37 / 55
すずちゃんのJK生活
第35話 侵入者
しおりを挟む
放課後。まだ西日が柔らかに校舎を染める時間帯、小鈴は購買で飲み物を買った帰り道、偶然紅葉と出くわし、自然と並んで廊下を歩いていた。
窓の外には、秋の始まりを思わせる青空が広がっていた。けれど──
「……なんだか、今日は空気がざわついてませんか?」
小鈴が立ち止まり、ふと窓の外に視線をやる。
足元からすくい上げられるような微かな違和感。風が吹いているわけではない。むしろ、その“無音”こそが異質だった。
「感じた?」
紅葉が足を止め、小鈴の表情を覗き込む。真剣なまなざしを向けると、小鈴は少し戸惑いながらも頷いた。
「正確には……風が“止まりすぎてる”気がするんです。音もないし、虫の声も消えてて……ちょっと、怖いくらい」
「……小鈴ちゃん、感覚が鋭くなってる。たぶん、それは正しい直感だよ」
紅葉は苦笑を浮かべつつ、安心させるように言う。
「実はさ、数日前から一郎と気づいてたんだ。校舎の一部に、“何かが出入りしてる”痕跡があるって。まだ、はっきりとした姿は掴めてないけど」
「出入り……って、誰かが?」
「“誰か”じゃなくて、“何か”が、だね。おそらく人じゃない。少なくとも《探索》では“形”を持って認識できなかった。つまり、“視えない存在”だ」
その言葉に、小鈴の表情が引き締まる。
“視えない”というのは、裏文芸部にとって危険のサインだ。能力者同士であっても、気配を完全に隠すことは難しい。だが、それすら感じさせない何か──それは、“存在の拒絶”にも等しい。
「今日になって、新たな痕跡が見つかった。場所は、中庭の東側。旧化学実験室の前」
「旧化学実験室……。あそこって、今は使われてないんじゃ……?」
「そのはずだった。でも、妙なんだよ。空気の流れが歪んでて、部屋の中がまるで“生きてる”みたいだった。一郎の《探索》でも、完全に弾かれた」
「……弾かれた?」
思わず聞き返す小鈴。探索が“効かない”という事実。それはすなわち、“異能そのものが拒まれている”という意味だった。
「異能の“拒絶”。裏文芸部の経験上、最大級の警戒対象だ。向こうがこちらの能力を理解している可能性もあるし、そもそもこの世界の常識に当てはまらない何かかもしれない」
小鈴はごくりと喉を鳴らした。紅葉の言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。
(また──何かが、始まろうとしている)
彼女の《貪食》が反応しないのが逆に不気味だった。何かが来るという直感だけが、背筋に冷たいものを這わせていた。
⸻
そのころ。
校舎の別の場所──陽の落ちかけたグラウンドの端では、楓が笑顔でバスケットボール部の相手をしていた。
「はい、そっち行った! あと10本連続で決めたら、今日のノルマ達成~!」
「か、楓コーチ、ちょっと人間離れしてるんだけど!?」
「ふふっ、それ褒め言葉として受け取っておくね~!」
明るく笑う楓の姿に、周囲の部員たちもつられるように楽しそうな声を上げる。
だが、その様子を少し離れた校舎の陰から見守っていた都斗の目は、決して和んではいなかった。
(……あいつの“引力”、本当に厄介だ)
楓には、異能や“存在”を無自覚に引き寄せてしまう特性がある。それは“天性の磁場”とでも呼ぶべきもので、本人に自覚がない分だけ、周囲の者にとっては脅威でもあった。
──だからこそ。
(どんなことが起きても、あいつには……気づかせるわけにはいかない)
都斗は無言で目を細め、ゆっくりとその場を離れた。
⸻
その頃、文芸部の部室。
薄暗い室内で、優凜と一郎が帳面を広げていた。
「これが、今日の《探索》結果だけど……正直、空振りだ。痕跡はあるのに、姿がない。感知の外側に逃げてる感じ」
「意識的に、“構造”を隠してる可能性があるわね」
優凜は地図の端にマーカーを走らせながら、眉間にしわを寄せた。
「この感じ……影じゃなくて、“殻”。空っぽの器、って感じ」
「……“器”?」
「うん。中身が“まだない”って感じ。器だからこそ、見つからない。形も意味も、まだ備わってない未完成の存在。だから、観測の網からも漏れる」
一郎はしばし沈黙したのち、小さく呟いた。
「……中身は、まだ“生まれていない”のか」
二人は顔を見合わせた。
それは、いまだ形を持たない脅威。
けれど、いずれは“何かになる”存在。
──ならば。
「早めに調査しよう。中身が“生まれる前”に、対処できるうちに」
「同意するわ。準備は整えておく」
⸻
その夜、裏文芸部の“裏チャット”に、緊急通知が届いた。
【優凜】
《緊急:旧化学実験室に異能痕跡あり。明日、夕刻に調査を実施》
【紅葉】
《確認。俺と小鈴ちゃんは現地から合流する》
【一郎】
《探索起動済み。追加調査中》
【優凜】
《楓には絶対に内密で。今回の反応、かなり不穏よ》
【都斗】
《任せろ。あいつには、絶対に嗅がせない》
そのやりとりをスマホ越しに見つめながら、小鈴はゆっくりと息を吐いた。
空はまだ青いのに、どこかで闇がじわりと近づいてきているような気がする。
──静かな世界の裏で、確かに“何か”が動いている。
彼女の《貪食》が再び牙をむくときが来るのかもしれない。
まだ、戦いは始まっていない。
けれど──その“前兆”は、確実に、すぐそばに迫っていた。
窓の外には、秋の始まりを思わせる青空が広がっていた。けれど──
「……なんだか、今日は空気がざわついてませんか?」
小鈴が立ち止まり、ふと窓の外に視線をやる。
足元からすくい上げられるような微かな違和感。風が吹いているわけではない。むしろ、その“無音”こそが異質だった。
「感じた?」
紅葉が足を止め、小鈴の表情を覗き込む。真剣なまなざしを向けると、小鈴は少し戸惑いながらも頷いた。
「正確には……風が“止まりすぎてる”気がするんです。音もないし、虫の声も消えてて……ちょっと、怖いくらい」
「……小鈴ちゃん、感覚が鋭くなってる。たぶん、それは正しい直感だよ」
紅葉は苦笑を浮かべつつ、安心させるように言う。
「実はさ、数日前から一郎と気づいてたんだ。校舎の一部に、“何かが出入りしてる”痕跡があるって。まだ、はっきりとした姿は掴めてないけど」
「出入り……って、誰かが?」
「“誰か”じゃなくて、“何か”が、だね。おそらく人じゃない。少なくとも《探索》では“形”を持って認識できなかった。つまり、“視えない存在”だ」
その言葉に、小鈴の表情が引き締まる。
“視えない”というのは、裏文芸部にとって危険のサインだ。能力者同士であっても、気配を完全に隠すことは難しい。だが、それすら感じさせない何か──それは、“存在の拒絶”にも等しい。
「今日になって、新たな痕跡が見つかった。場所は、中庭の東側。旧化学実験室の前」
「旧化学実験室……。あそこって、今は使われてないんじゃ……?」
「そのはずだった。でも、妙なんだよ。空気の流れが歪んでて、部屋の中がまるで“生きてる”みたいだった。一郎の《探索》でも、完全に弾かれた」
「……弾かれた?」
思わず聞き返す小鈴。探索が“効かない”という事実。それはすなわち、“異能そのものが拒まれている”という意味だった。
「異能の“拒絶”。裏文芸部の経験上、最大級の警戒対象だ。向こうがこちらの能力を理解している可能性もあるし、そもそもこの世界の常識に当てはまらない何かかもしれない」
小鈴はごくりと喉を鳴らした。紅葉の言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。
(また──何かが、始まろうとしている)
彼女の《貪食》が反応しないのが逆に不気味だった。何かが来るという直感だけが、背筋に冷たいものを這わせていた。
⸻
そのころ。
校舎の別の場所──陽の落ちかけたグラウンドの端では、楓が笑顔でバスケットボール部の相手をしていた。
「はい、そっち行った! あと10本連続で決めたら、今日のノルマ達成~!」
「か、楓コーチ、ちょっと人間離れしてるんだけど!?」
「ふふっ、それ褒め言葉として受け取っておくね~!」
明るく笑う楓の姿に、周囲の部員たちもつられるように楽しそうな声を上げる。
だが、その様子を少し離れた校舎の陰から見守っていた都斗の目は、決して和んではいなかった。
(……あいつの“引力”、本当に厄介だ)
楓には、異能や“存在”を無自覚に引き寄せてしまう特性がある。それは“天性の磁場”とでも呼ぶべきもので、本人に自覚がない分だけ、周囲の者にとっては脅威でもあった。
──だからこそ。
(どんなことが起きても、あいつには……気づかせるわけにはいかない)
都斗は無言で目を細め、ゆっくりとその場を離れた。
⸻
その頃、文芸部の部室。
薄暗い室内で、優凜と一郎が帳面を広げていた。
「これが、今日の《探索》結果だけど……正直、空振りだ。痕跡はあるのに、姿がない。感知の外側に逃げてる感じ」
「意識的に、“構造”を隠してる可能性があるわね」
優凜は地図の端にマーカーを走らせながら、眉間にしわを寄せた。
「この感じ……影じゃなくて、“殻”。空っぽの器、って感じ」
「……“器”?」
「うん。中身が“まだない”って感じ。器だからこそ、見つからない。形も意味も、まだ備わってない未完成の存在。だから、観測の網からも漏れる」
一郎はしばし沈黙したのち、小さく呟いた。
「……中身は、まだ“生まれていない”のか」
二人は顔を見合わせた。
それは、いまだ形を持たない脅威。
けれど、いずれは“何かになる”存在。
──ならば。
「早めに調査しよう。中身が“生まれる前”に、対処できるうちに」
「同意するわ。準備は整えておく」
⸻
その夜、裏文芸部の“裏チャット”に、緊急通知が届いた。
【優凜】
《緊急:旧化学実験室に異能痕跡あり。明日、夕刻に調査を実施》
【紅葉】
《確認。俺と小鈴ちゃんは現地から合流する》
【一郎】
《探索起動済み。追加調査中》
【優凜】
《楓には絶対に内密で。今回の反応、かなり不穏よ》
【都斗】
《任せろ。あいつには、絶対に嗅がせない》
そのやりとりをスマホ越しに見つめながら、小鈴はゆっくりと息を吐いた。
空はまだ青いのに、どこかで闇がじわりと近づいてきているような気がする。
──静かな世界の裏で、確かに“何か”が動いている。
彼女の《貪食》が再び牙をむくときが来るのかもしれない。
まだ、戦いは始まっていない。
けれど──その“前兆”は、確実に、すぐそばに迫っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる