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すずちゃんのJK生活
エピローグ
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朝露に濡れた白薔薇の香りが、肺の奥へと、静かに、染み込んでいく。
私は今日も、王宮の庭を歩いていた。
薄絹に金糸を織り込んだ礼装の下で、微かに胸元が熱を持っている。左胸には、第二親衛隊副団長の紋章。王太子付きの“従者”にして、王宮内の政務会議にも出席が許される“特例”。
誇り?……それとも、異物感?
自分でもまだ、判然としない。
「ユイール様は、本日も寝坊ですか?」
隣を歩く侍女が、屈託のない笑顔で言う。
私は――微笑みを返した。
それは完璧な、礼儀に適った笑顔。
「……ええ。昨日の訓練で、かなりお疲れだったようですから」
でも、口をついて出たその声音に、自分で戸惑った。
誰の声だろう、これ。
“私”はこの世界に生まれた記録がない。
出生も、家系も、来歴も、空白だらけ。
けれど今、私は確かにここにいる。
生きて、笑って、仕えて、そして――傍にいる。
それはまるで、最初から“そうあるべきだった”かのような違和感のなさで。
過去の記憶は、霧の向こう側にある。
けれど胸の奥、魂のもっと深く――膜を擦るように疼く温もりがある。
名前も思い出せない“誰かたち”。
だけど、笑っていた。泣いていた。並んで立っていた。
その残像だけは、どうしても消えない。
忘れられない。
――忘れたくない。
夜。
私は自室の片隅で、月を見上げていた。
誰にも言えない癖。
心の底に、拭えない“渇き”があると、自然と月に惹かれる。
たとえばそれが、
取り返せなかった光の残滓だとしても。
(……あの人は、今、どこに)
ふいに、背後で衣擦れの音がした。
振り返ると――そこには、銀の髪をぼさぼさにした少年。
眠そうな目で立っている、王太子・ユイール。
「やっぱり、ここにいた。……夜風は冷えるよ、小鈴……じゃなかった、お前の名前、なんだっけ?」
一瞬、時が止まる。
胸の奥が、きゅう、と締め付けられた。
「……またお忘れですか、ユイール様。私の名は……」
言いかけて、言葉が凍った。
思い出せない。
名乗り慣れたはずの、ここでの“私”の名前さえ。
なのに彼は、屈託なく笑った。
「ま、名前なんてどうでもいいじゃん。だってさ――お前は“俺の親友”なんだから」
……心が、震えた。
揺れて、熱を帯びて、満ちていく。
その言葉――
かつて、どこかの世界で、誰かから、確かに言われた気がした。
「……ええ。親友です、私たちは」
私はそっと、彼の肩に手を置く。
そして、月を見上げる。
それは儀礼でも、演技でもない。
ただ、どうしようもなく――祈りだった。
私は、私を喪った。
記憶も、絆も、望みも、何もかもを手放した。
けれどそれでも、
この世界でまた“誰か”と繋がれるなら、
この世界で“光”を見つけられるなら――
私は、何度でも生き直せる。
たとえ、この命が“奪い取った偽り”であっても。
たとえ、この立場が“誰かの終焉”の上に築かれたものでも。
その罪を背負ったまま、私は“生きる”。
欲して、渇いて、求め続ける。
なぜなら、私は……
忘れてなどいない。
温かい手のぬくもりを。
静かに名を呼んでくれた声を。
“あの人”の瞳に映っていた、あのときの“私”を。
──だからきっと、私はまた君に出会う。
たとえ世界が違っても。
たとえ名前を失っても。
たとえ姿が変わっても。
私は、必ず君を見つけ出す。
庭の白薔薇が、夜風に揺れた。
香りと共に、失われた記憶の縁(ふち)が、心をひとつ揺らす。
私は静かに目を閉じる。
遠い、遠い誰かの名を――
まだ、忘れたくない誰かの名を、胸の奥でそっと呼びながら。
──“槙尾小鈴”。
それが、かつて私だった者の名。
そして、私がまた取り戻すべき、“本当の生”の始まり。
[完]
私は今日も、王宮の庭を歩いていた。
薄絹に金糸を織り込んだ礼装の下で、微かに胸元が熱を持っている。左胸には、第二親衛隊副団長の紋章。王太子付きの“従者”にして、王宮内の政務会議にも出席が許される“特例”。
誇り?……それとも、異物感?
自分でもまだ、判然としない。
「ユイール様は、本日も寝坊ですか?」
隣を歩く侍女が、屈託のない笑顔で言う。
私は――微笑みを返した。
それは完璧な、礼儀に適った笑顔。
「……ええ。昨日の訓練で、かなりお疲れだったようですから」
でも、口をついて出たその声音に、自分で戸惑った。
誰の声だろう、これ。
“私”はこの世界に生まれた記録がない。
出生も、家系も、来歴も、空白だらけ。
けれど今、私は確かにここにいる。
生きて、笑って、仕えて、そして――傍にいる。
それはまるで、最初から“そうあるべきだった”かのような違和感のなさで。
過去の記憶は、霧の向こう側にある。
けれど胸の奥、魂のもっと深く――膜を擦るように疼く温もりがある。
名前も思い出せない“誰かたち”。
だけど、笑っていた。泣いていた。並んで立っていた。
その残像だけは、どうしても消えない。
忘れられない。
――忘れたくない。
夜。
私は自室の片隅で、月を見上げていた。
誰にも言えない癖。
心の底に、拭えない“渇き”があると、自然と月に惹かれる。
たとえばそれが、
取り返せなかった光の残滓だとしても。
(……あの人は、今、どこに)
ふいに、背後で衣擦れの音がした。
振り返ると――そこには、銀の髪をぼさぼさにした少年。
眠そうな目で立っている、王太子・ユイール。
「やっぱり、ここにいた。……夜風は冷えるよ、小鈴……じゃなかった、お前の名前、なんだっけ?」
一瞬、時が止まる。
胸の奥が、きゅう、と締め付けられた。
「……またお忘れですか、ユイール様。私の名は……」
言いかけて、言葉が凍った。
思い出せない。
名乗り慣れたはずの、ここでの“私”の名前さえ。
なのに彼は、屈託なく笑った。
「ま、名前なんてどうでもいいじゃん。だってさ――お前は“俺の親友”なんだから」
……心が、震えた。
揺れて、熱を帯びて、満ちていく。
その言葉――
かつて、どこかの世界で、誰かから、確かに言われた気がした。
「……ええ。親友です、私たちは」
私はそっと、彼の肩に手を置く。
そして、月を見上げる。
それは儀礼でも、演技でもない。
ただ、どうしようもなく――祈りだった。
私は、私を喪った。
記憶も、絆も、望みも、何もかもを手放した。
けれどそれでも、
この世界でまた“誰か”と繋がれるなら、
この世界で“光”を見つけられるなら――
私は、何度でも生き直せる。
たとえ、この命が“奪い取った偽り”であっても。
たとえ、この立場が“誰かの終焉”の上に築かれたものでも。
その罪を背負ったまま、私は“生きる”。
欲して、渇いて、求め続ける。
なぜなら、私は……
忘れてなどいない。
温かい手のぬくもりを。
静かに名を呼んでくれた声を。
“あの人”の瞳に映っていた、あのときの“私”を。
──だからきっと、私はまた君に出会う。
たとえ世界が違っても。
たとえ名前を失っても。
たとえ姿が変わっても。
私は、必ず君を見つけ出す。
庭の白薔薇が、夜風に揺れた。
香りと共に、失われた記憶の縁(ふち)が、心をひとつ揺らす。
私は静かに目を閉じる。
遠い、遠い誰かの名を――
まだ、忘れたくない誰かの名を、胸の奥でそっと呼びながら。
──“槙尾小鈴”。
それが、かつて私だった者の名。
そして、私がまた取り戻すべき、“本当の生”の始まり。
[完]
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