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すずちゃんのJK生活
第9話 黄昏と眼鏡
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「──静か、だなあ……」
カーテン越しに夕陽が差し込む部屋で、小鈴はそっと布の端をつまみ、窓の外を覗いた。
わずかに開かれた隙間から見えるのは、日が傾きかけた住宅街の景色。
屋根の連なりの向こうで、オレンジと藍がゆっくりと溶け合い、夏の終わりを告げるような空が広がっていた。
帰宅ラッシュにはまだ早く、街の音もどこか遠く。
車の通る音が時折、地面を這うように響いては、またすぐに静寂に吸い込まれていく。
──この静けさは、何だか懐かしい。
胸の奥に、淡く滲むような不安と安堵の混ざった気持ちを抱えたまま、そっとカーテンを閉じた。
通い慣れていた中学校とは何もかもが違う。
広くて、眩しくて、どこか夢のような場所──グリフィンチ学園。
名門であり、選ばれた者の集う場所だと聞かされていたその学園の中でも、さらに“特別”なクラス、1-G組。
入学したばかりの春の日の記憶も、すでに遠くに思える。
その日からの出来事は、まるで別の物語のようだった。
異能。
裏文芸部。
帳面──そして、《貪食》という力。
信じられないような言葉が、自分の中に静かに沈んでいく。
「私、本当に、“異能者”になったんだろうか……」
制服のまま、ベッドにごろんと寝転がる。
天井の模様を見つめながら、誰に聞かせるでもない声で、ぽつりと呟いた。
──こんなこと、本当にあるんだろうか。
漫画や小説の中にしかないと思ってたのに。
でも、あの日から、世界は少しずつ、確かに変わり始めていた。
自分の中に確かに“力”がある。
けれど、その重さや意味を、まだ掴みきれずにいる。
まばたきのリズムが緩んでいく。
瞼が重くなり始め、意識がゆるやかに眠気に引き寄せられようとした、そのとき──
「……え?」
耳元で、泡が弾けるような音がした。
小さく、でも確かに、空間を震わせるような──コポォン、という音。
驚いて目を開けた瞬間、天井の一角から、それは現れた。
ふわふわと漂う黒縁メガネ。
重力を無視するように空間を泳ぎながら、小鈴の方へとじわじわ近づいてくる。
「……また、来た……!?」
反射的に身体を起こし、ベッドの端に座り直した瞬間、
黒縁メガネは空中で軽く回転しながら──ぴたり、と小鈴の目の前に“座った”。
「やっほ~小鈴ちゃ~ん☆ 会いたかった? ねぇ、会いたかったでしょ? え、うそ? 嘘って言ったら泣いちゃうよ~?」
「……別に。っていうか、本当に何なんですか……!」
思わず語気が強くなる。
それも当然だった。
異能を手にしたその日から、幾度となく現れては好き勝手なことを言って消えていく、この“バンブー”と名乗る異形の存在。
そのふざけた口調とは裏腹に、語られる言葉はどこか現実をねじまげてくるようで──怖かった。
「ま~まぁまぁ、そんなに怒らないでさ。今日はちょっと真面目なお話をしに来たんだから。小鈴ちゃんに、“自覚”してもらいたくてね」
「……自覚、って?」
「うん。キミはもう、ただの人間じゃない。《貪食》という異能を持つ者として、世界にとってちょっと特別な存在になっちゃったわけ。だから、そろそろ自分の立場を、ちゃんと理解しておいてほしいな~って」
胸の奥が、ひやりと冷えた気がした。
「……誰に、備えろっていうの?」
その問いに、バンブーの声色が一瞬だけ変わる。
「“敵”さ。人間かもしれないし、異形かもしれない。あるいは……“異能そのもの”かもしれない。
でもね、小鈴ちゃん。《貪食》って能力は、特に“厄介”で“危険”なんだ。だからこそ、狙われやすい。これはね、警告なんだよ」
言葉が喉に詰まり、息を飲む。
──どうして、私がそんな目に。
そんな疑問が渦を巻く中、バンブーはくるくると空中で踊るように回転しながら、次の話題を持ち出した。
「それから、もうひとつ重要なこと。黒酒一郎くんについて」
「……黒酒くん?」
思わず名前を繰り返す。
「彼の家はね、代々異能を記録・管理してきた一族なんだ。表向きは名家、だけど裏では“図書館”であり“監獄”として機能してきた。
彼が持ってる“帳面”──あれは、異能者にとっては“攻略本”みたいなものだよ」
「……そんな……」
「もちろん、黒酒くんが悪いわけじゃない。だけど帳面は、感情も容赦も持たない。観測された異能は、すべて記録され、対象になる。キミの《貪食》もね」
その言葉が落ちた瞬間、小鈴の心に冷たい水が注ぎ込まれる。
──私のこと、記録されてる?
信頼していた黒酒くんが?
でも、それは彼自身の意志じゃない……。
思考がぐるぐると回り始めたところで、バンブーの声が、少しだけ優しくなる。
「だからこそ、“選んで”ほしいんだ。
これからどうやって《貪食》と向き合っていくか。
何を欲し、何を取り込むか。
そのすべては、キミの“選択”にかかっている。
この力は、キミ次第で“救い”にも“破滅”にもなるんだよ」
その言葉を最後に、バンブーはふわりと浮かび、光の粒となって消えていった。
──静けさが戻ってくる。
聞こえるのは、時計の針が進む音だけ。
「……選び続ける……か」
自分の手を見下ろせば、震えていた。気づかないうちに、ぎゅっと指が強く握られていた。
ベッドを離れ、階段を降りる。
ドアの向こうから、テレビの音と、家族の話し声が聞こえる。
「小鈴、おかえり。温かいスープあるわよ」
「パパの野菜炒め、今日のは自信作だぞ!」
──何気ない、でもかけがえのない、日常。
「……ありがとう。いただきます」
この時間を守りたい。
この“普通”を、選び続けたい。
その夜。
眠れないまま、天井を見上げていた小鈴は、再び静かに手を握った。
壊すためじゃない。
奪うためでもない。
守るために、力を使いたい。
それが、今の私の“選択”。
──そして、私は私を、選び続ける。
カーテン越しに夕陽が差し込む部屋で、小鈴はそっと布の端をつまみ、窓の外を覗いた。
わずかに開かれた隙間から見えるのは、日が傾きかけた住宅街の景色。
屋根の連なりの向こうで、オレンジと藍がゆっくりと溶け合い、夏の終わりを告げるような空が広がっていた。
帰宅ラッシュにはまだ早く、街の音もどこか遠く。
車の通る音が時折、地面を這うように響いては、またすぐに静寂に吸い込まれていく。
──この静けさは、何だか懐かしい。
胸の奥に、淡く滲むような不安と安堵の混ざった気持ちを抱えたまま、そっとカーテンを閉じた。
通い慣れていた中学校とは何もかもが違う。
広くて、眩しくて、どこか夢のような場所──グリフィンチ学園。
名門であり、選ばれた者の集う場所だと聞かされていたその学園の中でも、さらに“特別”なクラス、1-G組。
入学したばかりの春の日の記憶も、すでに遠くに思える。
その日からの出来事は、まるで別の物語のようだった。
異能。
裏文芸部。
帳面──そして、《貪食》という力。
信じられないような言葉が、自分の中に静かに沈んでいく。
「私、本当に、“異能者”になったんだろうか……」
制服のまま、ベッドにごろんと寝転がる。
天井の模様を見つめながら、誰に聞かせるでもない声で、ぽつりと呟いた。
──こんなこと、本当にあるんだろうか。
漫画や小説の中にしかないと思ってたのに。
でも、あの日から、世界は少しずつ、確かに変わり始めていた。
自分の中に確かに“力”がある。
けれど、その重さや意味を、まだ掴みきれずにいる。
まばたきのリズムが緩んでいく。
瞼が重くなり始め、意識がゆるやかに眠気に引き寄せられようとした、そのとき──
「……え?」
耳元で、泡が弾けるような音がした。
小さく、でも確かに、空間を震わせるような──コポォン、という音。
驚いて目を開けた瞬間、天井の一角から、それは現れた。
ふわふわと漂う黒縁メガネ。
重力を無視するように空間を泳ぎながら、小鈴の方へとじわじわ近づいてくる。
「……また、来た……!?」
反射的に身体を起こし、ベッドの端に座り直した瞬間、
黒縁メガネは空中で軽く回転しながら──ぴたり、と小鈴の目の前に“座った”。
「やっほ~小鈴ちゃ~ん☆ 会いたかった? ねぇ、会いたかったでしょ? え、うそ? 嘘って言ったら泣いちゃうよ~?」
「……別に。っていうか、本当に何なんですか……!」
思わず語気が強くなる。
それも当然だった。
異能を手にしたその日から、幾度となく現れては好き勝手なことを言って消えていく、この“バンブー”と名乗る異形の存在。
そのふざけた口調とは裏腹に、語られる言葉はどこか現実をねじまげてくるようで──怖かった。
「ま~まぁまぁ、そんなに怒らないでさ。今日はちょっと真面目なお話をしに来たんだから。小鈴ちゃんに、“自覚”してもらいたくてね」
「……自覚、って?」
「うん。キミはもう、ただの人間じゃない。《貪食》という異能を持つ者として、世界にとってちょっと特別な存在になっちゃったわけ。だから、そろそろ自分の立場を、ちゃんと理解しておいてほしいな~って」
胸の奥が、ひやりと冷えた気がした。
「……誰に、備えろっていうの?」
その問いに、バンブーの声色が一瞬だけ変わる。
「“敵”さ。人間かもしれないし、異形かもしれない。あるいは……“異能そのもの”かもしれない。
でもね、小鈴ちゃん。《貪食》って能力は、特に“厄介”で“危険”なんだ。だからこそ、狙われやすい。これはね、警告なんだよ」
言葉が喉に詰まり、息を飲む。
──どうして、私がそんな目に。
そんな疑問が渦を巻く中、バンブーはくるくると空中で踊るように回転しながら、次の話題を持ち出した。
「それから、もうひとつ重要なこと。黒酒一郎くんについて」
「……黒酒くん?」
思わず名前を繰り返す。
「彼の家はね、代々異能を記録・管理してきた一族なんだ。表向きは名家、だけど裏では“図書館”であり“監獄”として機能してきた。
彼が持ってる“帳面”──あれは、異能者にとっては“攻略本”みたいなものだよ」
「……そんな……」
「もちろん、黒酒くんが悪いわけじゃない。だけど帳面は、感情も容赦も持たない。観測された異能は、すべて記録され、対象になる。キミの《貪食》もね」
その言葉が落ちた瞬間、小鈴の心に冷たい水が注ぎ込まれる。
──私のこと、記録されてる?
信頼していた黒酒くんが?
でも、それは彼自身の意志じゃない……。
思考がぐるぐると回り始めたところで、バンブーの声が、少しだけ優しくなる。
「だからこそ、“選んで”ほしいんだ。
これからどうやって《貪食》と向き合っていくか。
何を欲し、何を取り込むか。
そのすべては、キミの“選択”にかかっている。
この力は、キミ次第で“救い”にも“破滅”にもなるんだよ」
その言葉を最後に、バンブーはふわりと浮かび、光の粒となって消えていった。
──静けさが戻ってくる。
聞こえるのは、時計の針が進む音だけ。
「……選び続ける……か」
自分の手を見下ろせば、震えていた。気づかないうちに、ぎゅっと指が強く握られていた。
ベッドを離れ、階段を降りる。
ドアの向こうから、テレビの音と、家族の話し声が聞こえる。
「小鈴、おかえり。温かいスープあるわよ」
「パパの野菜炒め、今日のは自信作だぞ!」
──何気ない、でもかけがえのない、日常。
「……ありがとう。いただきます」
この時間を守りたい。
この“普通”を、選び続けたい。
その夜。
眠れないまま、天井を見上げていた小鈴は、再び静かに手を握った。
壊すためじゃない。
奪うためでもない。
守るために、力を使いたい。
それが、今の私の“選択”。
──そして、私は私を、選び続ける。
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