほんとに忙しいんだな)
「……あの人たち、忙しいな」
静かに一郎くんが言う。その声はどこか、ぽつんと宙に浮かぶようだった。
「うん……すごいね、色んな意味で」
楓ちゃんの残したエネルギーが部屋にまだ少し残っているようで、それでもその場に残された私たちには、ふわりと空気の隙間ができた気がした。
──少しだけ、ぽっかりとした静けさ。
⸻
「さて、では改めて。ようこそ、文芸部へ」
優凜先輩が微笑みながら手を広げるように言うと、それまであいまいだった空気が、すっと文芸部らしい落ち着きに包まれていく。
木目調のテーブルには、湯気の立つお茶が人数分。壁際には、背表紙の色とりどりな本が整然と並び、古典文学からライトノベル、詩集、エッセイ、専門書まで、とにかくジャンルの垣根がない。
「この部は、自由研究型とでも言えばいいかな。好きな本を読んで、感想を共有したり、自分で作品をちょっと書いてみたり。大事なのは“好きであること”だよ。文化に触れて、自分の中に何かが生まれたら、それで充分」
優凜先輩の声は、まるで一編の短い詩のようで、どこまでも柔らかい。
「……物語を書いたりするんですか?」
思わず私が聞き返すと、先輩はくすっと笑った。
「もちろん、文化祭では毎年1人1作品以上作ったものを掲載した部誌を作成するんだ。でも小説を無理にとは言わないよ。クイズでもイラストでも、写真だって本に載せられるものであればいいんだ。でも、もし書いたら、読ませてもらえると嬉しいな。僕は読むのが好きだからね」
その言葉に、胸の奥がほんのりあたたかくなる。
(この人、本当に……居心地のいい人だな)
一緒にいるだけで、どこか安心する。力を抜いて、自然に呼吸ができる場所。それが“文芸部”なんだと、じんわりと感じた。
「黒酒くんは……小説とか、書いたりする?」
「読んだことはあるけど、書いたことは……ないな」
そう答えた彼は、ふと視線を棚へ向けた。そして、そっと指先を伸ばす。その先には、装丁の古びたSF小説の一冊。
「……懐かしい。これ、姉が借りてきてたやつだ」
「読んだことあるの?」
「……うん、たぶん全巻」
「おぉ~、すごい……!」
目元は相変わらず表情に乏しいけれど、ほんのわずか、口元の緊張がゆるんだ気がした。
(……少しずつ、だけど)
(距離が近づいてる。そんな気がする)
そんな空気の中で、ふいに別の声がかかった。
「ふふ。楽しそうだね、小鈴ちゃん」
部屋の奥でタブレットを見ていた乃斗先輩が、ゆったりと歩み寄ってくる。その姿を見た瞬間、私はぴんと背筋を伸ばした。
(やっぱり……この人は、特別だ)
どこまでも落ち着いていて、どこまでも品がある。纏う空気が、他の誰とも違って見える。
「小鈴ちゃんは、妹の楓と席が近いんだって?」
「え、あ……はい。今日、初めて会ったばかりですけど……」
「ふむふむ。じゃあ、これを見てほしいな」
そう言って乃斗先輩が差し出したタブレットの画面に、私は思わず息を呑んだ。
「……えっ、これ……幼稚園の運動会?」
「そう。妹がリレーで全員をごぼう抜きして優勝した時の写真。こっちは小学校一年のピアノ発表会、そしてこれが……初めての自作プログラムで家庭用ロボットを動かした記録」
「……あの、乃斗先輩?」
「俺の妹、完璧じゃない? かわいくて、賢くて、足も速くて、性格も素直で、人懐っこくて、努力家で、天使で……!」
「ええと……あの、はい……?」
「最近は書道も始めてね。これは中学の卒業式で書いた“夢”の字。筆圧と余白処理、完璧。これは額に入れて寝室に飾ってる」
「飾ってるんですか!?」
「飾るだろ!? 妹だぞ!? ちなみにこれは去年撮った七五三風の──」
「待ってください!? 中三ですよね!?」
「“風”だ。“風”が大事なんだ。写真としての完成度は見ての通り──この構図、背景のぼかし方、天才」
乃斗先輩の目は、もう完全に「妹尊すぎて現実が見えてない光」で輝いていた。
(……えっ、待って)
(この人、あんなにかっこよくて、生徒会長で、完璧超人みたいなのに……)
(こんな、妹の写真でアルバム100冊作りそうなテンションだったなんて……)
私の中で、理想像が音を立てて崩れ落ちた。
ぱりん。
それは、憧れでコーティングされた“完璧な像”が粉々に砕ける音。
⸻
文芸部の午後は、想像以上にドラマチックだった。
誰もが“それっぽく見えて”、実際にはちょっと変で、面白くて、予想できない。
でも、だからこそ。
(……これが、グリフィンチなんだな)
気づけば私は、小さく微笑んでいた。
まだ始まったばかりの学園生活。だけど、その幕開けは想像以上ににぎやかで、心地よかった。
まるで、一冊の分厚い小説の、最初のページをめくった瞬間のように。
文芸部の部室に入って、ほんの10分ほど。ふわっとした空気がようやく馴染んできたところで、楓ちゃんが勢いよく立ち上がった。
「え、えっ!? もう帰っちゃうんですか?」
思わず私が声を上げると、楓ちゃんはにひひと笑い、人懐っこくウインクを決めてきた。その無邪気な表情に、返す言葉を失いかける。
「うちで支援してる選手には私がマンツーマンの指導をしてるんだけど、陸上部とフェンシング部の指導希望日がバッティングしちゃってさ~! 都斗と一緒に行って、顧問と調整してくる!」
「調整って……そんなことまで楓ちゃんがしてるんですか?」
「そだよっ! “選手の心は練習後の空気で決まる”って言うし!」
「誰が言ってました!?」
「私! あと都斗も!」
「言ってない」
すかさず鳥夜くんが低い声で否定する。けれどその手にはしっかりタブレット。まるで慣れきった日常のように、黙々とスケジュールを確認しているその姿が逆に説得力を持っていた。
「そんなわけで私と都斗は“準部員”ってやつだから、普段はちょこちょこ顔出すだけなんだ~。でもまたすぐ来るから! 今度は一緒に小説の話もしようねっ」
バタバタと駆け出していく楓ちゃんの後ろ姿を、都斗くんがゆるやかに追いかける。行き慣れた足取りと、ちらりとこちらに向けられた無表情。その背中には、一瞬だけ疲れのような影が見えた気がした。
(……あのふたり、ほんとに忙しいんだな)
「……あの人たち、忙しいな」
静かに一郎くんが言う。その声はどこか、ぽつんと宙に浮かぶようだった。
「うん……すごいね、色んな意味で」
楓ちゃんの残したエネルギーが部屋にまだ少し残っているようで、それでもその場に残された私たちには、ふわりと空気の隙間ができた気がした。
──少しだけ、ぽっかりとした静けさ。
⸻
「さて、では改めて。ようこそ、文芸部へ」
優凜先輩が微笑みながら手を広げるように言うと、それまであいまいだった空気が、すっと文芸部らしい落ち着きに包まれていく。
木目調のテーブルには、湯気の立つお茶が人数分。壁際には、背表紙の色とりどりな本が整然と並び、古典文学からライトノベル、詩集、エッセイ、専門書まで、とにかくジャンルの垣根がない。
「この部は、自由研究型とでも言えばいいかな。好きな本を読んで、感想を共有したり、自分で作品をちょっと書いてみたり。大事なのは“好きであること”だよ。文化に触れて、自分の中に何かが生まれたら、それで充分」
優凜先輩の声は、まるで一編の短い詩のようで、どこまでも柔らかい。
「……物語を書いたりするんですか?」
思わず私が聞き返すと、先輩はくすっと笑った。
「もちろん、文化祭では毎年1人1作品以上作ったものを掲載した部誌を作成するんだ。でも小説を無理にとは言わないよ。クイズでもイラストでも、写真だって本に載せられるものであればいいんだ。でも、もし書いたら、読ませてもらえると嬉しいな。僕は読むのが好きだからね」
その言葉に、胸の奥がほんのりあたたかくなる。
(この人、本当に……居心地のいい人だな)
一緒にいるだけで、どこか安心する。力を抜いて、自然に呼吸ができる場所。それが“文芸部”なんだと、じんわりと感じた。
「黒酒くんは……小説とか、書いたりする?」
「読んだことはあるけど、書いたことは……ないな」
そう答えた彼は、ふと視線を棚へ向けた。そして、そっと指先を伸ばす。その先には、装丁の古びたSF小説の一冊。
「……懐かしい。これ、姉が借りてきてたやつだ」
「読んだことあるの?」
「……うん、たぶん全巻」
「おぉ~、すごい……!」
目元は相変わらず表情に乏しいけれど、ほんのわずか、口元の緊張がゆるんだ気がした。
(……少しずつ、だけど)
(距離が近づいてる。そんな気がする)
そんな空気の中で、ふいに別の声がかかった。
「ふふ。楽しそうだね、小鈴ちゃん」
部屋の奥でタブレットを見ていた乃斗先輩が、ゆったりと歩み寄ってくる。その姿を見た瞬間、私はぴんと背筋を伸ばした。
(やっぱり……この人は、特別だ)
どこまでも落ち着いていて、どこまでも品がある。纏う空気が、他の誰とも違って見える。
「小鈴ちゃんは、妹の楓と席が近いんだって?」
「え、あ……はい。今日、初めて会ったばかりですけど……」
「ふむふむ。じゃあ、これを見てほしいな」
そう言って乃斗先輩が差し出したタブレットの画面に、私は思わず息を呑んだ。
「……えっ、これ……幼稚園の運動会?」
「そう。妹がリレーで全員をごぼう抜きして優勝した時の写真。こっちは小学校一年のピアノ発表会、そしてこれが……初めての自作プログラムで家庭用ロボットを動かした記録」
「……あの、乃斗先輩?」
「俺の妹、完璧じゃない? かわいくて、賢くて、足も速くて、性格も素直で、人懐っこくて、努力家で、天使で……!」
「ええと……あの、はい……?」
「最近は書道も始めてね。これは中学の卒業式で書いた“夢”の字。筆圧と余白処理、完璧。これは額に入れて寝室に飾ってる」
「飾ってるんですか!?」
「飾るだろ!? 妹だぞ!? ちなみにこれは去年撮った七五三風の──」
「待ってください!? 中三ですよね!?」
「“風”だ。“風”が大事なんだ。写真としての完成度は見ての通り──この構図、背景のぼかし方、天才」
乃斗先輩の目は、もう完全に「妹尊すぎて現実が見えてない光」で輝いていた。
(……えっ、待って)
(この人、あんなにかっこよくて、生徒会長で、完璧超人みたいなのに……)
(こんな、妹の写真でアルバム100冊作りそうなテンションだったなんて……)
私の中で、理想像が音を立てて崩れ落ちた。
ぱりん。
それは、憧れでコーティングされた“完璧な像”が粉々に砕ける音。
⸻
文芸部の午後は、想像以上にドラマチックだった。
誰もが“それっぽく見えて”、実際にはちょっと変で、面白くて、予想できない。
でも、だからこそ。
(……これが、グリフィンチなんだな)
気づけば私は、小さく微笑んでいた。
まだ始まったばかりの学園生活。だけど、その幕開けは想像以上ににぎやかで、心地よかった。
まるで、一冊の分厚い小説の、最初のページをめくった瞬間のように。
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