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すずちゃんのJK生活
第4話:放課後の扉、文芸部へ
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「すずちゃん、今日って何か部活見学の予定ある?」
放課後のチャイムが鳴った直後、隣の席の楓ちゃんが勢いよく椅子を回転させて、まっすぐにこちらへ向き直ってきた。机と椅子の脚が床を滑る音が、無邪気な勢いをそのまま物語っている。
「え……? あ、いえ、特には……」
私は少し戸惑いながら答えた。教室の中ではまだ多くの生徒が残っていて、教科書の束やプリントを机に並べながら、あちらこちらで賑やかにおしゃべりの輪が広がっている。入学初日の午後、会話の中心はやっぱり部活動。部員募集のチラシを持った上級生の姿も、ちらほらと見えていた。
「よーし、じゃあ決まりっ!」
「えっ」
私が理解するより先に、楓ちゃんが勢いよく立ち上がる。そして、おおげさなくらい眩しい笑顔で、私の手をぐいっと掴んだ。
「文芸部、行こ! あたしと都斗と優凜ちゃんがずっと所属してる部活なんだけど、超のんびりでいいところなんだよ~。雰囲気もゆるくて、すずちゃんも絶対気に入ると思う!」
その目は、まるで「すでに決定事項です」と言わんばかりに輝いている。手を握られたまま、私は立ち上がるタイミングを逃してしまい、まるで流されるように立ち上がりかけた。
「……あ、一郎くんも行こうよ。近くだし!」
「え?」
楓ちゃんは今度、くるりと身体をひねって、背後の席に座っている一郎くんに声をかけた。椅子の背に鞄をかけかけていた彼は、ふと顔を上げ、小さく瞬く。
「僕も……?」
「うん。だって同じ1-Gなんだし、同じ教室で3年間過ごすかもしれない仲間だよ? 最初が肝心なのだ~!」
まるで何かのスローガンみたいに言い切る楓ちゃんに、一郎くんはわずかな間を置いたあと、淡々とした声で答えた。
「……わかった」
それだけの返事なのに、どうしてだろう。私はその一言が、妙に嬉しかった。表情は相変わらず乏しいけれど、ちゃんと話を聞いていてくれた。そんな、静かな肯定の気配が伝わってくる。
(無表情だけど、ちゃんと“いる”って感じ……)
こうして、私と楓ちゃん、黒酒くん、そして当然のように後ろからついてきた都斗くんの4人で、文芸部の部室へと向かうことになった。
⸻
校舎の一角。少し古びた木製の扉が、文芸部の部室だった。ガラスのはめ込まれた窓から柔らかな光が差し込み、あたりはなんだかほのかにあたたかい。
「こんにちはー!」
楓ちゃんが元気いっぱいに扉を開けると、ふわりと本の匂いが鼻をくすぐった。紙の焼けるような香りとインクの香り。それだけで、どこか落ち着いた気持ちになる。
中は想像以上に整えられていた。壁際に整然と並ぶ本棚、手入れの行き届いたソファと小さなテーブル。まるで静かな喫茶室のような、居心地のよさが漂っている。
その奥、窓辺に立つ一人の先輩が、本を片手にこちらを振り返った。
「ようこそ、文芸部へ」
柔らかな声音。品のある佇まい。どこか中性的で、まるで絵本の登場人物のように現実味がないのに、確かにそこに“いる”存在感があった。
──手にしているのは『学校で裏番長になる方法』と書かれた、妙に厚い本。
(なぜそのチョイス……!)
「えーと、はじめまして。1年の槙尾小鈴です」
私はやや緊張しながら頭を下げた。先輩はにこりと微笑んで、すっと片手を差し出した。
「小鈴ちゃんよろしくね、私は2年の支倉優凜。文芸部の部長だよ。今日から1-Gに入ったんだね。ようこそ」
優しい声。穏やかな目。思わず張っていた肩の力が、ふっと抜けていく。
「優凜ちゃんはね、昔から私や都斗と家族ぐるみの付き合いなの! もー、物心ついた時からずっと一緒なのだ~!」
楓ちゃんが横から明るい声で補足する。驚いて顔を向けると、彼女は得意げにうなずいた。
「えっ、幼なじみなんですか?」
「うん。元々はママたちが友達だったんだけどうちはスポーツメーカーの家で、都斗の家は教育関係。優凜先輩のお家は出版系っていうか、作家一家なんだよー!だからパーティとかでよく会ってて」
「なんという業界寄せ集め……」
「でしょ!? でもその分、話が広がって楽しいの! 子どもの頃から合宿とか遊びとか、ケンカもガチだったし!」
「ケンカ!?」
「もちろん、都斗には負けたことないけどね!」
「勝敗つくほどのやつだったんですか!?」
「……あれは不意打ちだろ」
鳥夜くんがぼそっと小さくつぶやく。どれだけ激しい幼少期だったんだろう……と思いつつも、3人のやり取りにはどこかほっとする温かさがあった。
私はその輪の少し外側にいる気がして、ふと近くに立つ一郎くんに声をかける。
「えと……黒酒くんって、内部生ですか?」
「いや、外部生」
「あ……そうなんだ。私もです、実は」
「そう」
それだけのやり取り。でも、不思議なことに、彼の口調はほんのわずかに柔らかくなったように感じられた。
(……少しだけ、分かり合えた気がする)
さっきまで“ただのクラスメイト”だった彼に、ゆっくりと輪郭がついていく。
「紅葉兄も来てると思うよ~。今日部室に顔出すって言ってたし」
「え? 生徒会長の?」
「そうそう!紅葉兄が部室来るの、ちょっと珍しいんだよね」
楓ちゃんがカーテンのほうに目を向けたとき――
「……いるよ」
声と同時に、カーテンの陰から姿を現したのは、まさしく乃斗紅葉先輩だった。
光を受けて淡くきらめく髪。落ち着いた微笑をたたえ、手にはタブレット端末。視線が合った瞬間、胸がどくりと大きく鳴った。
「入学初日、お疲れさま。文芸部に来てくれて嬉しいよ」
「えっ、あ、いえ、こちらこそ……っ」
言葉がうまく出てこなかった。けれど、それでも。
その声はどこまでも優しく、どこまでも凛としていた。
(やっぱり……すごい人だ)
壇上の彼を見たときと同じ、あるいはそれ以上の存在感。けれど近くにいる今、その温度はとても穏やかだった。
「僕も文芸部員だよ。とはいえ忙しくて、あまり顔を出せないけどね」
「部長は優凜先輩なのに、なぜか部の金庫の鍵は紅葉兄が管理してるんだよー! 意味わかんないでしょ?」
「それは信頼という名の横暴だ」
「ひどっ!?」
場が一気に和み、部室の空気がさらに柔らかくなる。私は、気づけば笑っていた。
(こういうの……すごく、いいな)
にぎやかすぎず、でもどこか優しい。静かだけど、確かに“つながっていく”感覚。
文芸部という空間が、私にとっての「特別な居場所」になりそうな――そんな予感が、胸の奥に静かに灯っていた。
放課後のチャイムが鳴った直後、隣の席の楓ちゃんが勢いよく椅子を回転させて、まっすぐにこちらへ向き直ってきた。机と椅子の脚が床を滑る音が、無邪気な勢いをそのまま物語っている。
「え……? あ、いえ、特には……」
私は少し戸惑いながら答えた。教室の中ではまだ多くの生徒が残っていて、教科書の束やプリントを机に並べながら、あちらこちらで賑やかにおしゃべりの輪が広がっている。入学初日の午後、会話の中心はやっぱり部活動。部員募集のチラシを持った上級生の姿も、ちらほらと見えていた。
「よーし、じゃあ決まりっ!」
「えっ」
私が理解するより先に、楓ちゃんが勢いよく立ち上がる。そして、おおげさなくらい眩しい笑顔で、私の手をぐいっと掴んだ。
「文芸部、行こ! あたしと都斗と優凜ちゃんがずっと所属してる部活なんだけど、超のんびりでいいところなんだよ~。雰囲気もゆるくて、すずちゃんも絶対気に入ると思う!」
その目は、まるで「すでに決定事項です」と言わんばかりに輝いている。手を握られたまま、私は立ち上がるタイミングを逃してしまい、まるで流されるように立ち上がりかけた。
「……あ、一郎くんも行こうよ。近くだし!」
「え?」
楓ちゃんは今度、くるりと身体をひねって、背後の席に座っている一郎くんに声をかけた。椅子の背に鞄をかけかけていた彼は、ふと顔を上げ、小さく瞬く。
「僕も……?」
「うん。だって同じ1-Gなんだし、同じ教室で3年間過ごすかもしれない仲間だよ? 最初が肝心なのだ~!」
まるで何かのスローガンみたいに言い切る楓ちゃんに、一郎くんはわずかな間を置いたあと、淡々とした声で答えた。
「……わかった」
それだけの返事なのに、どうしてだろう。私はその一言が、妙に嬉しかった。表情は相変わらず乏しいけれど、ちゃんと話を聞いていてくれた。そんな、静かな肯定の気配が伝わってくる。
(無表情だけど、ちゃんと“いる”って感じ……)
こうして、私と楓ちゃん、黒酒くん、そして当然のように後ろからついてきた都斗くんの4人で、文芸部の部室へと向かうことになった。
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校舎の一角。少し古びた木製の扉が、文芸部の部室だった。ガラスのはめ込まれた窓から柔らかな光が差し込み、あたりはなんだかほのかにあたたかい。
「こんにちはー!」
楓ちゃんが元気いっぱいに扉を開けると、ふわりと本の匂いが鼻をくすぐった。紙の焼けるような香りとインクの香り。それだけで、どこか落ち着いた気持ちになる。
中は想像以上に整えられていた。壁際に整然と並ぶ本棚、手入れの行き届いたソファと小さなテーブル。まるで静かな喫茶室のような、居心地のよさが漂っている。
その奥、窓辺に立つ一人の先輩が、本を片手にこちらを振り返った。
「ようこそ、文芸部へ」
柔らかな声音。品のある佇まい。どこか中性的で、まるで絵本の登場人物のように現実味がないのに、確かにそこに“いる”存在感があった。
──手にしているのは『学校で裏番長になる方法』と書かれた、妙に厚い本。
(なぜそのチョイス……!)
「えーと、はじめまして。1年の槙尾小鈴です」
私はやや緊張しながら頭を下げた。先輩はにこりと微笑んで、すっと片手を差し出した。
「小鈴ちゃんよろしくね、私は2年の支倉優凜。文芸部の部長だよ。今日から1-Gに入ったんだね。ようこそ」
優しい声。穏やかな目。思わず張っていた肩の力が、ふっと抜けていく。
「優凜ちゃんはね、昔から私や都斗と家族ぐるみの付き合いなの! もー、物心ついた時からずっと一緒なのだ~!」
楓ちゃんが横から明るい声で補足する。驚いて顔を向けると、彼女は得意げにうなずいた。
「えっ、幼なじみなんですか?」
「うん。元々はママたちが友達だったんだけどうちはスポーツメーカーの家で、都斗の家は教育関係。優凜先輩のお家は出版系っていうか、作家一家なんだよー!だからパーティとかでよく会ってて」
「なんという業界寄せ集め……」
「でしょ!? でもその分、話が広がって楽しいの! 子どもの頃から合宿とか遊びとか、ケンカもガチだったし!」
「ケンカ!?」
「もちろん、都斗には負けたことないけどね!」
「勝敗つくほどのやつだったんですか!?」
「……あれは不意打ちだろ」
鳥夜くんがぼそっと小さくつぶやく。どれだけ激しい幼少期だったんだろう……と思いつつも、3人のやり取りにはどこかほっとする温かさがあった。
私はその輪の少し外側にいる気がして、ふと近くに立つ一郎くんに声をかける。
「えと……黒酒くんって、内部生ですか?」
「いや、外部生」
「あ……そうなんだ。私もです、実は」
「そう」
それだけのやり取り。でも、不思議なことに、彼の口調はほんのわずかに柔らかくなったように感じられた。
(……少しだけ、分かり合えた気がする)
さっきまで“ただのクラスメイト”だった彼に、ゆっくりと輪郭がついていく。
「紅葉兄も来てると思うよ~。今日部室に顔出すって言ってたし」
「え? 生徒会長の?」
「そうそう!紅葉兄が部室来るの、ちょっと珍しいんだよね」
楓ちゃんがカーテンのほうに目を向けたとき――
「……いるよ」
声と同時に、カーテンの陰から姿を現したのは、まさしく乃斗紅葉先輩だった。
光を受けて淡くきらめく髪。落ち着いた微笑をたたえ、手にはタブレット端末。視線が合った瞬間、胸がどくりと大きく鳴った。
「入学初日、お疲れさま。文芸部に来てくれて嬉しいよ」
「えっ、あ、いえ、こちらこそ……っ」
言葉がうまく出てこなかった。けれど、それでも。
その声はどこまでも優しく、どこまでも凛としていた。
(やっぱり……すごい人だ)
壇上の彼を見たときと同じ、あるいはそれ以上の存在感。けれど近くにいる今、その温度はとても穏やかだった。
「僕も文芸部員だよ。とはいえ忙しくて、あまり顔を出せないけどね」
「部長は優凜先輩なのに、なぜか部の金庫の鍵は紅葉兄が管理してるんだよー! 意味わかんないでしょ?」
「それは信頼という名の横暴だ」
「ひどっ!?」
場が一気に和み、部室の空気がさらに柔らかくなる。私は、気づけば笑っていた。
(こういうの……すごく、いいな)
にぎやかすぎず、でもどこか優しい。静かだけど、確かに“つながっていく”感覚。
文芸部という空間が、私にとっての「特別な居場所」になりそうな――そんな予感が、胸の奥に静かに灯っていた。
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